第24話:偽装

文字数 4,354文字

「おかえりなさーい、茉莉ちゃん。ちょっとこれ着てみてちょうだいな」
 仕事から帰宅し玄関に入るなり乙女小走りでやってきたガスター。その手には黒いヒラヒラした何かが握られていた。
「ただいま。いきなりどうしたの?」
「いいからいいから。ほら早くお部屋でこれに着替えてきて」
 ガスターから有無を言わさず布製の何かを手渡され、背中をグイグイ押される茉莉は抗うことも出来ぬまま2階の自室へと向かっていった。部屋のベッドに布製の何かを広げてみた茉莉はピシリと暫し硬直。布製の何かと数秒睨めっこしたのち、階下で待っている気配のあるガスターへ階段の上から声をかけた。
「ガスターさん。これ本当に着ないとダメ?」
「ダメよ」
「即答かぁ」
 ガスターにピシャリと断言された茉莉は溜息を一つつき、諦めの表情で部屋へと戻った。

「――お待たせー」
 覇気ゼロでリビングに登場した茉莉は、上半身のボディラインがくっきり出た漆黒のドレスと、同色のとんがり帽子を身に着けていた。それはどこからどうみても“魔女”のコスプレであった。
「まあ! ぴったりじゃないの! 良かったわ~」
「茉莉殿、いつにも増して神秘的な美しさであらせられるな」
 己の顔の前で両手を合わせ喜ぶガスターと、同じように両手を合わせ茉莉を拝むボルタ。そして腕組みしながらウンウンと満足そうに頷くロキソ。そんな彼らを見て、茉莉は本日二度目の硬直を催した。
「えーっと、吸血鬼の格好してるのがガスターさん、ミイラ男がボルタさん、狼男がロキソで合ってる?」
 茉莉の言うように、ロボット達はそれぞれ定番モンスターのコスプレをしていた。
 ガスターは銀色のボディを隠すように漆黒のタキシードとマントを纏ってはいるものの、首から上はそのまま。彼がロボットだと知らぬ人が見たならば、鉄仮面を被っている一風変わった吸血鬼のコスプレだと思われるであろう。
 ボルタは頭の天辺から爪先まで包帯を巻き付けたり垂らしたりして、鎧武者のシルエットを上手く隠していた。
 ロキソの狼男に至っては、全身フェイクファーの着ぐるみであるものの、それは特撮映画に使われるようなリアルな出来栄えであった。
「さすが茉莉ちゃん! アタシ達の変装をよくぞ見破ったわね!」
「いやぁ、ガスターさんは顔そのまんまだし。あとは消去法で一番大きい人がボルタさん、残りはロキソかなって」
 そういいつつ茉莉はロキソの腹毛をモフモフと撫でまわす。成すがままのロキソは嬉しそうにパタパタと尻尾を振っていた。気分によって尻尾や耳も動く、大層ハイテクな着ぐるみだ。
「なるほど、愛ゆえにビンビンと感じ取れるわけか」
「一言もそんなこと言ってないわよ包帯変態野郎」
 己の顎に手を添え思慮深く頷くボルタの鳩尾に、吸血鬼ガスターがズビシッと裏拳を入れた。

「どうしたの、このコスプレ衣装の数々は」
「じゃじゃーん! これを見てちょうだい!」
 不思議そうに皆を見回す茉莉へ、タキシードの懐から一枚のチラシを取り出したガスターはそれを手渡した。受け取った茉莉は内容に目を通し、合点がいったという風に『あぁ』と声を溢す。
「商店街のハロウィーンイベントに行きたいんだね」
「そうなのよ茉莉ちゃん! ほらアタシ達こんなナリだから、普段外に出るときはミニ化して茉莉ちゃんのバッグの中に入ってるでしょ? でも一度でいいから人間サイズで茉莉ちゃんをエスコートして街を闊歩したいのよ!」
 一気に捲し立てるガスターを後押しするようにボルタも口を開く。包帯で包まれて良く見えないが。
「こうして完璧な変装をすれば、我らだと研究所の人間も気付くまいて」
「――ウォン」
 『ロキソが鳴いた!』と、そこにいるメンバー全員が狼男に勢いよく振り向いたが、一呼吸置き落ち着いてから話題へと戻っていった。
「そうだね。ガスターさんの顔はそのまんまだけど、商店街でも奇抜なコスプレ集団が沢山いるはずだから、その人達に紛れていれば特に目立つこともないかもね」
「それじゃあ――」
「うん。みんなで明後日のイベント行こう。あ、でも私さすがに顔晒すのは恥ずかしいんで、何かマスクがあると嬉しいな」
 会社の同僚や上司に見られたら居たたまれないと、茉莉は自分の両頬を両手で挟む。
「分かったわ! アナタの魅力が更に引き立つ素敵なマスク、これから張り切って作るわよ~!」
「え、もしかして、みんなのこの衣装、全部ガスターさんのお手製?」
「そうよ。お裁縫って楽しいわね~。アタシ目覚めちゃったわ!」
 料理だけでなく裁縫まで極めてしまったガスターに、女子力ゼロどころかマイナスな茉莉は尊敬の眼差しをキラキラと向けていた。

 * * * * *

 そして迎えたハロウィーンイベント当日。コスプレ衣装に身を包んだ茉莉達が商店街で楽しいひとときを過ごしている頃、その近所では今だ薬師寺研究所の捜索班がロボット達を探していた。捜索レーダーに最後の反応があってから数週間は経っているが、あれ以来うんともすんとも言わないレーダーに、薬師寺大二郎は捜索班へ『最新情報が入るまで、最後に反応した場所付近を徹底的に探せ』と指示を出していたのである。その指示どおり、今日も捜索班の一人が、担当箇所である公園内をくまなく探していた。
「ああ~っ! またか! またお前なのかラスカルぅ~~~!」
 茂みに潜ったところを野良アライグマに襲われた捜索スタッフの(ほし)。彼は来る日も来る日も捜索するたび、この野良アライグマ・通称ラスカルに襲撃されていた。そのおかげで星の手やら足やら顔やらには生傷が絶えなかった。しかし動物好きの彼は襲われつつも、どこか嬉しそうであった。
「ほ~ら、今日はリンゴを持ってきたよ~、美味しいよ~」
 星は恒例となっている貢ぎ物をウエストバッグから取り出し『ん!』と両手を差し出しているラスカルに渡す。
「あはは~。可愛いね~可愛いね~。どうかな? もうそろそろ、うちの子にならないかい?」
 リンゴをシャリシャリと無心で食べるラスカルをしゃがんで眺める星は、ふわふわのラスカルの頭をそっと撫でた。途端ラスカルはリンゴを脇へ投げ捨て、野生の本性剥き出しで星へと襲い掛かってきた。
「あああああ~~~っ!? ダメかい? まだダメなのかい!? そっか、リンゴがジョナゴールドだからダメだったんだね? ごめんね次はサンふじを持ってくるね」

「――あの」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらラスカルに襲われている星へ、遠慮がちな声がかかる。ハッと顔をあげた星の目の前には、猫の仮面を被った魔女と、その眷属のように背後で控える鉄仮面吸血鬼とガタイの良いミイラ男。そして超絶リアルなモフモフ具合の狼男がいた。
「え、なにコレ、自分ひょっとして中世ファンタジーに異世界転生しちゃった?」
「あー、ごめんなさい。近所の商店街で仮装イベントがあって、その帰りなんです」
 目を白黒させる星へ、猫仮面魔女は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。
「いやいや、こちらこそすみません。取り乱しまして。ちょっと立て込んでいたもので」
「そうですね、滅茶苦茶アライグマに襲われている最中ですものね」
 猫仮面魔女と会話をしている最中でもガブガブガリガリと噛みつき引っかき攻撃を仕掛けているラスカルの頭を、星は優しく一撫。しかしその手はすぐさまラスカルに噛みつかれてしまう。
「あの、差し出がましいとは思いますが、その子このオヤツが好みみたいで。よかったら使ってください」
 苦笑する猫仮面魔女は、星に小袋をいくつか手渡した。袋には『猫ちゃんまっしぐら! オヤツの王様!』と書いてあった。
「えっ、この子を知っているんですか?」
「はい、以前にちょっとだけ」
「アタシも散々齧られたわよ~」
 星の問いに、猫仮面魔女と鉄仮面吸血鬼が顔を見合わせ小さく笑う。
「そうなんですか……。ではお言葉に甘えて、いただいてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
 なんだか同志が出来たようでやる気が漲ってきた星は、猫仮面魔女から小袋を受け取り、その封を開けラスカルの鼻先へと持って行った。すると今まで阿修羅の表情で噛みつきまくっていたラスカルは、普段の愛らしい顔へと戻り、小袋を両手に持って中身を食べ始めた。
「おお……なんという食べっぷり! どうだいラスカル、うちの子になったら、この美味しいオヤツを毎日食べることが出来るよ? ついて来るかい?」
 とても優しい声色で語りかけてくる星を、ラスカルはオヤツを咀嚼しながら見上げる。そのまま口の中のオヤツを飲み込み、空になった小袋と星の顔を交互に見比べたラスカルは、空き袋を地面に投げ捨て、しゃがみこんでいる星へとよじ登っていった。
「こっ、これは――」
「『一緒に行ってやる』と、言っている……」
 フワモフ狼男がラスカルの代弁をすると、星の不安げな顔がパアァと輝きだした。
「ほ、本当にいいのかい!? やったーーーっ! ありがとうラスカル! ありがとう皆さん! 神様もありがとう、僕に友達をくれて!」
「良かったですね」
 ラスカルを抱きかかえ大喜びの星を、猫仮面魔女や眷属達は微笑ましく見守っていた。

 * * * * *

 一方、その頃の薬師寺研究所では――
「おい! 聞こえていないのか星! いいかげん応答しろ! それが逃走中のロボットだぞ!」
 モニターに映る映像は星から中継されているもので。そこにはバッチリとガスターの顔が映し出されていた。早く捕獲しろと先ほどから指示を送っていた大二郎だったが、星は通信を切っているようで、一切応答がなかった。
「もういい! 私が行く!」
「ボスが行ってどうなるっていうんです。何もないところでスッ転んで骨折するのが関の山ですよ。大人しく他の捜索班に任せてください」
 痺れを切らした大二郎が腕まくりをしつつエレベーターへ向かおうとすると、その背中に武田の冷静な言葉が浴びせられた。
「いつにも増して辛辣だな!」
「ボスが無鉄砲だと嫌でもこうなりますよ」
 カッカしている大二郎とは対照的に、武田は公園付近にいる他の捜索スタッフ達へ指示を出す。その様子を見ているうちに、大二郎もだんだんとクールダウンしていった。
「――むっ!?」
 大人しく武田の隣に戻ってきた大二郎は、モニター画面を見て低く声を漏らす。
「なんですか、踏み潰されたカエルみたいな声だして」
「この魔女っ娘――」
「見覚えがある人ですか?」
 それなら話は早いと、武田が珍しく喜色を薄っすら滲ませた。
「いや、猫の仮面が可愛いなと。どこで買ったのか聞いてみてくれたまえ」
「全員に告ぐ。今後ボスの指示は完全無視すること。以上、健闘を祈る」
 捜索班へ訳の分からぬ指示を出した大二郎に武田は氷点下の殺気を放ちながら、通信機で新たな指示を発信した。
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