第34話:予定外

文字数 4,203文字

「新しいフレーバーティーあるといいね」
「お茶を買ったらスーパーにも行きましょうね。茉莉ちゃん今日の夕ご飯何食べたい?」
 よく晴れた青空の下、茉莉はガスター達と街へ買い物に来ていた。とはいってもロボット達はミニ化して茉莉のショルダーバッグの中である。周りに聞かれぬよう小声で会話しつつ、いつものハーブティー専門店へ歩いていると、どこからか悲鳴が届いてきた。
「あら、何の騒ぎ?」
「みんな、あれ見て!」
 緊迫した茉莉の声にガスター達はバッグのフチから顔を覗かせ、彼女の視線を追う。100メートルほど先に建築中の中高層ビルがあり、その上部数階分の鉄骨が足場と共に歩道や道路側へ崩れかけていた。
 ビルの周辺にはのんびり歩く買い物客らの姿が数人。異変に気付いた周りの人間達は『早く逃げろ!』と口々に叫ぶが、あまりに多くの声が一斉にあがったため、その内容はただの騒音と化していた。
 このままではビル周辺の歩行者のみならず、周りの野次馬達へも落下した瓦礫の被害が及んでしまうだろう。そう判断した茉莉は、咄嗟にショルダーバッグをビルの方角へと突き出した。
「みんなお願い!!」
 『助けて』とみなまで言わずとも、ガスター達はバッグの中から光速で飛び出し巨大化。一番素早いロキソはビル周辺の人間たちを安全な場所へと運び、その空いた場所にガスターとボルタが崩れ落ちる瓦礫を受け止め降り立った。
 一連の轟音が治まり、街には気味が悪いほどの静寂が訪れた。惨劇の目撃者になろうとしていた者達はその静寂の中、目の前で起こった奇跡にゆっくりと動き出す。

 カシャ カシャ カシャカシャ カシャカシャカシャカシャ

 静寂を破ったのは複数の短い機械音。それはスマートフォンでガスター達を撮影する音であった。みな一斉に写真や動画を撮影しだす異様さに、ロボット達は瓦礫を抱えたまま硬直してしまう。
「なにあれ映画の撮影? マジウケる~」
「カメラクルーどこー?」
「随分と大がかりなセットじゃん。すげぇ金かかってる」
「張りぼてには見えないねー。まさか本当に動くロボットだったりして」
「どっかで箱みたいなリモコンで操縦してる少年いなーい?」
「あれは政府が密かに開発していた殺戮兵器だ! 第三次世界大戦が始まるぞ!」
「ようデカブツ! 突っ立ってないで合体とか変形して見せろよ!」
「撤収!」
 言葉の荒波の中に茉莉の声を拾ったガスター達は、手にした瓦礫をそっと地面へ置き、瞬時にミニ化し空高く飛び立った。『消えた!?』と辺りを見回す人々から茉莉は離れ、そのバッグに戻ってきたロボット達。茉莉は彼らをバッグごと優しく抱きしめ、喧騒から更に遠ざかるよう小走りで去っていった。

 * * * * *

「――みんなありがとう。嫌な思いさせちゃって、ごめんなさい」
 暫く走り続け、人気のない公園までやって来た茉莉はバッグの口を開け中に謝る。その表情は悲しげに曇っていた。
「アタシ達は大丈夫よ! 人混みにちょっとビックリしちゃっただけだから」
「左様。茉莉殿が謝る道理ではござらん」
「……役に立てて、よかった」
 慰めを口にするガスター達に強張っていた表情が少し和らぐが、それでもまだ茉莉は己を責めているように見てとれた。
 世間にガスター達のことが露見したら、こうなることもある程度予想していた。しかしいざ現実となってみると、世間の反応は思っていた以上に不愉快なものであった。ガスター達に感謝の言葉をかけて欲しいわけではないが、まさか心無い野次まで飛ぼうとは。
「やっぱり人間なんて助けなきゃよかった」
「え?」
 後悔の念に飲み込まれた茉莉が本来の人間嫌いを発動し、氷のような無表情へと変貌。その急変にガスターがゴクリと息を飲む。
「自己顕示欲の権化な人間なんてこの世から絶滅すればいいのに」
「ま、茉莉ちゃん?」
「ニンゲン ニクイ ホロビロ」
「茉莉ちゃん?!」
 ドーム型の複眼がある巨大なダンゴ虫を背後に顕現させカタコト喋りになった茉莉。厳ついダンゴ虫の複眼は全て赤く染まっている。驚いたガスターはバッグの縁に飛び付き外へと身を乗りがした。
「でもそんな禄でもない人間どもが猫ちゃんやワンちゃん飼ってたら、その子達が悲しい目にあっちゃうか……」
「そうよ茉莉ちゃん! さっきの人間達を助けたのは決して悪いことじゃないわ!」
 巨大ダンゴ虫の複眼が青色へと変わり、平常心を取り戻しかけた茉莉を応援するガスターの横から、ロキソがひょっこり顔を覗かせた。
「助けた人間の中に、動物の毛が付いている奴はいなかった……。だから多分、誰も何も飼っていない……」
「余計な報告すんじゃないわよロキソぉ!!」
「そっか。じゃあやっぱり全員見殺しにスレバヨカッタ」
「戻ってきて茉莉ちゃーん!!」
 再び巨大ダンゴ虫の目を赤く染めダークサイドへ落ちていく茉莉の胸元に、涙目のガスターがしがみ付く。ボルタはバッグの底から茉莉を見上げ『怒りで我を忘れておる……』と呟いていた。

「それにもう私一人では、みんなを守れないかもしれない」
 カメラで捉えられた映像や動画は、もう既に世界中へと発信されていることだろう。よく出来たフェイク映像だと笑い飛ばしてもらえればよいが、専門家に分析などされようものならば、ガスター達が本物のロボットだと暴かれてしまう。野次馬が言っていたように、いずれ各国から兵器として利用しようとする輩が出てくるはずだ。薬師寺財閥のような平和的な団体ならばまだしも、攻撃的な輩に居場所が漏れたとき、果たして彼らを守ることなど出来るだろうか?
 悶々と思考の海に沈んでいく茉莉に、どう声を掛けようか目配せするガスター達。
 そんな重苦しい沈黙を、プップという車のクラクション音がかき消した。ビクンと驚いた茉莉が反射的に音の方角を見ると、公園脇の道路に一台の車が停まっており、運転席には片手を軽くあげて合図している武田の姿があった。
 安堵と共に不安も抱き、茉莉は武田の元へと駆け寄った。
「武田さん、私――」
「お話しは車の中で伺います」
「……はい。失礼します」
 謝罪を口にしようとした茉莉だが、いつも通り冷静な武田の促しに従い、沈痛な面持ちで助手席へ乗り込んだ。耳障りな音もなく軽やかに走り出した車内では、誰も声を発しない。
「――SNSか、テレビを見ましたか」
 静寂を破ったのは武田だ。
「いいえ。でも想像はつきます」
「そうですか」
「ごめんなさい。私が後先も考えず、ガスターさん達に命令してしまったんです」
 その言葉にガスター達三人が次々とバッグの中から飛び出し、ダッシュボードの上に整列した。
「違うわ! アタシ達が勝手に飛び出していったのよ!」
「茉莉殿は咎められることなど何一つしてござらん! 責を負うべきは我らであるぞ!」
「茉莉を責める奴は――殺す」
「殺しちゃダメ」
 口々に庇いたてるガスター達。ロキソは武田に向けて苦無を構えたため、茉莉は慌てて両手で包み込んだ。

「ああ、勘違いさせてしまいましたね。私は怒っていませんよ」
「え?」
「そろそろですかね。これを見てください」
 ちょうど信号が赤になり停車した隙に、武田は鞄からタブレットPCを取り出し、ススッと操作してから差し出した。茉莉は疑問符を浮かべたままそれを受け取り、タブレットPCの周りにはガスター達もワラワラとやってきた。
 画面に映っているのはニュース速報の映像であった。内容は、突如街中に現れた巨大ロボット3体が複数のSNSでトレンド1位となり、それが虚偽なのか真実なのかとニュースキャスターが専門家の意見を中継で聞いている最中だ。解説中にはSNSへ投稿されたガスター達の写真や動画が次々と映し出されている。
『――解説の途中ではございますが、ただいま関係者だという方と急遽映像が繋がっております』
 慌てた様子で解説者を制止したニュースキャスターが、映像を切り替えるようにスタッフへ指示を出した。瞬時に切り替わった映像には、背筋を伸ばし胸を張った誇らしげな表情の薬師寺大二郎が映し出された。
「ああ!? 灰色悪鬼ぃ!!」
 そう驚いたのはガスターだけではない。茉莉やボルタ、ロキソも声無く驚いていた。
 ニュースの中で大二郎は、自分は薬師寺財閥の総帥であること、財閥は研究所を設け密かにロボット開発をしていたこと、ロボットは未知なる敵から人々を守るため設計されていること、そして今日たまたま街にいたロボット達が自主的に救助活動をしたと説明していた。
「武田さん、これって――」
「あなた達が今日人命救助したことを、ボスは大層喜んでいましたよ。“完璧なお披露目会ではないか!”とね」
 ニュースではキャスターが大二郎へ矢継ぎ早に質問を投げかけている。それに対し大二郎は言い淀むことなくスラスラと返答し、権力者が持つ独特なオーラでキャスターのみならず見るもの全てを圧倒していた。腐っても薬師寺財閥のトップである。
「ボス楽しそうでしょう? ボスも私も、他の職員もみんな怒るどころか喜んでいます。正義のロボットが人々を救う、そんなアニメみたいな夢が叶ったのだから。私達の夢を叶えてくれてありがとう、津村さん、ガスター、ボルタ、ロキソ。」
 普段鉄仮面の如く無表情な武田が、ふんわりと微笑みを浮かべた。これはお世辞など言わぬ彼の本心であった。

「私達は、不届きな輩からあなた達を全力で死守します」
 突如悩みを言い当てられた茉莉はハッと息を飲む。運転中の武田は前方を見据えながら言葉を続けた。
「もう一人で抱え込む問題ではありません。信じられないでしょうが薬師寺研究所は職員の安全第一がモットーです。これまでボスに散々無謀な指示をされてきましたが、一人も重傷者や死者はいません。まあ軽い打撲や擦り傷は多々ありますがね」
 『だから私もこれを常に持ち歩いているんです』と運転中にも関わらず、どこからか救急キットを取り出してみせた武田に、茉莉は小さく吹き出した。
「あなた達は薬師寺研究所の職員。私達は職員の平和な生活を守る、あなた達は世界を悪から守る。持ちつ持たれつってヤツですかね。だから“迷惑をかけて心苦しい”とか思うのは無しです」
「――ありがとうございます、武田さん。みんなも、ありがとう……」
 武田の励ましによって心配事が消えていく茉莉は、同じようにホッとした様子のガスター達を優しく胸に抱きしめた。
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