第41話:こんにちは異世界

文字数 3,739文字

 殺気立った兵士から逃れてきた一行は、人気のない湖の畔へと降り立つ。茉莉と子供をそっと地面に降ろすと、ガスター達は人間サイズへ変じた。子供は初めて見るであろうロボット達を真ん丸な目で凝視していた。
「アナタ、怪我は無い?」
 問いかけに頷く子供に安堵の表情を浮かべたガスターは、同じくホッした様子の茉莉達へと向き合った。
「何だか色々混乱しているけど、とりあえず状況を整理してみましょう」
 パンッと軽く両手を叩いたガスターに茉莉が挙手をする。
「どうぞ茉莉ちゃん」
「私が覚えている限り、いつも通り玄関を出て車まで歩いて行ったら、何だか急に目の前が紫色の光で『うおまぶしっ』ってなって、近くでガキンッって大きな音して目を開けたらガスターさんが変な人から守ってくれてて、その変な人の目的がこのいたいけな子だったから思わず連れて逃げちゃった、って感じかな」
 スラスラ淀みなく語る茉莉に、ボルタは腕組みをしつつ何度も頷いた。
「拙者も茉莉殿の手提げ袋から顔を出していたところ、摩訶不思議な光に飲まれ、気が付けば殺気を感じ、自ずと獲物を構えておったわ」
「――右に、同じ」
「アタシもそうよ。じゃあみんな同じ体験をしたってことで間違いないわね」
 ボルタに同意を示すロキソとガスター。
「ということは、あの紫色の光が原因で、今ここに私達いるのかな?」
「そうねぇ。だとしたら、ここはどこなのかしら? 研究所のある山中でもないみたいね。あの兵士が持っていた剣は本物だったし」
 ガスターは兵士の剣を受け止めた腕に目を落とす。ガスター達の装甲は並大抵の攻撃では傷一つ付かない。しかし受け止めた際の衝撃により、それがナマクラか真剣かは判断できていた。
「空から見た景色も、我らがいた街とは全く異なるものであった」
 ボルタの言う通り、茉莉達が上空から確認できたものといえば鬱蒼と生い茂る森や険しい山々、遥か彼方に広がる水平線やこの湖などだ。広大な自然の隙間には、レンガ造りや藁ぶき屋根の家々が並ぶ小さな集落もいくつかあった。最初にいた森の近くではヨーロッパの古城のようなものも確認できたため、人々はそれなりに存在しているのだろうと予想できた。
「もしかして中世ヨーロッパにタイムスリップしちゃったりなんかして」
「うふふ、映画の見過ぎよ茉莉ちゃん。つい最近、腕輪物語三部作を一気見したばかりだものね」
 『あれは長く座りすぎてお尻痛くなっちゃったわぁ』というガスターの突っ込みに、子供を除く一同からアハハと和やかな笑いが起こる。
「中世ヨーロッパって、太陽2つあったんだね」
 茉莉は手を翳しながら空を仰ぐ。視線の先には丸々とした太陽が二つ並んで燦々(さんさん)と輝いていた。
「ホントねぇ~、いつ一つに減ったのかしらね~」
 薄々“ここは自分達の世界ではない”と気付いている茉莉達だが、その現実から眼を逸らすため他愛のない会話を続けていた。

「――ファイ・ザー」
 ふと、今までだんまりだった子供がポツリ声を漏らす。一行は笑うのを止め『え』と子供へ視線を向けた。
「ここはファイ・ザー。力を欲している国」
 そう言いつつ、頭から被っていたマントをバサリと広げた子供。マントは予想するよりも遥かに大きく広がり、キョトン顔の茉莉達を丸ごと包み込む。大きく膨らんだそのマントは瞬く間に消え去り、彼らがいた場所には人が居た形跡は一つ残っていなかった。

 * * * * *

「――ん……」
 気を失っていた茉莉に、二度寝から目覚めたときのような感覚が襲う。彼女は天蓋付きの豪華なベッドに寝かされていた。丁度よい弾力のベッドから上半身を起こし、見慣れぬ景色をボーっとした顔で見回すと、己の右足に無骨な足枷が付いていることに気が付いた。
「なんて生々しくてつまらない夢。どうせなら猫ちゃん100匹の肉球に揉みくちゃされる夢がよかった」
「あ~いいねぇソレ。でも残念ながら夢じゃないんだよな~」
「左様ですか」
 どこからともなく聞こえてきた男の声に、茉莉は冷静な言葉を返す。
「あっれ~? やけに反応薄くな~い? 普通ならもっとこう“誰なのアナタ!? ここはどこ?! アタシに何するつもり!?”とか何とか騒がな~い?」
「申し訳ない、普通ではないもので」
「自覚あるのか~」
 焦るどころか無表情かつ淡々としている茉莉に、男のニヤけ顔は苦笑へと変わった。
「ところで、私の家族はどこでしょうか?」
「君の家族? この鉄人形が?」
 ニヤけ男の視線はベッド下へと流れる。その視線の先を追うとガスター達が床に転がされていた。彼ら3人はそれぞれ全身を鎖でグルグル巻きにされており、まるで市場に転がる冷凍マグロのようだ。先程見廻したときは景色に溶け込んでいたため、全く気付かなかった茉莉であった。
「うう~ん……。おでんの大根は……皮を厚く、剥くのよ……」
「もっと……もっとキツく……縛りが足りぬ……」
「……肉球祭り……」
 各々夢を見ているのかムニャムニャと寝言を発するロボット達。ロキソの寝言を聞いた茉莉の目がキラリと光る。
「ロキソ起きて。その夢の詳細をプリーズ」
「鉄人形が夢見るの~? てかみんなどんな夢なんだよ~、俺ちゃんも聞きたいよそれ~」
 茉莉の呼びかけにハッと眼を見開いたロボット達。しかし全身鎖で縛れていることに気付き、なんだこれはと口々に騒ぎ出した。
「はいはーい、みなさん静粛に~。君達には魔力を封じる術がかけてあるよ~。足掻くだけ無駄だよ~」
 勝ち誇った顔のニヤけ男に一同は顔を見合わせ、ロボット達はシュンと手の平サイズへミニ化。当然全身に纏わりついていた鎖はガチャンと音を立てて床に落ちた。

「え」
 気の抜けた声を漏らしたニヤけ男。彼の目の前でロボット達は再度人間サイズに戻り、ボルタが茉莉の足枷をいとも容易く外して見せた。
「え、なんでなんで~? その鉄人形達、魔力で変化するんじゃないの~?」
「そう言われても。魔力がどんなものなのか、私達よく知らないので」
「魔法とかファンタジー映画の中の話だものねぇ」
 目を丸くするニヤけ男を尻目に、茉莉とガスターはのほほんと会話を交わす。
「“えいが”?」
「映画が分からない? じゃあ漫画とかアニメ……って、こっちの世界では無いのかしら?」
 あっても呼び方が違うのではないかと考察する茉莉達。鎖は解いたものの囚われの身だという緊迫感は全く無いその様子に、ニヤけ男は腕組みをしながら己の顎を指でなぞった。
「……ハァ~、王が言ってたことは本当だったんだね~」
「王?」
 茉莉の問いかけに、ボルタの脳内には『貞治』という名前が浮かび上がるも、寸でのところで声に出すのを押し留めた。
「王だかラオウだか知らないですが、とりあえず私達はこれにて失礼します。お邪魔しましたご機嫌ようお元気で」
 茉莉の小ボケに『そうきたか!』という顔をするボルタ。ガスターの脳内には『YouはShock!』という曲が流れ、ロキソは『我が人生に一片の悔いなし』のポーズをとっていた。彼ら3人はそのままの状態で、ニヤけ男の背後にある扉へ茉莉と共に足を進めた。

「残念だが、貴君らを帰すわけにはゆかん」
 突如聞こえてきたバリトンボイスと共に、何もない空間から先程の子供が姿を現した。
「アナタ、さっきの!? アタシ達を攫ってどうするつもり!?」
 警戒したガスター達は茉莉を庇うため、彼女と子供の間に割って入る。
「そうピリピリするな。取って食わん、安心せよ」
「見た目と声のギャップが凄い」
 クククと喉で笑う子供。そのか弱い見た目から発せられるエエ声に、茉莉が思わず突っ込みを入れた。
「王、まだ変化したまま~」
「おっと、そうであったな」
 ニヤけ男の指摘で己の姿を見下ろした子供。マントをファサリと脱ぎ捨てると、その小さな姿は身なりの良い長身の成人男性へと変化した。鮮やかなマジックショーを見たときのように、パチパチと茉莉達からは自然と拍手が沸き起こった。
「凄いですね、それも魔法ですか?」
「うむ。貴君らは魔力を使わずに変化できるようだな。大変興味深い」
「恐れ入ります」
 さすが王と呼ばれるだけあって、常人であれば威圧されてしまう風格の男に対し、茉莉は臆することなくサラリと受け答えをする。その様子にニヤけ男は『あの子、ホントに普通じゃないわ~……』と呆れとも感嘆とも取れる呟きを溢した。
「先程は断りもなく連れ去り悪かった。重ねて従者の無礼も詫びよう」
「無礼って~。俺ちゃんが鎖グルグル巻いてるとき、王止めなかったじゃない~」
「怪我をした訳ではないので別にいいですよ」
「優しい! 俺ちゃん感動しちゃう~!」
 普段から優しさに触れていないのか、ニヤけ男は茉莉の言葉に感激の涙を溢した。
「茉莉ちゃんがいいっていうならアタシもいいわ、許してあげる」
「拙者も同様だ」
「……次は、刺す」
「この黒い子だけ超狂暴~!」
 苦無を構えたロキソから逃れるため、ニヤけ男は王の背後へササッと隠れた。
「立ち話もなんだ。茶の席を設けてある。そこでお互い親睦を深めようではないか」
 そう言うやいなや、王は上質な布地のマントをバサリと広げ茉莉達を飲み込む。神隠し移動も2回目となる一同は“またか”という表情でされるがままだった。
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