第17話:踊り狂う肉塊達の宴

文字数 2,502文字

 夕食と入浴を済ませた後、リビングで映画やドラマを見るのが茉莉達の日課となっていた。本日も例外ではなく、それぞれソファの定位置に座り、テレビのリモコンをいじりながら何を見ようかと番組表を眺めている4人。
「そういえば今日NYAMAZONプライムビデオで新しいゾンビ物が追加されてたわよ、茉莉ちゃん」
 ふと思い出したように告げたガスターの言葉に、茉莉は目を輝かせた。
「なんと。じゃあまずはそれから観てもいい?」
 茉莉は邦画よりもイギリスやアメリカが制作した海外モノを好んで見る。その中でもゾンビ物は別格で、世間で話題となったものに限らず、B級といわれるものまで必ず見ていた。『B級にはB級なりの楽しみ方がある』とは茉莉の自論だ。
「もちろんよ。アンタ達もいいわよね?」
「無論」
 ガスターの問いかけにボルタは即答。ロキソはコクリと頷いたのち、スッと立ち上がりリビングの電気を消した。ホラー系を見る際は雰囲気を出すため、部屋の電気を消すのが恒例となっている。
 皆の賛同を得たガスターは、テレビ画面をNYAMAZONチャンネルへ切り替え、昼間にブックマークしておいた映画を再生した。程なくして不穏な音楽と映像が流れ、“踊り狂う肉塊達の宴”と翻訳された日本語タイトルが浮かび上がる。このオープニングの時点でガスターはすでに恐れで顔を歪めていたが、茉莉は『この滲み出るチープさ、素晴らしいB級の予感』と胸を弾ませていた。

 オープニングが終わり画面に映し出されたのは、廃墟となった小さな街。その大通りの真ん中でステレオタイプのアメリカンな大学生男女数人が、夕闇のキャンプファイヤーを楽しんでいた。
『ちょっと待って。今、向こうで何か物音がしたわ』
 浮かれ騒ぐ仲間達へ静かにしろとジェスチャーし、暗い路地へわざわざ確認しに行った金髪ムチムチボディの女子大生。その吹き替えの声は、ピッチリと体に張り付くタンクトップとホットパンツ姿からは想像できない、大分落ち着いた声質であった。甲高い声が苦手な茉莉には高得点だ。
「ああ~ダメよ~、どうしていちいち見に行くのよ~」
「このあと現れたゾンビに絶対噛みつかれるであろうな」
 画面の登場人物に語り掛けるガスターと、先の展開を読むボルタ。これまで茉莉と一緒に、もう何本も似たような映画やドラマを見ているため、このあと起こるであろう惨劇が大体予測出来てしまうのだ。
 その2人の予想どおり、金髪ギャルは路地裏から出て来たゾンビに襲われ犠牲者第一号となる――ことはなく、襲い来るゾンビの脳天を、近くにあったバールのようなもので華麗に強打。叫び声をあげることもなく、ただ淡々と何度も力強くバールのようなものを振り下ろす女子大生の姿に『えっ』という戸惑いの空気がリビングに流れた。
 よくあるホラー系だと、IQが低そうな巨乳金髪娘は仲間内の中で真っ先に犠牲となる確率が高い。犠牲にならずとも、襲われた瞬間キャーキャーと耳障りな金切り声をあげパニック。それを聞きつけやってきた仲間を危険にさらすパターンが多いのだが、この映画はそのどちらにも当てはまらない。
 茉莉の目には『もしや、これは……』と期待の色が滲んでいた。

『どうしたんだいキャシー? もう酔いが回ったのかい?』
『よせよドニー。またこっぴどく振られるだけだぜ? HAHAHA!』
 どうやら金髪女子大生キャシーに恋心を抱いている気弱そうな眼鏡男子ダニー。彼は仲間に冷やかされながらもキャシーの後を追ったものの、その背後に迫る数体のゾンビがいた。
「ああっ! ドニー後ろー!」
 今度こそゾンビにやられると思ったガスターは、悲鳴を上げつつ両手の平で自分の顔を覆う。しかし内容が気になるようで、指の隙間から画面をチラチラ覗き見ていた。怖い場面を見るときのお約束だ。
『あぁぁぁぁあぁぁぁ…』
「え」
 今度は驚きが声に出てしまったガスター。だが無理もない。脳筋マッチョ男子やらキラキラ女子らの、いわゆるリア充グループに不釣り合いなモヤシっ子が、背後から襲い来るゾンビらを足技で華麗に倒していったのだから。『あぁぁ…』という情けない悲鳴はダニーではなく、次々と地面へ崩れ落ちていくゾンビ達のものであった。
 またしても予想を大きく上回っていく物語に、茉莉の顔にはどんどん喜色が広がっていった。

 * * * * *

「――終わったわね」
 その後も物語はゾンビ物やホラー物のお約束をことごとく裏切り進み、あっという間に1時間45分の上映は終わりを迎えた。エンドロールを見終え、どこか気が抜けたようなガスターの言葉に、一同は静かに頷いた。
「やっぱりショッピングモールに逃げ込んだけど、誰一人死ななかったわね……」
「左様。陽気な黒人も助かったな……」
「そうね。“こんなところにいられるか!”って出ていった神経質そうなオジサマが、実は密かに一人で外のゾンビ達を倒していた展開には、胸が熱くなったわ……」
「あれこそ正に(おとこ)の生きざま。拙者も感服いたした……」
 代わるがわる感想を述べあうガスターとボルタは、いまだ放心状態だ。よほど良い意味でのショックが大きかったのだろう。ロキソは二人とは違い、普段どおりの無表情のままだ。
「これだからB級映画はやめられないでしょう?」
 ロボット達に微笑む茉莉の姿は、なぜだか聖母のように厳かなオーラを纏っていた。茉莉の言葉にガスターとボルタはハッと覚醒する。
「本当ね! そこいらのハリウッド映画よりも断然楽しめたわ!」
「左様! これこそB級の中のB級、キングオブB級であるな!」
「――Z級」
 興奮するロボット二人をよそに、ボソリと溢したロキソへ他全員の視線が集まった。その『Z級とはなんぞや』という無言の圧力に若干怯んだロキソだが、意を決して口を開く。
「……突き抜けたB級のことを、Z級――と、呼ぶらしい……」
 いつの間にかネットで得た知識を披露したロキソに、皆はいたく感心する。
「Z級――いい響きだね」
 うっとりと呟いた茉莉に、ロボット達はうんうんと賛同の頷きを繰り返した。この後、Z級に出会うため、ますますB級モノに傾倒していく茉莉達であった。
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