第18話:吃逆

文字数 2,624文字

「ひっく!」
 リビングのソファでくつろぐ中、ふいに茉莉が素っ頓狂な声をあげた。
「どうしたの茉莉ちゃん?」
「あーごめnひっく! ただのしゃっくりだから。気にしnひっく!」
 茉莉は不思議そうな顔をするガスターに説明するも、しゃっくりのせいで途切れ途切れになってしまう。
「しゃっくり?」
 ガスターが小首を傾げると、同じくしゃっくりの意味を知らないロキソは、すぐさまノートパソコンを広げ検索をかけた。ロボット達の中で一番の現代っ子が為せるワザだ。
「ふむ……“しゃっくりとは、横隔膜の痙攣及び声帯が閉じて『ヒック』という音が発生することが一定間隔で繰り返される現象”とな」
 液晶画面に浮かんだ説明文をボルタがロキソの背後から覗き込み、つらつらと読み上げ始めた。
「痙攣だなんて! 大丈夫なの?」
「大丈夫。そのうち止まrひっく! から」
 そう言った茉莉は息を大きく吸いこみ止める。彼女が息を止めている数秒の間、ボルタは画面の文字を目で追い、ある一文で再度口を開き始めた。

「――“なお、しゃっくりが100回出ると死ぬ”――!?」
「ひっく!」
 ボルタの言葉に相槌を打つかの如く、茉莉のしゃっくり音が出てしまう。どうやら息を止める方法は失敗に終わったようだ。
「なんですってぇ!?」
「!」
 ガスターの悲鳴を合図に、ロキソは焦ったようにキーボードを叩き出す。検索欄に入力された文字は“しゃっくり 止め方”であった。
「いやいや、それ迷信dひっく!」
「大変よ! 茉莉ちゃん死なないでぇーーーー!」
 真っ青な顔のガスターに両肩を掴まれ、ソファに座ったままガクガク揺さぶられている茉莉は『あ、これアニメや漫画でよくあるイベントだ』と乾いた笑いを浮かべていた。
「ささ茉莉殿! この水を一気にグイっと!」
「――ひっく!」
 ネットの情報を元にコップ一杯の水を差し出すボルタ。だがそれを飲み干しても茉莉のしゃっくりは止まらない。
「スプーン一杯の蜂蜜を急いで飲むのよ!」
「――ひっく!」
 次にガスターから差し出された蜂蜜を飲んでみても、やはり止まらなかった。
「耳のツボを刺激すると良いらしい! 失礼つかまつる!」
「ひゃっ!」
 両耳のツボを背後からボルタに押された茉莉は、しゃっくりとは違う声をあげた。彼女は耳が敏感だったが、そんなことは露知らずのボルタ。茉莉はくすぐったさを堪えながら、黙ってツボを押され続けている。
「――――ひっく!」
「これも失策であったか……」
 ガックリと肩を落としたボルタの手が耳から離れると、茉莉はホッと安堵の息をついた。
 ふと、パソコンで検索を続けていたロキソが立ち上がり、茉莉の前に屈みこむ。次はどんな手段で止めにきたのかと、茉莉は若干不安げに黒い忍者ロボを見上げた。ロキソは茉莉の顎へ右手をかけ、クイッと軽く持ち上げ、彼女の唇へ己のそれを重ねてみせた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 突然の口付けに、その場にいる全員の時が止まる。先ほどの喧騒が嘘のように静まり返った。
「な……ななななにやってんのアンターーーー! それセクハラ飛び越えて犯罪よぉーーーーー!?」
 自分の両頬に両手の平を添え、キャーキャー黄色い声をあげるガスター。ロボット達は当初“キス”という行為の意味を知らなかったが、茉莉と一緒に海外ドラマや映画を見るうちに、それが何を示しているのかと学んでいた。
「接吻とは! 破廉恥にも程があるぞロキソォ! そこになおれぇ!」
 赤面で刀を構えるボルタに臆することなく、ロキソは軽く触れるだけだった唇を離し、至近距離で茉莉と見つめ合う。
「――驚いて、止まったか……?」
「アンタ! ビックリさせるにしても他のやり方があるでしょう!? アタシの方がビックリして回路止まるかと思ったわよ!」
 ロキソの囁きに反応したのは茉莉ではなくガスターであった。茉莉はというと頬を染めもせず怒りもせずに、キョトンという顔をしていた。
「んー―――――ひっく!……ダメみたい」
「茉莉ちゃん、アナタ……怒らないの?」
 キスに全く動じない茉莉へ、ガスターが恐る恐る声をかけた。その青ざめた顔色には、暗に『まさか男慣れしているのか』と浮かんでいた。
「どうして? ロキソに下心あったわけじゃないし。それにチューなんて挨拶みたいなものでしょ?」
「アナタ、海外ドラマに毒されすぎよ……」
 あっけらかんと言ってのけた茉莉に、ガスターは深い溜息をはいた。
「ならば拙者も茉莉殿に西洋風の挨拶をば――」
「下心満載のアンタは絶対ダメ! このド変態!」
「偏見であるぞ!?」
 ロキソと茉莉の間に分け入ろうとしたボルタをガスターが全力で阻止。ボルタは不服そうに口をへの字に曲げた。

「なんkひっく!ごめんね。皆に迷惑ひっく!かけて」
「ますます悪化してるわよ茉莉ちゃん! あぁもーどうしましょう!!」
 その時、錯乱するガスターの横を擦り抜け、茉莉の膝へドンがストンと飛び乗ってきた。今までドンはリビングのフローリングに横たわり寝入っていたのだが、この騒動で目が覚めたようである。
「ドンちゃん、お腹ひっく! 空いた?今おやつあげ――」
 しゃっくりをしつつも微笑みながら頭を撫でてくる茉莉に対し、ドンはスッと背伸び。彼女の胸元に柔らかな肉球を押し付けフミフミ開始。そして茉莉の上唇に己の鼻先をちょこんとくっつけた。
「――お手々ふみふみ攻撃と鼻ちゅー攻撃! 可愛い可愛すぎるよドンちゃん! 好きの極み!」
 一瞬呆気にとられたのち、我に返った茉莉はドンを優しく抱きしめ全身を撫でまくる。されるがままのドンは嵐のようなゴロゴロ音を鳴らしつつご満悦の表情だ。ロボット達は茉莉とドンのラブラブっぷりにあてられ傍観していたが、ふとあることにガスターが気が付いた。
「茉莉ちゃん、しゃっくり止まったんじゃない?」
「え?――――あ、本当だ。ドンちゃんありがとうー!」
 ドンの可愛さでしゃっくりが止まった茉莉は、お礼とばかりに彼の顔へ頬擦りをすると、ゴロゴロ音はさらに増しリビングに大きく鳴り響いた。
「……成程。次回からは、ああすればよいのだな。しかと目に焼き付けたぞ」
「だからアンタがやると変態行為だから……」
 茉莉とドンのいちゃいちゃを羨ましそうに見つめるボルタを、ガスターは溜息混じりにたしなめる。同じく傍観していたロキソは、先ほど茉莉の唇に触れた己の唇を右手の人差し指でなぞりつつ、何かを考えているようであった。
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