第28話:誕生秘話

文字数 3,406文字

「今日も精が出るな、武田君」
「それはどうも」
 薬師寺研究所内、いつもの定位置へ座り黙々とキーボードを叩いていた武田は、背後からかけられた大二郎の声へ振り向くことなく返事をする。
「今日はもう上がりたまえ。このところ碌に家へ帰っていないだろう?」
「どうしたんですか急にホワイト企業の社長みたいなこと言い出して。また何か悪いものでも食べたんですか」
「君は相変わらず辛辣だな」
「今集中してるんで、邪魔しないでくれます?」
「薬師寺さん、私やっぱり日を改めた方が――」
 大二郎との会話中、聞いたことがない声が混じったことにより、黙々と作業をしていた武田の手がハタと止まる。こんな勤務時間外に見学者を――しかも部外者立ち入り禁止のこの施設へ申請もせず一般人を連れてくるとは何事かと、呆れ顔で溜息を吐きながら背後を振り向いた。
「あ、こんばんは。お邪魔しています」
「こんな愛想ないヤツに頭下げることなんてないわよ茉莉ちゃん」
「左様。拙者の茉莉殿に何たる態度。無礼千万であるぞ」
「――刺す」
 大二郎の隣に立つのは大人しそうな見慣れぬ女性。そしてその女性の肩やら頭やら胸元やらには、今の今まで探し求めていたロボット達のミニ化した姿があった。『刺しちゃダメ』と胸元のロキソを軽く注意する女性を、いつもの無表情で見つめること数秒。武田は視線を大二郎へ流し、ゆっくりと口を開いた。
「あっさり見つけやがって。この耄碌(もうろく)ジジイが」
「一切オブラートに包まっていないぞ武田君」
 真顔vs真顔のやり取りに、武田と大二郎の関係がまだ良く分かっていない茉莉は、一人ハラハラしながら見守っていた。

 * * * * *

 時を遡ること一時間ほど前。ガスターお手製のビーフシチューを食べ、そのあまりの美味さに驚きつつも舌鼓を打った大二郎。大満足で完食した彼は今までの非礼を詫び、どうにか研究所へ戻ってはくれまいかと何度も頭を下げた。
「津村さんの心配も分かる。だが彼らの父親同然である私を信じてはくれまいか」
「だれが父親同然なのよ! 冗談は髭だけにしてちょうだい!」
 憤慨するガスターに同調するよう、ボルタとロキソもうんうんと首を縦に振る。
「君たちに命を吹き込んだ私は、父親といっても過言ではないだろう」
「命を吹き込む?」
 綺麗に整えられている口髭を撫でつつ放った大二郎の言葉に、茉莉は疑問符を浮かべた。
「うむ。彼ら3人は去年のクリスマスの日、この状態で私の家の前に置かれていたのだ」
 大二郎はスマホを取り出し数秒の操作後、目当ての写真が表示された画面を茉莉へ見せた。そこには三つの箱が写っており、それぞれの蓋にはロボットの絵――ガスター達が昭和レトロ感満載の筆遣いで描かれていた。
「――これはプラモデルですか?」
「そう見えるだろう? これが蓋を取ったときの写真だ」
 大二郎が次に表示させた写真には、箱の中に納まった未組立のプラモデルであった。それを見た茉莉は腕を組み、右手を自分のあごに添え、思案するようなポーズでガスターへ視線を向けた。
「やっぱりガスターさん達はガンドムのプラモデルーー」
「誤解よ茉莉ちゃん! ガンプラが喋ったり大きくなったりしないでしょ!?」
「そしてこれが彼らを組立途中の私だ」
 茉莉の誤解を解こうと必死なガスターを尻目に、大二郎がさらに見せてきた写真には、目をキラキラさせてパーツを組み立てている彼の姿が写っていた。ダンディな中年男性が見せる少年のような表情に、ガスターの心が動かされることは一切なかった。
「物凄く楽しそうですね」
「ああ、物凄く楽しかった。私の趣味は昔からプラモデル制作でね。興味があるなら自宅のコレクションルームへ来るかい?」
「お気持ちだけで結構です」
「それは残念だ……」
 茉莉に素っ気なく断られた大二郎は、しょんぼりと肩を落とす。だが茉莉はそれに気付かず、興味津々といった様子でスマホの画面を指さした。
「このプラモデルを組立てたら、ガスターさん達が動き出したんですか?」
「うむ。この右下に見える綺麗なガラス玉が分かるかね? これを説明書通り胸パーツに組み込んだら、この通りだ」
 静止画を動画再生に切り替えた大二郎は、その画面を茉莉に見せる。液晶画面には、虹色に煌めくビー玉のようなコアを組み込まれたガンプラガスター達が淡く発光しながら空中へと浮き、瞬く間に金属製の体へ変じていく動画が映っていた。
「その説明書にはガスターさん達のことは何と書いてあったんですか?」
「それが全く読めんのだよ」
「読めない?」
 “老眼か何かで……”と喉元まで出かかったが茉莉は何とか飲み込んだ。
「地球上のどの言語にも当てはまらない言葉で書かれていてね。だが幸いにも図解があった。あとは長年の感と経験で制作してみたら、御覧のとおり大成功というわけだ」
「ということは、ガスターさん達は地球外から来たと」
 “老眼とか言わなくてよかった”と内心胸をなでおろした茉莉は、それを顔に出すことなく次の質問を投げかけた。
「うむ、私はそう信じている。私の次に優秀な部下は鼻で笑ったがな」
 大二郎の脳内では、冷めた表情で失笑している武田の姿が思い浮かんでいた。

「ガスターさん達は他の星から来たの?」
 茉莉に問われたガスターは困ったように首を傾げた。
「それがよく分からないのよ。アタシ達の最初の記憶は、そこの悪鬼の驚き顔なのよ」
「左様。目を見開き、大口を開けた醜い顔であった」
「君達、私はこう見えてガラスのハートなんだよ。あぁドンちゃん、パパを慰めておくれ……」
 ボルタの辛辣な言葉にショックを受けた大二郎は、癒しを求めてドンに手を伸ばすが、それをパシンと猫パンチで叩き落とされた。だがしかし、その肉球の感触が気持ちよかったようで、彼の顔は嬉しさから緩んでいた。
「アタシ達が地球外ロボットだったら――怖い?」
 ガスターは恐る恐る茉莉に問いかけた。人間は未知なる存在を恐れる。それが地球外のものであったらなおさらだ。もし茉莉が少しでも恐れを感じているようだったら、不本意でもあの研究施設へ戻ろうとガスターは考えていた。
「全然。地球のロボットでも他の星のロボットでも、私にとって大切な友達なのは変わらないよ」
「茉莉ちゃん……!」
 一秒も思案することなく、いつもと変わらぬ調子でサラッと答えた茉莉に、ガスター達3人のロボットは感動から声を詰まらす。
 大二郎はそんな彼らの様子を目の当たりにし、ここまで絆が深まっていたのかと驚くと同時に、これは大変興味深い――是非とも研究をしてみたいと、マッドサイエンティスト魂がムクムク湧いてきていた。
「というわけで、友達が嫌がっている場所へお返しすることは出来ません。ごめんなさい」
「――一つ提案があるのだが、聞いてくれるかい?」
 ペコリと頭を下げた茉莉に、大二郎はある提案を持ち掛けた。

 * * * * *

「――で、“そんなに心配ならばロボット達のお世話係として、ここに転職すればいい”と?」
「うむ。ロボット達も彼女が一緒なら研究に協力してくれるという。どうだ、名案だろう?」
「ええ、確かに“迷案”ですね。あ、迷案の迷は“迷惑行為の迷”ですから。漢字分かります? しんにょうに米ですよ。しんにょうっていうのは、こうニョロニョロ~っと――」
 真顔のまま宙に指でしんにょうを書く武田。彼の周りには禍々しいオーラが渦巻いて見えた。人はそれを“殺気”と呼ぶ。
「無茶苦茶怒っているな武田君。私への視線が、まるで汚物を見るような眼だ」
「そんなことないですよ」
「その笑顔が恐ろしい」
 普段は表情の乏しい武田が見せた完璧な笑顔に、大二郎はぶるりと身震い。この時点で大二郎と武田の力関係に気付いた茉莉だった。
「彼女にも都合ってもんがあるでしょう。そんな急に転職しろだなんて――」
「転職にはなんの抵抗もないです」
「え」
「今の会社に別段思い入れはないので」
「超ドライ」
 あっけらかんと告げる茉莉に、流石の武田も面食らう。
「どうだ? 彼女もこう言っていることだし、何の問題もなかろう?」
「仮に問題があってもトップであるボスが決めたこと。誰が何を言っても覆ることはないでしょうに」
「よく分かっているじゃないか武田君」
「こんなワンマン経営者の下で働くと、絶対後悔しますよお嬢さん」
 ハァと溜息を吐いた武田は、色々な手続きをするため、気だるげに自席へと戻っていった。
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