第7話:ロボ育園

文字数 1,839文字

「変換するのはここ。で、それを確定するのはここ、エンターを押すの」
 ロキソというガスターの最後の仲間が見つかったその日の午後。茉莉は自室の机でノートパソコンを開き、その使い方を彼ら三人に教えていた。彼女は明日から仕事に出てしまうため、その日中の暇つぶしとしてインターネットでの動画視聴方法や小説サイトなどの見方をレクチャーしているのだ。
 よくあるロボットアニメのように、体内から取り出したコードをパソコン本体へ繋ぎ、脳内から直接指示を出し動かすことも出来るというガスター達。だがそれは研究所から探知されてしまう可能性があるため、人間と同じ使い方をする必要があった。
「なるほど~。何となく分かったわ」
「さすがハイテクロボ、飲み込みが早い」
 ざっと一通りの使い方を教わったガスターとロキソは、あっという間にブラインドタッチをも習得してしまう。しかしボルタのみ、両方の人差し指でポチ…ポチ…と打っていた。同じロボットでも得意不得意があるようだった。
「で、ここにブックマークしてあるサイトが、私が良く買い物するネットスーパー。多分大丈夫だと思うけど、もしログイン認証切れてたら、このIDとパスワードを入力すれば問題なし。何か欲しいモノがあったら遠慮なく買ってね。お昼までに注文すれば、15時くらいには届けてもらえるから。配送設定も宅配ボックスに選択されてるから大丈夫」
「宅配ボックス?」
 画面から顔をあげ、背後の茉莉を見るガスターの顔には疑問符が浮かんでいた。
「玄関脇にちょっとした箱があったでしょ?あれが宅配ボックス。配達の人が勝手に品物入れていってくれるから、対面で受け取らなくても平気なの」
「あらまあ随分と便利な世の中なのね~」
 近所のおばちゃんのようなリアクションのガスター。ロキソは面白いオモチャを与えられた子猫のように目をキラキラさせ、ボルタは茉莉の話を半分も理解できていないようである。どうやら横文字が苦手らしい。自身はハイテクロボなのに。
「ネットに飽きたらテレビでも見ててね。これがリモコン。ここ押してくとチャンネルが変わっていくから」
「テレビは知ってるわ。研究所でも見せてもらえたのよ」
「そうなんだ、じゃあ使い方は大丈夫かな?」
「ええ。“ワールド猫ウォーク”と“動物惑星”が楽しみだったの」
「だから猫の生態に詳しいんだね」
 そんな番組を戦闘ロボットに見せる研究所とは一体。茉莉の中で謎の研究所に対する疑問が更に膨らんだ。

「テレビも飽きたら、この本棚にある本も読んで構わないから」
「ぬおお!?」
 茉莉がテレビや本棚の説明をしている間、一人黙々とパソコンに向き合い、ポチポチ何かを打っていたボルタが、突如野太い悲鳴をあげた。どうせ変換文字を間違えたのだろうと、ガスターは軽く肩をすくめながらボルタの背後へ回る。
「どうしたのボルタ?」
「拙者達の正体がバレてしもうた!」
 ボルタはワナワナとPCモニターを指差した。
「なんですって!? ……まあ本当! どうしましょう!」
 ボルタの指し示す箇所を見たガスターは、徐々に顔を青ざめさせていった。横から覗き込んだロキソもビクンと体を震わせ、茉莉の背後へ慌てて隠れた。茉莉は自身よりもだいぶ大きなロキソを背中に引っ付けたまま、ボルタの手元を覗き込んだ。
 画面上には『私はロボットではありません』という文字とチェックボックスが載っている小さなウインドウ。ネットをよく使う人間ならば何度か目にしている、あの鬱陶しい認証システムだ。
「大丈夫、コレは研究所とは関係ないから。『私はロボットではありません』にチェック入れれば、元の画面に戻るよ」
「そうなの? でもアタシ達本当にロボットよ? 嘘はつけないわ……」
 馬鹿正直なハイテクロボの返答に、茉莉は暫し考え込む。
「――ここでは省略されてるけど、本当は“私は悪いロボットではありません。良いロボットです”って意味なの。だからロキソさん達ならチェックしても大丈夫」
 そんな子供騙しの嘘に引っかかるだろうかと内心茉莉は心配したが、彼女の言葉を聞いたガスターは、曇り顔をみるみるうちに晴れやかなものへと変じていった。
「まあ! それなら安心ね! 私達悪いロボットじゃないものね!」
「左様」
 ガスターの言葉に腕組をしつつ深く頷くボルタと、コクコクと小さく何度も頷くロキソ。人間世界の常識をほとんど知らない彼らに対し、『保母さんとか、こんな気持ちで働いているんだろうな』と微笑ましい気持ちになる茉莉であった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み