第16話:ファイナル・アタック

文字数 1,743文字

 カラッと晴れた夏空の下、ロキソは庭で洗濯物を干していた。平日の午前中ということもあり人通りは殆どないが、万が一の場合に備え、庭に出るときはステルスモードになっていた。その様子は、洗濯物がひとりでに宙を漂い、みずからハンガーに引っかかっていくというシュールなものであった。
「……?」
 脳内でウニクラのテーマ曲を流しつつ、ご機嫌で作業していたロキソが、ふとその手を止めた。それもそのはず、彼の左肩に一匹のセミが止まったからだ。どうやら弱っているらしいそのセミは鳴き声をあげることなく、見えないはずであろうロキソの肩へ健気にしがみ付いていた。そんなセミを哀れに思ったのか、ロキソは洗濯物干しを中断し、そのまま家の中へ戻っていった。
 庭に面しているガラスサッシを開けリビングに上がると、家事を一通り終えたガスターと目が合った。この時すでにロキソのステルスモードは解除されていたため、彼の肩に止まっているセミは保護色により目立たなかった。
「洗濯お疲れ様。今日は湿度が少ないから、早く乾くわねぇ」
「……まだ、終わって――いない」
「あらそうなの?」
 首を傾げるガスターにロキソは己の左肩を指し示す。その示された場所を不思議そうに見つめたガスターはセミの存在に気付き、切れ長の目を丸くした。
「あらまあ、どうしたの、その子」
「――弱って、いる……。今日が七日目、なのかも――しれない」
 しょんぼりとセミを見やるロキソ。ロボット達は昨日放送されたウニクラで『セミの寿命は土から出てきて七日間』という情報を得ていた。実際そんなことはなく一か月くらいは生きるそうだが、彼らがウニクラ情報を疑うことは微塵もなかった。
「それは残念ね……。そうだわ、これ飲んだら少しは元気になるかしら?」
 悲しそうな表情から閃きの表情へ瞬時に転じたガスターはいそいそとキッチンへ戻り、メープルシロップを小皿に取り分け嬉々として戻ってきた。

「はいどうぞ、セミさん」
 ガスターがセミのすぐそばに小皿を差し出した瞬間、これまでウンともスンとも言わなかったセミが『ミミミミミミミミミミミッ!』と鳴きながら勢いよく飛び立った。
「きゃああああああーーーーっ!」
「!」
 突如鳴き出し、リビング内を縦横無尽に飛び回り出したセミに、ガスターはキャーキャー悲鳴をあげ逃げまどい、ロキソはビクンと硬直し直立不動。この騒動を聞きつけたボルタが、掃除中の二階からドタドタと慌てて降りて来た。
「敵襲か!? ふぉおおおおおおおおおおっ!?」
 リビングに入った瞬間、顔面アタックを仕掛けて来た謎物体に、ボルタは情けない悲鳴をあげる。
「なんぞコレ!? なんぞコレぇーーーーーーっ!?」
「お、落ち着いてボルタ! ただのセミだから!」
「セセセセミぃ!? フォーーーーーーーーっ! 取ってくだされ! 誰ぞ取ってくだされぇーーーーーいっ!」
 己の鼻筋へガッシリ捕まっている謎物体がセミだと判明したボルタは、先ほどよりも大絶叫。アワアワと両手を振り乱し、右往左往で助けを求めだした。ロボット達の中で一番厳つく(おとこ)らしい容姿のボルタは大の虫嫌いだと判明した瞬間である。
「虫ぃーーーっ! ほっそい足があ! 何本もーーーーーーーーーっ!」
「あーもーうるさいわね! 今取ってあげるから、じっとしてなさいってば!」
 飛び回るセミは怖いが身動きしないセミは怖くないらしいガスターが、ボルタの顔から引きはがしてやろうと手を伸ばす。
「ミミミミミミミミミミミミミッッッ!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 触れる瞬間またしても飛び出したセミに、ガスターは雑巾を裂くような悲鳴をあげた。そんなガスターをあざ笑うようにセミは天井へヒラリと着地。その場で悠々と歌いだした。
「ミーンミンミンミンミンミー、ミーンミンミンミンミンミー、ミーンミンミ……」
 茫然と見上げるロボット達3人を尻目に、ひとしきり鳴いたセミは悠然と飛び立ち、開いたままの窓から外へ出ていった。庭木の枝の上に寝そべり、リビング内を傍観していたドンは、その騒動を見届け終わると、くあっと大きな欠伸をしてニャムニャム寝入り出す。
 カラスに負け、猫に負け、アライグマに負けた戦闘ロボは、本日新たにセミにも敗北という記録を更新した。
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