第31話:妄想大爆発

文字数 2,357文字

「はーい。それじゃーみんな、準備はいいかなー」
 ロボット達が隔離された実験室に、のんびりした声がスピーカーを通して流れる。実験室の壁は戦車の砲弾が至近距離で当たっても傷一つ付かないほどの耐久性と、放射線を遮断する機能を備えており、その室内で行われる実験がどれほど危険なものなのかを暗に物語っていた。今までそこで行われていた実験といえば、青汁やら何やらの様々な液体をロボット達に飲ませ、秘められた力の開放を探求するものであったが、一度も研究者達が期待するような結果は得られたことがなかった。
 しかし今回は、ロボット達自らが『魔法の水を見つけた』と証言したことから、その確証を得るために行う実験である。どのような危険が伴うかもしれないと、大二郎含めた研究者らはモニターの前で目を輝かせて動向を追っていた。
「そこにある津村さんの血、みんなペロってしてー」
 テーブル上にある3つのシャーレにはそれぞれ一滴の血液が乗っており、ロボット達は指示通りそれを舐める。すると三人の全身から眩い光が放たれ、研究者達からはどよめきが起こった。
「なんと……これが魔法の水の力か……。武田君! データはどうかね!?」
「計測不能―――未知数です。まさかこれほどとは」
 計測器の前で武田がゆっくり首を左右に振ると、大二郎の周りにはパァアと色とりどりの花が咲き乱れた。
「おお……私の夢がまた一歩近づいたぞ!」
「こんな不安定な状態の彼らを“地球防衛隊”とやらの要には出来ません」
「大丈夫だ武田君! 君ならやれる!」
「なんで私が責任者の流れになっているんですか。冗談は顔と生き様だけにしてください。あと地球防衛隊ってネーミングも安直かつクソダサですよ」
「純情可憐な乙女の鮮血でエネルギー増幅か――夢が広がるな武田君!」
「人の話聞くつもりゼロですね」
 輝く笑顔で両肩に手を置いてきた大二郎を、武田は鬱陶しそうに半眼で睨む。もし彼の手にボールペンが握られていたら、大二郎の手の甲を条件反射で刺していたはずだ。
「想像してみたまえ。全宇宙を恐怖に陥れる悪のロボット軍団へ不眠不休で勇猛果敢に立ち向かう我らが地球防衛隊。だがしかしある日卑怯な罠にはまり、津村さんとガスター達は敵に捕まってしまう―――」
「なんか妄想語り始まった」
 ホワンホワンホワンホワンホワ~ンという効果音が聞こえてきそうな空想顔の大二郎に、武田は盛大な溜息を吐いた。

~~~~~~~~~~大二郎妄想劇・開幕~~~~~~~~~~

 郊外にある採石場のような開けた場所に、不可思議なドーム状のバリアが張られている。その中では人間サイズのガスター達3人のロボットが地面に膝をつき、苦悶の表情を浮かべていた。彼らの傍らには茉莉の姿があった。
「みんな!」
「だっ、大丈夫よ、茉莉ちゃん……。あなただけは、絶対に守るから……」
 ドームは特殊な仕掛けにより、ガスター達ロボットの水分を蒸発させる。当初は巨大サイズだったガスター達は体内の水分を奪われ、見る見るうちに人間サイズまで縮んでしまっていた。そんな彼らを心配し、傍らで体を支えようとする茉莉に、ガスターは無理矢理笑顔を作った。
「ハッ! 立ってらんねーくらいフラッフラのくせに、なぁにが守るだ! 笑わせてくれるぜ!」
 ドームの外側では巨大サイズのロボットが1体、仁王立ちで見下ろしていた。ダークグリーンを基調としたそのロボは、見るからに悪役ですと言わんばかりの下卑た笑いを浮かべている。
「くっ……、エネルギーさえあれば、あのような輩に遅れをとることなど……」
「エネルギー……」
 悔し気に呟いたボルトの言葉から、何かを閃いた茉莉がロキソの元にしゃがみ込み、すぐに立ち上がる。その右手にはロキソの苦無が握られていた。
「おいおい、ポンコツどもの代わりに子ウサギちゃんが戦おうってのか? こいつは最高に笑えるぜ!」
 さも可笑しいといった感じで高笑いする敵ロボット。一方ガスター達の顔色は、なお一層青くなっていた。
「止めて茉莉ちゃん! そんなの無理よ!!」
「うん知ってる。だから私は私が出来ることをする」
 そう言いつつ握っていた苦無で自分の手の平を傷付けた茉莉。痛さから僅かに眉をひそめたが、鮮血が溢れ出した左手を茫然としているガスター達に差し出した。
「“魔法の水”はここにある。あとはお願い、皆――」
 茉莉の決意を感じ取ったガスター達は呆けていた顔を引き締め、茉莉の鮮血を口にした。一瞬にして力を得た3人は、その全身から眩い光を放ち、みるみるうちに巨大化していく。
「なんだと!?」
「茉莉ちゃんに血を流させた罪は重いわよ……」
 驚きの声をあげる敵に、ガスターは普段よりも大分低い声で怒りを吐き出した。その声を皮切りにガスター達は各々の得物を構え、狼狽える敵に正面から対峙する。
「戯言いってんじゃねーぞ! テメーらみてえな雑魚が俺様に指一本でも触ギャアアアアアッ!!」
 悪態をみなまで言わさずガスター達は敵を攻撃。瞬く間に全身を切り付けられた敵は、断末魔をあげながら大爆発。ロキソの大きな手の平の上で爆風から守られていた茉莉は、木端微塵に吹き飛んだ敵を哀しげに見つめていた。

 ~~~~~~~~~~大二郎妄想劇・終幕~~~~~~~~~~

「仲間のピンチに自らを傷つけ血を分け与える健気で強い乙女! それに応え覚醒する仲間達! 形勢逆転され派手に吹き飛ぶ敵ロボット! ど~だい武田君! 燃える展開だろう?」
 ひとしきり妄想を語り尽くした大二郎が高揚した様子で背後を振り返ると、そこには武田はおろか、実験中であったロボット達や研究者の姿も消えていた。
「……え、いつから独り言になってたの……?」
 人っ子一人いなくなっていた実験室に、大二郎の寂しげな呟きがやけに響いて聞こえた。
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