第15話:暗闇ドライブ

文字数 2,758文字

「――ただいま」
「おかえりなさーい」
 一日の仕事を終え帰宅した茉莉を、ガスター達3人が玄関まで出迎える。
「みんな急いでここに入って」
 いつもの飄々さが消え、切羽詰まった風の茉莉が、自分の肩にかけていた通勤用バッグを開いて見せた。
「ど、どうしたの? 茉莉ちゃん」
「ごめん事情は後で話すから。今は時間がないの」
 ただならぬ様子に、ガスター達ロボット3人は互いに顔を見合わせ無言で頷きあい、一斉にミニ化してバッグの中へ飛び込んでいった。茉莉は今入ってきたばかりの玄関を出て施錠し、玄関脇の車庫へ止めてある軽SUV車へ乗り込んだ。助手席にバッグを置きエンジンをかけ、暖気もせずに走り出す。

<<……こんな時間に、どこへ行くのかしら?>>
<<皆目見当つかんな……>>
 バッグの中では緊張した面持ちのロボット達が体内回線で言葉を交わしていた。研究所に傍受されてしまうため通常は使用禁止だが、互いに触れられる位置での通信ならば電波は微弱であり、察知される可能性はないということだった。
<<会社で何かあったのかしら……>>
 ガスターがバッグの口からソロリと顔を出し様子を盗み見ると、彼女は真剣な眼差しで前方を見据え運転していた。
<<もしくは我らに愛想を尽かし、ロボ捨て山へ破棄にし行くとか――>>
<<ロボ捨て山って何よ。アンタ時代劇見過ぎなのよ>>
 そうは言うもののテレビを見るときは皆一緒に視聴するため、ガスターもボルタと同じ番組を見ていた。一昨日見た時代劇のテーマは『姥捨て山』だ。
<<……!>>
 ガスターとボルタが論議している最中、空中の一点を見つめ固まっていたロキソ。彼は何かを思いついたようにバッとガスター達を振り返った。
<<……自殺――>>
 不吉な一言をこぼしたロキソに、ガスターとボルタが騒めき立つ。
<<なっ、何言ってんのよロキソ! 茉莉ちゃんに限ってそんなことするわけないじゃない!>>
<<昨日の、“ウニとイクラ”――>>
<<!>>
 ロキソの言葉にハッとする2人。“ウニとイクラ”とは、彼らがドハマりしている例の昼ドラのタイトルである。昨日のウニクラ――巷ではこう略されている――は、どんなにイジメられても前向きなヒロインが、唯一の親友に裏切られたことにより心折れ、自ら命を立とうと人里離れた山奥へ練炭セットを持参する回であった。
 その光景がパッと脳内に浮かんだガスター達。茉莉もウニクラのヒロイン同様、真っすぐな性格だと思っている彼らは、そんな茉莉も何かが切っ掛けで心折れてしまったのではとの答えを導き出した。
<<で、でもやっぱり茉莉ちゃんが自殺なんて――>>
 どうしても信じたくないガスターが茉莉の様子を窺うべくバッグから顔を出すと、車外に流れる景色は木・木・木。気が付けば車体は斜めになっており、いつの間にか山道を登っていたことに絶句。ガスターはしばらく硬直したのち、ススス……とゆっくりバッグの中に戻っていった。
<<茉莉ちゃん――やる気よ>>
<<やはりか! いかがするガスター!>>
<<どうもこうも、絶対止めるに決まってるじゃない! 気付かれないように車の中を調べるわよ!>>
<<承知!>>
 ガスターの指示にボルタとロキソはバッグからこっそり抜け出し、車内に自殺道具がないか探索し始めた。ウニクラのヒロインは結局、練炭に火を点けたタイミングで都合よく表れた幼馴染に助けられた。だが火を点ける前に阻止できれば尚のこと良しと、ガスター達は隠密行動で車内をくまなく探していく。
 しかし何か道具を見つける前に車は無情にも停止。ロボット達は慌ててバッグの中に戻っていった。茉莉はロボット達が出入りしていたことなどつゆ知らず、バッグを肩にかけ車外へ出ていく。
 サクサクと土を踏みしめる音が聞こえてくると、バッグ内のロボット達は動揺の色を濃くした。
<<れれれ練炭を使わないですって!?>>
<<もしや崖より身を投げ出すやも知れんぞ!>>
<<……火をつけて、焼身――>>
 あーでもない、こーでもないとロボット達が論議しているうちに目的地へ到着した茉莉は足を止め、バッグの口を大きく開けた。途端ビクンと大きく身をすくませた3人は、茉莉から発せられる言葉を待ちわびた。

「もう出てきて大丈夫。急に連れ出されてビックリしたでしょう? ごめんね」
「えっ」
 悲壮な様子など微塵も感じさせない普段どおりの茉莉に、ガスターから素っ頓狂な声が漏れた。ボルタとロキソもキョトンとしている。
「お、お外に出ても、平気なの?」
「うん。こんなところに人来ないし。もし来ても真っ暗だから、すぐに隠れれば大丈夫」
 多分ね、と付け加えた茉莉に、ロボット達はバッグの中から恐る恐る這い出し、彼女の肩やら頭の上やらに降り立った。周りを見渡すと鬱蒼とした木々が生い茂っていたが、茉莉が立っている場所は一ヶ所だけ山肌が開けており、そこからは下の街並みがよく見て取れた。
「あの街って、茉莉ちゃんのおうちがある街?」
 茉莉の右肩に腰かけたガスターが問いかける。
「そうだよ。あそこからこの山まで、車で30分くらいかな。間に合って良かったー」
「間に合うって一体――」
 なんなのと続くはずのガスターの言葉は、ドンッという鈍い音にかき消されてしまう。何事かと身構えたロボット達の目の前には、夜空を照らす大輪の花が咲いていた。
「――綺麗……」
 キラキラと散り落ちていく光の欠片を見つめるガスターは呆け顔。茉莉の左肩に乗ったボルタと頭上に座ったロキソも同じような表情で、次から次へと咲き誇る光の花々を見つめていた。
「綺麗でしょ。花火っていうんだよ」
「はなび?」
「そう。日本の夏の風物詩」
 茉莉が指差したところは街の右側に面した海。その海上からドンドンと途切れることなく花火が打ちあがっていた。
「今日花火大会だっていうのを仕事中に思い出してね。どうせ見るならこの穴場でって思って。打ち上げまでに間に合うかの瀬戸際だったけど、何とか間に合って本当に良かった」
「アタシ達に、見せてくれるため?」
「うん。ずっと家の中で家事してくれてて、出かけるとしてもバッグの中に入って一緒に買い物とかじゃない? たまにはこうして人目を気にせず楽しんで欲しいかなーなんて。とかいって本当は私が久々に見たかっただけなんだけどね」
 フフッと悪戯っぽく笑う茉莉に、ロボット達の回路へ暖かな“何か”が流れ出す。茉莉と出会ってからというもの、彼女の優しさに触れる度、ロボット達の回路を流れていた“何か”。感動・信頼・愛情――色々な表現があるものの、今の彼らにはそれを言葉として表すことは出来ず、その代わりに茉莉の首筋や髪の毛へヒシッと抱き着く。夜空を色とりどりに咲き乱れる光のシャワーは、そんな4人を優しく照らしていた。
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