第39話:初陣後

文字数 2,383文字

「――では、血液以外の体液でも覚醒可、ということで間違いないですね?」
 重厚なソファセットやテーブルが置かれている応接室に、武田の無感情な声が静かに響く。薬師寺研究所内にあるその部屋では、大二郎と武田の向かい側に座った茉莉の姿があった。彼女の背後では、人間サイズのガスター達が蛇に睨まれた蛙のような面持ちで直立不動となっている。
 彼らは謎のロボット三兄弟との対峙後すぐさま研究所へ戻り、ロキソ覚醒の説明をしている最中であった。
「はい。報告の義務を怠り誠に申し訳ございません。この不始末は――」
「茉莉ちゃんは悪くないわ!」
「左様! 腹を斬るならば拙者が! 介錯を頼むぞ!」
「承知――」
「ロキソ、苦無を仕舞なさい」
 茉莉の謝罪の言葉を遮り、その背後で切腹コントを始めたロボット達を大二郎が止めに入った。
「誰も津村さんや君達に怒ったりはしていないよ」
「「え」」
 苦笑する大二郎の言葉に、表情を硬くしていた茉莉とガスターから素っ頓狂な声があがった。そんな最中でも『前もこの流れあったなぁ』と脳内で呟く茉莉だった。
「てっきり始末書か減給、もしくは退職勧告かと思って、ヘリの中で用意したのですが……」
「なんでちょっと残念そうなんですか」
 テーブルの前にズラッと始末書や退職願を並べた茉莉を、武田がやんわりと突っ込む。
「確かに情報を隠されたことは残念ですが、女性が声を大にして公表するような内容ではありませんし。結果として謎のロボット達に勝てたのですから、ボスは咎めるよりも称賛されていますよ」
「そのとおり。私や武田君以外の研究者達も、あのシーンは“アニメみたい”だと大盛り上がりだったぞ」
「恐縮です」
 大二郎の言うあのシーンとは、ロキソの覚醒シーンのことだろうと行間を読んだ茉莉は照れることなく会釈した。茉莉には通常の女性に備わっているであろう羞恥心が若干欠けている。

「あの……、そんなに褒めてくれるなら、お願いがあるの」
「なんですか?」
 体を小さく縮こまらせつつ挙手したガスターに、武田は先を続けるよう促した。
「茉莉ちゃんのありとあらゆる体液を実験で使うのは止めて欲しいの。ご覧のように恥じらいを微塵も感じない子だけど、それでも女の子ですもの。乙女の沽券に係るような体液採集はしないでちょうだい。お願いよ……」
「恥ずかしいから隠してたんじゃなくて、面倒くモガッ」
 隠していた理由を正直に打ち明けだした茉莉の口を、背後に立っていたボルタがサッと押さえた。ナイス連係プレーだ。
「もちろん君達が心配するような実験はせんよ。我々は人道的な地球防衛軍だからね」
「本当に? よかったわ~」
 ガスターの申出に快諾した大二郎。彼のことはまだ“灰色悪鬼”と恐れているが、一度交わした約束を反故にするような人間ではないと分かっているガスター達は、大二郎の確約に安堵の声を漏らした。
「ただ、津村さんさえよければ、涙と汗のサンプル提供はしてもらえると助かります。」
「承知いたしました。サウナに入りながら南極物語を見ます」
「雑な採取方法は止めて茉莉ちゃん!」
 武田の提案に応じた茉莉をガスターが突っ込む。
「それは一石二鳥ですね」
「アンタも止めなさいよ!」
 茉莉の提案に応じた武田をガスターが突っ込む。これじゃあ突っ込み役が足りないわと辺りを見回したガスターだが、ロキソは早々にミニ化して茉莉の肩の上。ボルタはサウナに入った茉莉の姿を想像中で上の空、大二郎は泣ける映画の提案に夢中。そんな役立たずな面々に『ダメだわ、アタシ一人で頑張らないと!』と気を引き締めたガスターであった。
「あと、あのケモ耳ロボット達を逃がしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「いいんだよ、君が無事ならば。まあ、無防備に敵の前へ出てしまうことは今後控えてもらえると助かるが。あれは流石に肝が冷えたよ」
「承知いたしました。重ね重ね申し訳ございません」
 失敗を苦笑で許す大二郎に、茉莉は再び頭を下げた。

 * * * * *

「どうすんだよ兄貴。“永久登録”されちまったら、初期化すんのに数百年かかるって聞いたぜ?」
「そのようだな。しかし主からは“捕らえろ”としか命じられていない。永久登録済みだろうが何だろうが捕獲する他ない」
 不満気なカロナの問いに、ブロンは落ち着いた様子で返事をする。ガスター達の捕獲に失敗したケモ耳ロボット三兄弟は、宇宙船の一室で顔を突き合わせていた。
「捕まえるったって、バンテ兄貴でさえ覚醒した奴らに敵わなかったじゃねーか」
「ああ。だからまずは対策を講じてからだ」
「……分かった。覚醒を抑制する仕組みが無いか調べてみるぜ」
「んな小難しいこと考えねぇで、覚醒する前にぶちのめしちまえばいいじゃねぇか」
 小難しい話を繰り返す長男と末弟の背後で退屈そうな顔をしていた次男が、伸びをしつつ会話へ混じった。
「ハッ、そう簡単に行くなら世話ねーよ」
「いや、それでいこう」
「え」
 楽観的なバンテの意見を鼻で笑ったカロナだが、それをしたブロンに驚きの声をあげた。
「覚醒前の奴らは遅るるに足らん。ならば覚醒さえさせなければいいだけだ」
「……そうか! あの生意気な人間を消せばいいんだな?」
 ブロンの行間を読んだカロナの脳裏には、己へ冷ややかな視線を向けてくる茉莉の姿が浮かんでいた。
「そういうことだ。だが無駄な血を流すのは止めろ。出来るかカロナ」
「おうよ、任せとけ! あの人間、次こそはギャフンと言わせてやる!」
 長男からの称賛を得たい末弟は、大小様々な機械の部品を張り切っていじり始めた。

「今時“ギャフンと言わせてやる”なんて、100年前の旧式でも言わねーぜ」
「あぁ。退却する際も“覚えてろよ”と中々に三下な捨てセリフを吐いていたな」
 自分達の中で一番の最新型である末弟の古臭い言動に、次男と長男は若干心配の色を滲ませていた。
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