第42話:血と毛

文字数 4,398文字

 王と呼ばれる男のマントから解放された茉莉一同。てっきりお茶の席にでも招かれたのかと思いきや、現実はそう甘くはなかったようだ。
「……え? ま、茉莉ちゃん!?」
「あー、なんか捕まっちゃってるね」
 驚くガスターへ茉莉はのんびりと答える。その言葉通り茉莉はニヤけ男の片腕に拘束され、もう一方の腕に握られたナイフを喉元へ突きつけられていた。人質に囚われた場面でよく見る構図だ。ニヤけ男の背後には王。そしてさらにロボット達の周りには、おびただしい数の兵士や魔導士達が獲物を構えて取り囲んでいた。
「こんな状況でも随分と余裕なことだ」
「ホ~ント、肝が据わってるっていうか何というか~」
 王の感心するような声に続き、ニヤけ男も茉莉の落ち着き具合に苦笑いを浮かべていた。
「ちょっとアンタぁ! 茉莉ちゃんを放しなさいよ!」
「貴君らが余の願いを聞き入れてくれれば、すぐにでも解放しよう」
 余裕の笑みを浮かべる王に、ボルタのコメカミへ怒りマークが出る。
「どこぞの王といえども、助平な願いだったら許さんぞ!」
(もく)! 変態!」
「ゴフッ!?」
 激昂するボルタの顔面にガスターの裏拳がクリーンヒット。それを見届けたロキソは、自分の出番は無かったと言わんばかりに、手にしていた苦無をそっとしまった。
「このニヤけ男が……。私の家族をこれ以上傷つけたら、末代まで祟るから」
「いやいやいやちょっと待って~? 俺ちゃん何もしてないよ~? アレ君の家族が攻撃してたでしょ~?」
 己の首筋にあてられたナイフよりも冷たい声色で宣戦布告する茉莉。その背後からでもブチ切れ具合が分かったニヤけ男は大いに焦る。
「一日一回必ず足の小指、しかも爪の付け根を箪笥の角にぶつける呪いをかけるから」
「地味に嫌な呪い~! てか今一番身の危険感じなきゃいけないの君だからね~?」
「ベラベラと騒がしいぞ、リピトー」
「怒られるの俺ちゃん!?」
 リピトーと王に呼ばれたニヤけ男は、納得いかない様子で渋々口をつぐんだ。

「願いなんて、どうせ“戦争に加担しろ”とかでしょう?」
「ほう、よく分かったな」
 願いを言い当てた茉莉に、王は感嘆の声をあげた。
「さっき『力を望む国』とか何とか言ってましたよね」
「確かに。だがその一言だけでよくぞ導き出した。貴君の従者に剣を振るった兵士を覚えているか?」
「はい」
「あれがファイ・ザーと敵対するゼネカ国の兵士だ。数か月前、湖を挟んだ向こう側に彼奴らがやってきて、勝手に領土としてしまった。まああの場所は元より誰も住まん未開の土地ゆえ、住みつくことくらいは見逃してやったが、ここ最近は何かにつけてこちらの領土へ攻め入るようになってな」
 茉莉を物分かりの良い人間だと確信したのか、王はスラスラとこの国の現状を語り出した。
「そんな危ないところに、なんでよりにもよって王様が一人でフラフラしていたんですか。しかも弱々しい子供の姿で、わざわざ敵兵に襲わせるなんて悪趣味な」
「ホントだよ~。出歩くならせめて俺ちゃんを護衛に付けてくださいよ~」
 茉莉に賛同してきたのは、ニヤけ男のリピトーだ。
「貴様など矢避けにもならん」
「酷い言われよう!」
 王から吐き捨てるように言われたリピトーは、ショックを受けたといわんばかりに声を張り上げた。耳元で叫ばれた茉莉は心底迷惑そうに眼を細めている。
「王の仰るとおり。共に付けるのならば頼りにならぬ貴様よりも我が呼ばれるわ」
「リピトーは矢避けどころか風除けにもなりませんものね」
 いつの間にか王の両隣には従者が控えており、口々にリピトーを愚弄し始めた。一人はリピトーと同年代に見える女顔の男魔術師と、もう一人は彼ら2人よりも年齢が上に見えるいぶし銀な男騎士。従者と呼ぶにはラフすぎるリピトーに比べ、女顔といぶし銀は王を敬う雰囲気を纏っていた。
「すまんなノルバス、カルデナ。余もたまには一人で散歩――敵情視察をしたいのだ」
 いぶし銀ノルバスと女顔カルデナに、王はククッと笑って見せた。
「今“散歩”って言いかけてたわよ」
「うむ、拙者にもそう聞こえ申した」
「……俺も」
 ガスターの小声にボルタとロキソも同意を示した。

「国が大変なのは分かりましたが、この国と縁もゆかりもない私達がなぜ手を貸さなくてはならないのでしょうか」
 普段の茉莉からは想像もつかない冷たい物言いに、ガスター達ロボットの顔が強張った。
「ねえ君~、この状況分かってる~? 今俺ちゃんの手の中には、君の命が握られてるんだよ~?」
「そうですか。ならネチネチ言ってないで早く殺せばどうです? そんな勇気がないなら自分で死にましょうか?」
「えっ? なに、ちょ――」
「止めて茉莉ちゃん!!」
 ナイフを押し当てられていた首筋を自ら動かし斬りつけた茉莉。ガスターは無謀な行為を止めようとしたものの、紙一重で間に合わず。切り裂かれた傷口からは鮮血が飛び散った。
「君ホントどうかしてグハッ!?」
 まさかの行動にでた茉莉に動揺するリピトーは、慌てふためき飛び込んできたガスターに吹っ飛ばされた。
「しっかりして茉莉ちゃん!! 死んじゃダメよ!! 絶対助けるから!!」
「茉莉殿気を確かに!! 傷は浅……くないぃぃぃ!! 思ったより深いぞぉーーーー!!」
 血濡れの茉莉に錯乱するロボット達。足から力の抜けた彼女を支えるガスターの周りで右往左往するボルタ。ロキソは動揺するあまり声を発することも忘れ、何とか出血を止めようと傷口に両手をあてがっていた。この血を舐めて覚醒し王達を蹴散らすことも出来るはずだが、そんな案が浮かぶ冷静さは彼ら3人に残ってはいなかった。
「落ち着け鉄人形ども」
「触るな!!」
 茉莉の首筋へ伸びてきた王の手を、ロキソがピシャリと跳ね退けた。
「触らぬ、安心せよ」
 ロキソの不躾など気にとめず、王は茉莉の傷へ己の手を近づけた。その手の平からホワッとした白い光が生まれ、ロキソの手ごと茉莉の首を包み込む。
「…………?」
 光が治まり、かざされた王の手が退くと、何か違和感を感じたロキソが恐る恐る傷口から手をどけた。
「……傷――消えてる」
「なんですって!?」
「お前達、治癒魔法も知らないのか」
 驚きを隠せないガスター達にカルデナが呆れ顔を浮かべた。この世界では魔法というファンタジーなものは一般的なのだろう。

「余計なことを」
「何言ってるの茉莉ちゃん! あのままじゃアナタ死んじゃってたかも知れないのよ!?」
 治癒魔法なるものに計画を邪魔された茉莉は残念そうに呟くが、ガスターはそれを咎めながら彼女を抱きしめた。
「これは夢で、死んだら目が醒めるオチかなーって思って」
「夢なんかじゃないわよぉーーーーー!! そんな一か八かの命がけチャレンジ止めてちょうだい!!」
 ガバリと体を離し、茉莉の細い両肩を掴んだガスターは号泣しながら懇願した。その様子を見て『鉄人形が泣いてる!』と目をみはるリピトーの鳩尾に、カルデナの重そうな杖がめり込んだ。『元はといえばお前のせいだろう』という突っ込みか。
「左様。茉莉殿を失ったこの世に、我ら3人の存在する意味は皆無であるぞ」
「後を追って――死ぬ」
「それは困る」
 涙目のロボット達に後追い自殺するとまで言われた茉莉は、流石に反省の色を滲ませた。
「もう二度とこんな危険なことしないでちょうだいね? お願いよ」
「分かった、ごめんなさい。でもまたカッとしたら衝動的にしちゃうかもしれない」
「茉莉ちゃーーーーん!?」
 正直すぎる茉莉に、ガスターの顔色がまた青ざめた。

「なぜそこまで戦いを拒む」
 4人のやり取りを傍観していた王が、不思議そうに口を開いた。
「3人はこんな見た目でも平和主義者なんです。今まで戦いどころか誰かを傷つけたこともありません。あ、身内への突っ込みで吹っ飛ばすことは別として」
 茉莉は血濡れの恰好のまま、淡々と理由を語ってみせる。
「えー? 勿体なーい。 力があるのに使わないなんてー」
 思わず口走ってしまったリピトーに、今度はノルバスの剣の鞘がクリーンヒット。グフッという情けない声を漏らし、己の鳩尾を両手で庇うリピトーであった。
「それに私、ただでさえ人間嫌いなので。人間同士の争いになんて僅かな力も貸したくありません」
「ほう、人間が嫌いとな?」
 茉莉の啖呵を聞いた王は、己の従者や配下達に目配せしほくそ笑む。王の意向を汲んだ従者と配下達は、皆一斉に白い煙に包まれた。今度は何事かと身構える茉莉達だが、煙が晴れた目の前の光景に全員絶句。なぜならば、王を含めファイ・ザー国の住人全てが人間の姿ではなかったからだ。あるものは狼、あるものは鳥などの様々な姿の獣人が、先程までの人間の衣装を纏ったまま二足歩行で茉莉達を取り囲んでいる。
「我らは元より人間ではなくてな。ファイ・ザーは獣人の国なのだ。ゼネカ国の住人は我らを化け物と目の敵にしているゆえ、貴君らの敵意を減らすため人間の姿を模していたが、此度はそれがむしろ仇となったようだな」
 ククッと笑う王は高貴な猫の姿であった。ブルーグレーの美しい被毛は、ドンのそれを思い起こさせる。茉莉は突如周りが獣人パラダイスとなり、彼らに抱き着いて撫で回したい衝動を押さえることで必死だった。

「……茉莉ちゃん。アタシ達、王様に協力してもいいわよ?」
 己の欲望と戦っていた茉莉に、ガスターがコソッと耳打ちをする。彼の隣ではボルタが同意を示しウンウンと頷いていた。
「……むしろ、喜んで」
 そう言うロキソも、茉莉と同じように手をワキワキさせながらモフり欲求を押さえていた。
「ありがとう、みんな」
 ロボット達が自ら協力すると申し出たことで、ファイ・ザーの願いを拒否する理由が消えた茉莉は、モフモフ王の真正面にスックと立った。
「彼らに人を傷つけさせないし、彼らも傷つかないように、私達のやり方で争いを治めます。それでもよければ協力しましょう」
「結構。我らとて無駄な血が流れることは望んでおらん。貴殿らのお手並み拝見といこうか」
 『なにを綺麗ごとを』と一笑されると思ったが、王は茉莉の予想を裏切り、すんなりと提案を受け入れた。それどころか機嫌が良さそうに、立派なフサフサ尻尾をピンと立てていた。これには茉莉の自制心がショート寸前。がっぷりと抱き着いてフワフワの被毛に顔を埋めるまで五秒前だ。

「君は無駄な血を流しちゃったけどね~」
 皮肉を吐くリピトーは三角立ち耳が可愛い犬の獣人だ。これが人間の姿だったら茉莉の痛烈な皮肉返しがお見舞いされるが、ワンちゃん相手となればその対処法は変わってくる。
「お手」
「ワン! あ! ちょっ、俺ちゃん犬扱いしないでくれる~!?」
 掛け声と共に差し出された茉莉の右手に、リピトーは己の右手をポンと置いた。ついうっかり習性が出てしまったリピトーは、その場を取り繕うようにワンワン――延々と言い訳を続けた。
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