第10話:昼休み

文字数 1,947文字

 休憩開始の社内チャイムが12時に鳴り響くと、フロア内のほとんどの社員は財布片手に外へ出ていく。近所に美味くて安い定食屋や喫茶店があるため、わざわざ弁当を持ってくる者はごく少数であった。当然茉莉も外食組の一員だったが、ここ数日はガスターお手製の弁当を持たされていた。料理や掃除で恩返しをするロボット達へ『気にしなくていい』と告げたはずだが、なぜ弁当など作るのか?
 それはガスターの“おふくろの味”を堪能した日の晩まで遡る―――

 * * * * *

「――ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
 夕食を完食し、両手を顔の前で合わせた茉莉に、ガスターは日本茶を差し出す。何から何まで完璧なタイミングで物事を進めるガスターに、茉莉はつい『ありがとう、お母さん』と出かけた言葉をグッと飲み込んだ。茉莉の隣ではロキソが、前にはボルタが座り、皆で茉莉がお土産で買ってきたハーブティーを楽しんでいる。
「お世辞抜きで本当に全部美味しかったー。ガスターさん戦闘ロボ辞めてシェフロボとして大活躍できるよ絶対」
「あらまあ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
 シェフとしてやっていけると褒められ、ウフフと笑うガスター。高性能な戦闘ロボットとして、それはいかがなものかと呆れる者はここにいなかった。
「でもどうやって味見したの?」
 固形物もエネルギーに変えられるのだろうかと疑問が湧いた茉莉は、小首を傾げガスターを見る。
「してないわよ」
「え」
 サラッと答えたガスターに、茉莉は思わず聞き返した。
「ネットで調べたレシピ通りに作っただけ。あとは色々な情報調べて、塩分濃度やダシの具合を分析して、人間が一番美味しいと感じるであろう味に仕上げたのよ」
 『初のお料理、成功して嬉しいわ~』とご満悦なガスターを、茉莉はポカンと見つめる。どこまでも常識を破りまくるハイテクロボに、ただただ感心していた。

「ところで茉莉ちゃん。アタシ達から折り入ってお願いがあるの」
 ボルタの隣に腰を下ろしたガスターが、至極真面目な表情で口を開く。
「お願い? 私で出来ることなら何でも言って」
「ありがとう。あのね、居候させてもらう代わりに、茉莉ちゃんちの家事全般を任せて欲しいのよ」
 ガスターのセリフに、ボルタとロキソも賛同して頷いた。
「料理はガスター、洗濯はロキソ、掃除は拙者が筆頭となり申す」
「さっきも言ったけど、恩返しとか気にしないでいいよ。私はみんなが居てくれるだけで楽しいから、それだけで充分」
 ボルタの援護射撃に茉莉は首を横に振る。
「――る」
 次に援護してきたロキソであったが、あまりにウィスパーボイスなため、誰もが動きを止めて彼を見守った。
「……何もしないと、体錆びる……。錆びると、困る――」
 閉じたり開いたりする己の手の平を見つめながら呟くロキソに、ハッとしたガスターとボルタは『この波に乗らねば!』と言わんばかりにテーブルへ身を乗り出した。
「そうなのよぉ! アタシ達ダラダラしてると体が錆びてきて大変なのよ!」
「左様! 付いた錆を落とすのは一苦労でなぁ!」
 普段のテンションよりも大分高めのボルタに、ガスターとロキソは『そうだそうだ』と首を縦に振る。あからさまな3人の態度に、これは嘘だと気付いた茉莉だが、ここまで必死になる彼らの気持ちを無碍にするのは忍びなく思ってしまう。
「……分かった。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうね。よろしくお願いします」
 茉莉は椅子から立ち上がり、3人の“同居人”にペコリと頭を下げた。

 * * * * *

 ――そんな夜を終えた翌日の朝。ガスターから渡された弁当箱を前に『まさかお弁当までとは』と引きつり笑いになった茉莉。初日の弁当は卵焼きやタコさんウインナーなどのオーソドックスな内容だった。味もさることながら彩りや盛り付けも完璧な弁当はその後も続き、そして迎えた四日目の今日。茉莉が机の上に取り出した弁当箱は、可愛らしい猫柄の小風呂敷に包まれていた。
 実は毎日密かな楽しみとなっていた弁当の中身。茉莉は一人『まるで小学生だな』と小さく笑いながら、可愛らしい弁当箱を開けた。
「!?」
 蓋を開けた瞬間、茉莉はすぐさまそれを元に戻し、周りに人がいないことを確認。幸いにも近くのデスクに社員の姿はなく、彼女が咄嗟に隠した弁当の中身を見られることはなかった。
 ホッと息を吐き、恐る恐る弁当の蓋を再度開けた茉莉は暫く硬直したのち、スマホのカメラで中身を撮った。彼女は普段料理の写真など撮らないが、今回は迷うことなくカメラを起動していた。
「食べちゃうの、もったいないなぁ……」
 そう呟いた茉莉の目には、お隣の猫ドンを模した、いわゆる“キャラ弁”が映っていた。ガスターの料理スキルは日々上達の一途をたどっているようである。
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