第25話:1111

文字数 2,270文字

「おはよー……」
 11月11日の早朝、茉莉がリビングに入ってくると、朝食の準備をしていたガスターがキッチンから顔を覗かせた。
「おはよう茉莉ちゃん。あら、なんだか眠そうね?」
「なんか変な夢見たせいか、あんまり眠れなくて」
 んーっと伸びをした茉莉に、ぬっと大きな影が被さった。
「そんな時はこれに限るぞ茉莉殿!」
 影の正体はボルタ。なにやら一人テンションの高いボルタは、ぽけっと見上げてくる茉莉にとある小箱を意気揚々と差し出した。
「……ポッキー?」
「左様!」
 ボルタの持っている赤い小箱には、チョコレートのかかったプリッツの絵が描いてあり、一目であの有名なチョコレート菓子だと分かる。それが眠気冷ましになるとは聞いたことがない茉莉は小首を傾げた。
「ポッキーが眠気冷ましになるの?」
「いかにも! これをこうして一本取り出し、端と端を互いに咥え、ムシャリムシャリと食べていくとアラ摩訶不思議! 眠気も吹っ飛ぶという儀式であ~る!」
「アンタぁ! それただのポッキーゲームじゃないの! またマスコミに踊らされてぇ!」
 我が人生に一片の悔いなしと言わんばかりに一本のポッキーを高々と掲げたボルタへ、スコーンッとガスター必殺お玉アタックが炸裂した。それをボンヤリ眺めつつ『ガスターさんも結構世間に踊らされてるけどね』と心で呟いた茉莉であった。
「ごめんなさいね茉莉ちゃん。このド変態の意図が分からないまま頼まれて、おととい食料品と一緒に注文しちゃったのよ」
 ガスターはションボリと肩を落としつつ、おとといの一場面を思い浮かべていた。
 いつものように近所のスーパーでネット注文しようとノートPCの画面を開いていると、後ろから『今世間では“ぽっきぃ”なる菓子が流行っているそうだ。茉莉殿のオヤツに購入してみてはどうだ?』とボルタに声を掛けられたガスター。『そういえば最近やたらCM流れてるわね』と何ら疑うことなくカゴに入れるボタンを押していたのである。
「謝ることじゃないし、落ち込まないでガスターさん」
「左様。拙者と茉莉殿の隠微な愛の儀式を目にすれば、そんな陰気も吹き飛ぶぞ! ふはははは!」
「アンタ、マジで叩っ斬るわよ……」
 威厳たっぷりに気持ち悪い発言をするボルタへマジ切れしたガスターは、どこからともなく銀色の輝き放つ美しい剣をスラリと取り出した。しかしそれを振りかざす前に、ボルタの額へストッと漆黒の苦無が突き刺さった。
「ふぬぉおっ!?」
「変態、滅却……」
 苦無を投げた主であるロキソが、ボルタから守るように茉莉を己の背へ隠す。
「変態とは心外な! 拙者はお主のように、茉莉殿の甘美な唇を味わいたいだけであるぞ!」
 あの『茉莉に深い口付けして強烈発光事件』以来、ロキソは何かにつけて茉莉にキスをしていた。さすがに毎度光ってはいられないため深いキスではなく、挨拶代わりの触れるだけのものだが。それをボルタはいつも羨ましく思っていたのだ。
「それが変態っていうのよ!」
 剣をしまい、代わりにいつものお玉でボルタの脳天をスココーンッと叩きつけたガスター。やはり彼には真剣よりも調理器具のほうが似合っていた。

「ボルタさん、それならこんな回りくどいことしないでもいいのに」
「え、それって――」
 茉莉の予想外の言葉に、ガスターは耳を疑い聞き返す。
「ボルタさんもロキソみたいに、いつでもチューしていいよ」
「茉莉ちゃん! そんな尻軽女みたいな発言はダメよ!」
「別に嫌らしい意味じゃなくて、挨拶みたいなスキンシップでしょ?」
「ロキソはともかく、ボルタは絶対嫌らしい方の意味よ!」
 ロキソもキスをする仕草がどうみてもインモラル寄りなのだが、ガスターと茉莉はそう捉えてはいなかった。これも人徳ならぬロボ徳の賜物であろう。
「差別はいかんぞガスターよ。茉莉殿もこう仰ってることであるし、ここは遠慮なくねっとりと味あわせて頂くとしようか」
「その言い方が差別の根源だって分かんないの!?」
 キィーッとお玉を振り回すガスターを横目に、ロキソの背後に庇われている茉莉へと手を伸ばしたボルタ。だがしかしその厳つい手に、颯爽と現れたドンが飛びつきガブリと噛みついた。
「ふおおっ!?ドン殿まで拙者の邪魔立てをするというのか!?」
「ゥウ~~~~……」
 低く唸り声をあげながら、驚き慄くボルタの手に噛みつきぶら下がるドン。その両耳はペタンと伏せられ、眉間と鼻筋には皺が寄り、しがみ付く四肢は爪が剥き出し。尻尾や体毛はブワワッと最大限に膨らんでいた。それはどこからどうみても“怒り”を表していた。
「あ、ドンちゃんがダメだっていうならダメだわ。ごめんねボルタさん、今の話は無かったことに」
「なんとっ!?」
 茉莉にとってドンの意見は絶対服従。それを改めてまざまざと見せつけられたボルタは、嘆きの雄叫びを短くあげることしか出来ず、それ以上茉莉に迫ることは叶わなかった。
 その様子を見守っていたガスターとロキソはウンウンと満足げに頷き、この後ドンをいつも以上に手厚く持て成すのであった。

 * * * * *

 一方その頃、薬師寺研究所では――
「見てくださいよー武田さん、この傷! いやあ、ラスカルとポッキーゲームしようとしたら、激怒されてこの有様ですよアハハ! 名誉の勲章ってやつですかね?」
「いいから早く探しに行け」
 朝から傷だらけの顔で嬉しそうに要らぬ報告をしてくる星を、武田は鬱陶しそうに手で振り払う。
 ハロウィーンイベントの日、茉莉達を捕え損ねた研究所は、今日も今日とて商店街の周辺をくまなく捜索中であった。
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