第22話:夕飯はレバニラ

文字数 2,524文字

「――生臭っ!」
 スプーンを一舐めしたガスターが思いっきり顔を顰める。
「確かにこれは飲めたものではないな」
「………」
 ガスターに続き、とある液体をスプーンで掬い舐めたボルタとロキソが眉間に深い皺を刻んだ。彼らが口にしていたのは、レバーの血抜きをした水だった。
 昨日、茉莉の血液を摂取したことにより一瞬覚醒したロボット達。もしや研究所の探していた“魔法の水”とは血液なのではないかと考えたガスターは、茉莉が出社している間にネットスーパーで新鮮なレバーを購入。今こうして実験を試みていた。しかし結果は全くで、力がみなぎるどころか逆に萎れてしまったようである。
「魔法の水――血じゃなかったのかしら」
「人間の血液でないと駄目なのではないか?」
 腕を組み小首を傾げるガスターへ、ボルタが物騒な言葉を投げかけた。
「あらやだ! それじゃあアタシ達まるで吸血鬼みたいじゃない!」
 つい先日、吸血鬼モノの映画を見ていたガスターが、青い顔で己の肩を抱く。
「それを確かめるべく、もう一度茉莉殿を味見してみる他ないな」
 至って真面目そうな声色と表情で告げるボルタだが、よく見るとその口角は僅かに上がっていた。
「アンタただ茉莉ちゃんを舐めたいだけでしょ!? このムッツリ助平!」
「……キモ」
「ロキソまでかようなことを。全く、お主らには冗談というものが通じんのか」
 やれやれと大袈裟に溜息を吐くボルタ。彼に注がれる視線は冷ややかなものだった。
「アンタの冗談分かりにくいのよ。普段から変態だから」
「心外であるぞ!」
「冗談でも――茉莉を、傷つけたら……ダメだ」
 ロキソの呟きに、ボルタはハッと真顔に変じた。茉莉でもう一度試すということは、彼女を傷つけて血を流させるということ。そのことに気が付いたボルタは、目にも止まらぬ速さで土下座を繰り出した。
「茉莉殿ーーーっ! 申し訳ござらーーーーん!」
「ちょっと、本人いないところで土下座謝罪やめてくれる? 鬱陶しいのよ」
 リビングのフローリングにゴリゴリと額を押し付け土下座るボルタを、ガスターは呆れ顔で見下した。

「――これ」
 どこからか茉莉のノートパソコンを取り出したロキソが、ガスターに液晶画面を見せた。
「なぁにロキソ?」
「ふむ――なになに、“涙は血液から血球成分を抜いただけで、血液とほぼ同じ”」
 土下座から復活したボルタも加わり、その画面に映っている文字を音読し始めた。
「“人間の体液で血液に近い成分は、近いものから涙・汗・唾液――”」
 ボルタの音読を引き継ぎガスターが読み上げると、ボルタは己の大きな両手をポンと叩いた。
「なるほど、合点がいったぞロキソ! 茉莉殿の血液ではなく、体液を舐めまくればよいのだな!」
 問題解決と言わんばかりに喜色を振りまくのはボルタのみ。残りの2人は無表情だ。
「ねえロキソ、このド変態を研究所の前に捨ててきてもいいかしら?」
「俺が()る」
 ロキソはスチャッと暗器を取り出すとアサシンのように身構えた。戦闘は嫌いな彼らだが、仲間内での突っ込み――主に対ボルタ――は少々過激であった。

 * * * * *

「ただいm」
 レバー実験の日の夕方。いつも通り玄関に入り帰宅を告げた茉莉は、突如目の前へ現れた黒い影に唇を奪われた。その陰の正体を知っている茉莉は騒ぐことなくされるがままだ。
「おかえりなさーいいいいいいいいい!?」
 ロキソが暴走しているとは露知らず、のんびり出迎えに来たガスターは、玄関で繰り広げられている痴態に悲鳴をあげた。
「ロキソ! 計画が違うじゃないの!」
 ガスターの声に『計画?』と茉莉が疑問符を浮かべた瞬間、ロキソの口付けがグッと深くなった。
「!」
 前回の触れるだけのキスと違い、洋画のベッドシーン並みにディープなものになると、茉莉もさすがに驚きで目を見開いた。しかしそれも束の間、ロキソの姿が昨日のように黄金の光を発すると、眩しさから瞼を閉じ、諦めたように全身の力を抜いた。
「……」
 暫く茉莉の口内を堪能したロキソは、名残惜しそうにチュッと小さな音を出して唇を離す。それに伴い発光も徐々に収まっていった。
「――それで、計画とは一体」
 ロキソから解放された茉莉は恥じらう様子もなく、普段通り冷静にガスターへ質問を投げかけた。
「ごめんなさいね、茉莉ちゃん。実は人間の血が“魔法の水”なんじゃないかって思って、色々実験していたのよ」
「“魔法の水”……あー、なんか前にそんなこと言ってたね。でも今、口の中切れてないけど、ロキソは光ったよ?」
 隣で満足そうに佇むロキソへ、茉莉とガスターの視線が向けられた。
「それがね、血とほとんど同じ成分の体液――涙や汗、唾液でも、もしかしたら覚醒するんじゃないかって話になって。それで茉莉ちゃんに感動的な映画見せて、涙が流れたところで試させてもらおうかーってことになったのよ」
「で、ロキソが何を思ったか、計画外の行動にでたと」
「……血と同じで――美味かった」
 魔法の水云々よりも味の感想を満足げに述べるロキソに、ガスターは『アンタもボルタと大差ないわね』と大きな溜息をついた。

「実験成功して良かったね。でも他の人にいきなりこんなことしたら逮捕案件だから気を付けてね、ロキソ」
 という茉莉の言葉に、ガスターはピキリと体を硬直させた。
「茉莉以外には、しない……」
「それもそうだね。この家に私しか人間いないもんね」
 ロキソの返事にアハハと軽く笑う茉莉の両肩を、ガスターが正面からガシリと掴んだ。
「違うわ茉莉ちゃん! アナタの反応何もかも違うわ!」
「え、そうかな?」
「そうよ! 前々から思ってたけど! もっとこう女子の恥じらいとかを! いきなりキスされたら“キャーッ”とか叫んでビンタくらいしないと!」
「えー」
「なんで面倒くさそうなのよ!?」
 必死になって助言するガスターと、のらりくらりかわす茉莉。その掛け合いは茉莉宅の庭にいるボルタにまで届いていた。
「――何やら楽しそうであるな」
 力なく呟いたミニボルタの周りには、ロキソの苦無が無数に突き刺さっている。彼は茉莉の帰宅前に、桜の木で磔の刑を処されていた。綺麗な大の字磔ボルタが発見されたのは、翌日の茉莉出勤時であった。
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