第38話:vs.ケモ耳三兄弟

文字数 5,016文字

「ドキドキするわね」
 謎のロボット三人組を乗せた宇宙船を“ある場所”まで誘導してきたガスターが、ボルタとロキソに声をかける。“ある場所”とは、往年の特撮番組や映画でよく利用された採石場だった。この場所ならば周りに民家も無く、ちょっとやそっとの戦闘がおこっても一般人へ被害が及びそうにない。また安全確保と情報漏洩防止を兼ねて、採石場への出入り口は薬師寺財閥の防犯チームが抜かりなく目を光らせていた。ドローンなど飛来しようものならば、問答無用で撃ち落とす防犯システムも完備してある念の入れようだ。
「話の通じる相手だとよいが」
「……言葉、通じるのか?」
 ボルタの願いにロキソが疑問をぶつけると、ガスターはゆっくりと首を横に振った。
「分からないわ。でも何とかなるでしょう。武田が用意してくれた、この翻訳機があれば」
 そういって右手に握ったスマートフォンへ視線を落とすガスター。翻訳機といったものの、これはただの市販されているスマホであり、インストールされている翻訳アプリも宇宙語など対応していない。しかしそんなことを疑う余裕は今のガスター達に無かった。
 不安に押しつぶされそうなガスター達の目前に、砂ぼこりをあげながら着陸した宇宙船。船体の一部が長方形に開き、飛行機のタラップのようなものが出てくると、そこから先程のケモ耳ロボット達が狼を筆頭に一人ずつ下りてきた。
「チキュウへ ヨウコソ」
『Welcome to the earth』
 手にしたスマホへ何故かカタコトで喋りかけ英語に翻訳したガスターは、ドヤッという顔でケモ耳ロボット達へ目を向けた。
「………」
「英語じゃダメだったわ!」
 無反応のケモ耳ロボット達に、ガスターは動揺の色を隠せない。
「ではトルコ語ではどうだ!?」
「人間の言語じゃ、ないのかもしれない……」
 別の言語を試せと慌てるボルタの横では、ロキソがどこから取り出したのかミャウリンガルを手にしていた。

「ブロン兄貴、本当にあいつらなのか? バンテ兄貴よりもバカっぽいぜ?」
 呆れ顔で問うカロナに、ガスター達は『日本語喋った!?』と目を丸くする。会話内容を理解する余裕はないようだ。
「全くだ! ……って、テメェなにサラッと俺バカにしてんだよ!?」
 カロナの皮肉に気付いたバンテが怒号をあげると、またしてもガスター達は『あのトラも喋った!』と騒めき立つ。
「止めろ二人とも。……お前達の言語は先ほど取得した。普通に話してくれて構わない」
「そ、そう。よかったわ」
 弟二人を制し、落ち着いた様子で話し合いに応じるブロンに、ガスターは胸を撫で下ろす。
「アタシはガスター。アナタはブロンっていうのね?」
「そうだ」
 ガスターの言葉に短く返答するブロンの表情からは、何の感情も読み取れない。
「アナタ達、地球へ何しに来たの?」
「主が手違いで送ってしまった“モノ”を回収しに来た」
「あらまあ、それは大変ね。で、その品物って見つかったのかしら? まだならアタシ達も何かお手伝いするわ」
「それはありがたい。では協力してもらうとしよう」
 ブロンはそう言うと片手を軽くあげた。それに応じたカロナが手の平サイズの機械を操作すると、ガスター達三人が一斉にガクンと膝をついた。

「なっ、何……!?」
「ハハッ! チョロすぎて笑っちまうなぁ!」
「俺達はお前らを回収しに来たんだぜ!」
 まるで巨大な磁石に引き寄せられるような感覚に抗うガスター達は、嘲笑うバンテとカロナを苦し気に見遣る。
「こうも簡単に捕まえちまうと面白みがねーなぁ」
「そう言うなバンテ。余計な争いで時間を無駄にすることはない」
「そうだぜ兄貴、早く帰ろうぜ」
 捕らえられる距離まで近づいてきたケモ耳ロボット三兄弟は、土に膝をつくガスター達を見下ろし余裕の歓談だ。
「冗談、じゃ……ないわ、よ……」
「我ら、そう易々と……捕縛される訳、には……」
「……くっ」
 ガスター、ボルタ、ロキソと続き、地球組ロボット達は人間サイズから巨大サイズへと変化。それにケモ耳ロボット三兄弟は大して驚くこともなく、『おっと』という風にその場から後方へと飛び退いた。
「カロナ」
 ブロンが新たな指示を出し、カロナが再度小型機械を操作すると、今度はガスター達の周りを半円型の透明なバリアーが包み込む。途端、彼ら三人の体がみるみる人間サイズにまで縮んでいってしまった。
「ど、どうして!?」
「デカくなれんのはテメェらだけだと思ったのか?」
 ヘッと小バカにした笑い顔で巨大化したバンテを、ガスター達はバリアーの中から絶望の表情で見上げた。
「俺達とお前達の基本性能は変わらない。それゆえ当然その欠点も熟知しているということだ。無駄な足掻きは止めるんだな」
「そんな……」
 弟達とは違い、ブロンだけは嘲りや見下しをせず淡々と事実を突きつける。それが返って冷たさを感じさせた。巨大化バンテがガスター達の頭上から手を伸ばすと、それを阻止するかの如く採石場の小高い丘がドーンと爆炎をあげた。

「何だ!?」
 予期せぬ場所から爆発が起こったことにより、冷静沈着なブロンもさすがに驚きを隠せない。モクモクと白い爆炎立ち昇る小高い丘をケモ耳ロボット三兄弟は睨み付けた。徐々に薄れていく煙の中からは、奇抜なポージングの3つの人影が姿を現し始めた。
「……サンパルカン?」
 往年の特撮番組をも網羅しているガスターは、よく似た登場シーンを思い出し、思わず口に出してしまう。
「否! サンパルカンに非ず!」
「我ら薬師寺研究所の追跡チーム!」
「貴殿らの気を逸らすため、正々堂々丸腰で登場!」
 その言葉通り、一切の武器を持たぬ非戦闘員。しかも珍妙なポーズをキメる人間達に、ケモ耳ロボット三兄弟の視線が冷ややかな半眼になった。
「ん? 気を逸らす……?」
 白けムードからいち早く復帰したブロンが、追跡チームのセリフを思い返し眉間に皺を寄せた。そのままガスター達の方へ振り返ると、先程までいなかった人物と目が合った。
「あ」
 ブロンとバッチリ目が合った茉莉は、ちょうどロキソに肩を貸している状態で動きを止めた。
「誰だお前! そこで何してる!?」
「通りすがりの者です、お気にせず」
 カロナの怒号に臆することなくサラッと答えた茉莉は、顔色一つ変えることはない。
「そっか通りすがりかー……って、納得するかー!」
 あまりに堂々としている茉莉に、思わずノリ突っ込みしてしまうカロナであった。
「そいつらの仲間か?」
「仲間というか家族というか。まあこの子達に何かしようと企む不埒な輩がいたら、どんな汚い手を使ってでもそいつらに地獄を見せてやるぜって感じの関係です」
 ブロンに怯むことなく朗々と告げる茉莉に、カロナが苛立ちを露わにした。
「お前みたいな弱っちい人間に何が出来るってんだ」
 肩を掴もうと伸ばされてきたカロナの手を、茉莉はどこからか取り出したスリッパでスパンと叩き落とす。
「触らないで汚らわしい。バカが伝染(うつ)る」
「なっ」
「訂正。バカとブラコンが伝染(うつ)る。ほらボクちゃん、お兄ちゃん達が呼んでるよ、早く巣へお帰り」
「て、てめぇ! 人が優しくしてやりゃあ付け上がりやがっ痛っ!」
 再度伸ばした手をスリッパで思いっきり叩かれたカロナは短い悲鳴をあげた。
「ゴキブリ並みにしつこい。これ以上我儘言うなら、アシダカ軍曹呼んで体液吸い尽くしてもらうから」
「誰だそれ!?」
 左肩をロキソに貸しつつ、右手に構えたスリッパ一つでカロナに応戦する茉莉を、その背後で戦々恐々と見守っているのはボルタとガスターの二人。
「拙者、あんなトゲトゲしい茉莉殿は初めて見たぞ……」
「茉莉ちゃん、キレるとああなるのね……」
 ヒソヒソと声を潜めて会話する二人は、いまだ地面に膝をついたままである。

「おもしれぇ! こいつもとっ捕まえていいよな兄貴? 暇つぶしのオモチャになりそうだ!」
 下衆な笑い顔で問うバンテに、ブロンは一つ頷いてみせた。
「もう止めて、茉莉ちゃん……。アタシ達に構わず、逃げてちょうだい……」
「おうおう! 逃げれるもんなら逃げてみろや!」
 グワッと巨大な手を伸ばし、茉莉共々ロボット達を捉えようとしたバンテ。だが茉莉は顔色を変えることなく、肩を貸すロキソをチラリと見る。
「ロキソ、チュー解禁」
「!」
茉莉の許可を得たロキソは一瞬切れ長の目を見開いたものの、すぐさま茉莉の唇に己の唇を重ねた。その光景はバンテからは見えなかったが、その他のロボット達や丘の上の追跡班、そして追跡班が中継している研究所の大二郎達にはハッキリと見て取れた。ガスターとボルタ以外の輩は『え、なんでこんなときにイチャついてんの?』と動揺したが、ロキソから放たれた閃光でその驚きを掻き消された。
「まさか……これは――」
 先程まで茉莉の肩を借りなければ立っていられなかったロキソがその体を黄金に輝かせ、片腕で茉莉を抱き、もう一方の片腕でバンテの巨大な手を易々受け止める様を見て息を飲むブロン。バンテは最大限の力でロキソを捉えようとするが、中指一本の先を抑えられているだけなのに、掴むどころか体に触れることも叶わない。
「クッソ! どーなってんだ!?」
「無駄だバンテ、奴は“永久登録”されている。ここは一旦引くぞ」
「マジかよ!? だったら尚のこと都合がいいぜ! ローストテクノロジーだか何だか知らねーが、俺がぶちのめしてやんよ!」
 ブロンの指示に従わないバンテは、闘争心剥き出しの荒々しい笑みでロキソ達を見下ろした。
「カロナ、撤収だ」
「お、おう!」
 短いブロンの声に慌ただしく動き出したカロナは、また新たな小型機器を取り出し、一人荒ぶるバンテに投げつけた。手の平サイズの丸いボール型メカがコツンとぶつかると、バンテの巨大な体が一瞬でその中へ吸い込まれてしまう。その様子に『あの国民的ゲームの例の紅白ボール』を思い浮かべた地球組の面々であった。

「これで終わりじゃねえからな!次は絶対お前らまとめて捕まえる!」
「はいはい、今度また性懲りもなく来たら、そのお尻に立派な尻尾つけてあげる。覚悟して」
「なっ」
 発光が納まったロキソに肩を抱かれたまま、無表情に言い放つ茉莉に戦慄を覚え、カロナは己の尻を両手で隠す。
「カロナ、早くしろ」
「ちくしょう! 覚えてろよ!!」
 三下の捨て台詞を残し、バンテの入っているボールを片手に宇宙船へ戻っていくカロナ。ケモ耳ロボット三兄弟を回収した船は、あっという間に上昇し何処へと飛んで消え去った。
 それを見送った茉莉達の周りには、もう半円型のバリアーは覆っていない。ガスターとボルタはヨロヨロ立ち上がり、茉莉とロキソの横へ並び、共に宇宙船の消え去った空を仰ぎ見る。
「とりあえず大人しく帰ってくれてよかったね」
「助けてくれてありがとう、茉莉ちゃん」
「茉莉殿を危険に晒してしまうとは不甲斐ない。ここは拙者が腹を斬って詫びを――」
 申し訳なさそうなガスターの隣では、ボルタが再び地面へ両膝を着け切腹の用意を始めた。
「ボルタさんストップストーップ! ロキソも介錯しようとしないの!」
 慌てて二人を止めようとした茉莉の膝から力が抜け、ガクンと地面に倒れ込みそうになった。しかし異変に気付いたガスターにその体を受け止められた。
「どうしたの茉莉ちゃん?! 大丈夫!? どこか怪我したの!?」
「あーごめんなさい。さっきの恐怖が今になって膝に来ちゃって」
「そうよね……怖かったわよね。あんな狂暴なロボット達に立ち向かったんだもの」
 抱きかかえた茉莉の頭を、ガスターは優しく撫でる。

「ヘリコプター滅茶苦茶怖かった……」
「そっちなの!?」
 ケモ耳ロボット達にではなく、ここまで乗ってきた追跡ヘリに恐怖していた茉莉へ、ガスターは思わず素っ頓狂な声を出した。
「飛行機だけは簡便なって感じで。ヘリコプターなら大丈夫かと思ったら、そうでもなかった」
「茉莉ちゃん今のはゴングなの?! ゴングの真似なの?!」
「そういえば茉莉殿は特攻野郎Eチームが大好きであったなぁ」
「茉莉は……全シリーズの、DVDボックス……持ってる」
 つい先程までの緊張感は何処へやら、いつも通りのホンワカした雰囲気に戻った茉莉とロボット達。そんな彼らとは対照的に、薬師寺研究所内では『チューで覚醒とか格好良くね!?』や『スリッパで撃退されるロボット超絶ダセェ!』等、十人十色の研究者達が色めき立っていた。
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