第8話:静かなるドン ~プロローグ~

文字数 1,511文字

 空が薄っすらと白み始めた頃、どこからともなくカラスの群れが飛んできた。真夏の夜の暑さを凌ぐため、自宅の屋根の上で寝ていたドンは、そのカラス達の騒めきによって起こされてしまう。『せっかく気持ちよく寝入っていたのに邪魔された』とでもいうかの如く、不機嫌そうに半眼で睨みつけた。
「カーカー」
「カー」
「カーカー、カカアッ!?」
 頭上を飛び越えていくカラス達のうち、何やら獲物を掴み動きの鈍っていた一羽へ、ドンは強烈な猫パンチをお見舞い。それはカラスの掴んでいた獲物に見事命中した。
 パンチを受けた獲物はカラスの足を逃れ、ゴロゴロと音を立てて屋根を転がっていき、ついには地面まで落下してしまう。ゴスッと鈍い音がしたが、落ちた先は固いコンクリートなどではなく、比較的柔らかそうな芝生の上であった。
「カー! カー!」
「カーーー!!」
 予期せぬ急襲に驚いた他のカラス達も、それぞれ捕まえていた獲物を落とし、パニックになりつつ逃げ去っていった。二体の獲物が落ちた先は、一体目が落ちた先とは少し離れた場所にある葉桜の上。ガサガサと音を立てて落ちていったが、途中の枝で止まったのか、地面への落下は免れたようである。
 ドンは散り散りで飛び去って行くカラス達を一瞥したあと、フンと小さく鼻を鳴らし、軽やかに屋根から降りていった。彼が向かった先は、地面に落下したカラスの獲物。それの匂いをフンフン嗅ぎ、前足で数回転がしてみる。だが一向にピクリとも動かない銀色のそれをどう思ったのか口に咥え、すぐ隣の家の敷地まで運んでいった。

 * * * * *

 カラスを撃退した日の夕方。隣人にお土産を渡し誉められたドンは、残りの獲物も献上しようと思い立ち、獲物が落ちた木の前まで来ていた。
 ふと見上げると、朝までなかった不思議な物体が幹に付いている。幹を登っていく途中で、その謎なマグカップの匂いを嗅いでみたドンは、好ましくない臭いに顔をしかめつつ、口を半開きにした。いわゆるフレーメン反応だ。
 マグカップからプイっと顔を背け、木の天辺目指し登っていくと、途中の太い枝に何やら引っかかっているのが見て取れた。隣人に朝持参した獲物と似たようなそれを、ドンは口に咥えようと試みた。しかし朝の獲物よりも突起物が多いそれは、とても咥えにくいようで、四苦八苦しているうちに枝から落下してしまう。
 獲物2は下に生えていた枝へガッ!ゴッ!とぶつかりながら、うまい具合にマグカップの中へホールイン。ちゃぷんと水音をたてて入ったそれを取り出そうとしたドンであったが、好ましくない臭いにまみれたそれを咥えることは出来ず、恨めしそうに一瞥して去っていった。

 * * * * *

 カラス騒動の翌日、そういえばもう一匹獲物が落ちていたことを思い出したドンは、今度はそれを隣人へ持参すべく立ち上がった。
 昨日の不快な臭いを発するものは獲物共々消えていたが、別段気にすることなく木を登っていくと、天辺の不安定な葉の上に残りの一匹が仰向けに倒れていた。今度は落とさないよう慎重に、ゆっくりと口を近づける。
 もう少しで咥えられるというところで、彼のピンク色の鼻先へぴちょんと一滴の水が落ちてきた。驚いて空を見上げると、それを合図に雨粒達がザザザと降り注いできた。びしょ濡れになる前に急いで持って帰ろうと、横たわる獲物へ視線を戻すと、先ほどまで身動きのなかったそれが体を起こし、ドンと視線を交えた。
 ほんの数秒無言で見つめあったそれは、ドンの腹へヒシッとしがみ付いてきた。急に動き出し、己の腹へ引っ付いたそれに若干驚く素振りを見せたが、ドンはこれ以上濡れてはかなわないと、慌てて木から降りていった。
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