第37話:初陣

文字数 3,223文字

「どうだカロナ、追跡できそうか?」
「あとちょっとで何とか……」
 カロナが追跡装置と悪戦苦闘している最中、どこからかコンコンとノックの音が聞こえてきた。
「客が来たみてぇだぜ」
「少し待ってもらってくれ。今手が離せな――客だと?」
 追跡装置に集中していたケモ耳三兄弟はブロンの疑問符でふと我に返り、ノックがした方向へ顔を向けた。三人の視線の先には宇宙船の丸窓がいくつか並んでおり、その中の一つに青空ではなく何者かの顔が覗き込んでいた。
「……ここは上空何百メートルだ?」
「えーっと……!?」
 無感情で窓を凝視したまま問いかけてくるブロン。それに答えようとしたカロナだったが、さらに他の丸窓から覗き込んでくる人影が二つ追加されたことにより絶句してしまう。
 ほんの数秒、宇宙船の中と外で無言のお見合いが続いたが、いち早く何かに気付いたブロンが切れ長の目をクワッと見開いた。

「見つけたぞ! あいつらだ!」
「「な、なんだってぇーーーーー!?」」
 ブロンの言葉にバンテとカロナの声がハモる。丸窓から顔を出していたのは、ケモ耳三兄弟が探していたガスター達だった。いきなり慌てだした船内のロボット達に、中の声が聞こえていないガスター達は揃ってキョトン顔だ。
「ハッ! 自分からノコノコ来るなんざ、間抜けな野郎共だぜ!」
「そう言うなカロナ。こちらの手間が省けて良かっただろう」
「っしゃーーー! ボッコボコにしてやんぜぇーーー!」
 ケモ耳三兄弟が各々盛り上がりをみせる中、窓の外のガスターが再度ノックし三兄弟の注意を引き付けた。それに気付いた三兄弟が注視すると、ガスターはパクパクと口を動かしながら、とある方角を指し示した。
「なんか喋ってんけど、なぁんも聞こえねーなぁ」
「どうやら“ついてこい”と言っているようだな」
 己の後頭部をガリガリ引っ掻きながら怪訝な顔をするバンテに対し、ブロンは極めて冷静に状況を判断した。ブロンの表情から意向が伝わったと感じたガスターは、ボルタやロキソと共に先程指し示した方角へゆっくり飛び立っていく。
「あっ! 逃げんな腰抜けどもがぁーーー!」
「落ち着けバンテ。カロナ、奴らの後を追え」
「おう!」
 ブロンの指示どおり、カロナはガスター達を追うよう宇宙船を操縦する。
 一方地上では、いきなり上空に現れ、ガスター達に先導されていく謎の飛行物体に『宇宙人が攻めてきた!』だの『宇宙戦争勃発だ!』だのと大騒ぎになっていた。

 * * * * *

『――目標、ガスターの先導により、目的地へと移動を開始』
「了解。そのまま一定の距離を取り追跡せよ」
 薬師寺研究所では、指令室から武田が追跡班へ指示を飛ばしていた。その横では大二郎が険しい表情でモニターを見つめていた。
「大人しく従ってくれる地球外生命体で助かったな、武田君」
「ええ。しかしいつ暴れ出すか、油断は禁物です」
「うむ。出来れば用意した“あの場所”までは我慢して欲しいものだ」
「そうですね。一般人に被害が及ばないよう、戦闘時に備えた“あの場所”ですから」
「“あの場所”で、戦闘か……」
 モニターを見つめたまま、大二郎は“あの場所”に想いを馳せる。そんな大二郎に向けた武田の顔は相変わらずの無表情だ。
「戦って欲しいのですか?」
「ま、まさか。私は平和主義者だぞ。穏便に話し合いで済むのなら……いや、しかしせっかく地球に来たのだから、一般人に被害が及ばない範囲でちょっとくらい戦ってくれてもいいんじゃないかなと思ったり思わなかったり」
「相変わらずボスはろくでなしですね」
「ボスと呼ぶでない! “司令官”と呼びたまえ!」
 武田に突っ込みつつもワクワクが止まらないといった様子で、モニターに映る宇宙船に釘付けな大二郎であった。
「本当に戦闘となったら津村さんの身に危険が及びます。まあ彼女の安全には万全を期していますが、相手は未知の生命体。万が一もあるのですから」
「分かっている。……やはり、彼女を引き留めておくべきだったか?」
 ガスターや宇宙船を追っている特殊輸送ヘリ内には、追跡班と一緒に茉莉も搭乗していた。研究所から最寄りの街の上空に突如現れた宇宙船。それをいち早く察知した武田と共に対策を立てた時の様子を大二郎は思い返す―――


「目的も不明な地球外生命体をいきなり攻撃するというのは得策ではありません。まずは意思疎通を図るため、万が一戦闘になっても一般人に影響が及ばないよう用意した場所があります。君達にはその場所まで、あの宇宙船を誘導してもらいます」
「分かったわ。ちょっと怖いけど、それくらいならアタシでも出来るわ」
 武田に指示を受けたガスターは素直に頷いた。
「津村さんは私達と一緒にここで待機です」
「えっ」
 ガスター達と共に向かう気でいた茉莉は、武田からのまさかの指示に驚きの声をあげた。
「彼らが心配なのは重々承知しています。しかし相手は未知の生命体。どんな事態になるか見当もつきません。そんな場所へ貴方を行かせるわけにはいきません」
 武田の言い分も理解できるものの、茉莉は隣に並ぶガスター達を暫し見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「危険、なんですよね?」
「ええ、とても」
「じゃあ、なおさら私が行かないと」
「ま、茉莉ちゃん!?」
 キッパリ言い放った茉莉に、ガスター達ロボットは目を見開く。
「もし戦いになって、皆が倒れてしまったら、それこそ“魔法の水”の出番なんじゃないですか? 危険だからといって“魔法の水”が遠くに居たら、いざというときに役立てません」
 “魔法の水”を確認した当初、あらかじめ茉莉の血液を採取し、それを携帯すればよいだろうと研究者達は考えた。だが採取したての10分程度なら問題ないが、時間の経過と共にその効力は薄れ消えてしまうことが判明したのだ。よって“魔法の水”を使用するには、茉莉自体が不可欠なのである。
「危険は百も承知です。薬師寺さんに雇っていただいたときから覚悟はできています。私、ガスターさん達のマネージャーみたいな仕事内容で、凄い額のお給料を貰っているんです。正直それが心苦しくて。だからこんなときこそ、お給料分の仕事をさせてください」
 一歩も退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! という気迫の茉莉に、さすがの武田も言葉を詰まらせた。

「分かった。それでは追跡ヘリに乗ってもらおう」
「ボス!」
 今まで空気と化していた大二郎が急に存在を示してきた。百戦錬磨な有能司令官のようにどっしりと構えた大二郎からは、普段のポンコツ具合は微塵も感じられない。
「どのような結果になろうと、この薬師寺大二郎が全ての責任を取る」
「……承知しました」
 まだ何か言いたげな武田だが、それを飲み込んで大二郎の決定に従った。
「ありがとう茉莉ちゃん! 本当はアタシ、とっても不安だったの……」
「だと思った。だってさっき捨てられた子犬みたいな顔してたもん」
「あらやだ恥ずかしい!」
 己の両頬を両手で覆ったガスターは、さながら恥じらう乙女のようである。
「拙者も子犬のようであったか?」
「うん。チベタンマスティフの子犬みたいだった」
「左様か~」
 ボルタは腕を組み、満足げに頷く。
「……俺は?」
「ロキソは子猫ちゃんみたいだったよ」
「……そう、か」
 猫派のロキソはコクリと一つ頷いた。やはりボルタ同様嬉しそうだ。
 彼ら四人の微笑ましい様子を見て『こんなにホンワカしているロボット達に任せて本当に大丈夫だろうか?』と一抹の不安を抱いた大二郎であった。


 ―――「今更後悔しても遅いんです。判断力が鈍ったのなら、そろそろ隠居されてはいかがです?」
 モニターよりも遠くを見ている大二郎に、武田が冷ややかな視線を向けた。
「隠居生活か……。津村さんに何かあったら、それもいいかもしれんなぁ……」
「追跡班、対象に不穏な動きがあった場合、深追いせずに退避せよ」
 武田は皮肉も効かなくなってしまったポンコツ大二郎を無視し、淡々と追跡班へ指示を出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み