第2話:協力者

文字数 3,086文字

 茉莉はロボットをソファへ座るよう促し、その肩にそっと片手を置きながら、ロボットの顔を覗き込んだ。
「私は津村茉莉(つむらまつり)。差支えなければ、ロボさんのお名前は?」
「茉莉ちゃん……可愛い名前ね。アタシはガスターよ」
 ガスターと名乗る銀色のロボットは、少し落ち着きを取り戻したようで、優しく微笑む茉莉へ弱々しい笑みを返した。
「ガスターさん、何か飲む? オイルなら車用のがあるけど」
「あら、ありがとう。出来たら紅茶かハーブティーはあるかしら?」
 メカにはオイル。そう思い込んでいた茉莉は、オネエロボの予想だにしない返答にキョトン顔だ。
「お茶飲んで平気なの?」
「アタシ達は水分をエネルギーに変えられるのよ。それにオイルは不味いし」
「へー。大きさも自由自在に変えられるし、凄くエコロジーなんだね」
「でしょ~」
 ウフフと機嫌よく笑ったガスターにハーブティーを出すため、茉莉は近接しているシステムキッチンへ向かった。戸棚から取り出したガラス製のティーポットへ茶葉を入れ、電気ポットからお湯をコポコポ注ぐ。
「……いい香り」
「匂いも分かるんだ。本当ハイテクロボだね」
 キッチンから漂うハーブティーの香りに、ほぅと安堵の息を零すガスター。茉莉は感心した表情で、トレーに乗せたティーカップをガスターの目前のテーブルへ乗せた。その向かいに自分のカップも置き、ガスターと対面のソファへ腰を下ろす。
「いただきます。――あ~美味しい~、生き返るわ~」
「お口にあって何より」
 幸せそうにハーブティーを飲むガスターを茉莉は微笑ましく見つめながら、自分もカップへ口を付ける。無機質なロボットがお茶を楽しみ、生き返るとしみじみ語る様子に、茉莉は微塵も疑問を抱かないようであった。
 チュンチュンというスズメの鳴き声をBGMに、しばらく穏やかな時間が流れた。

「……こんなに心落ち着く時間を過ごすなんて、アタシ初めてよ」
「それは良かった」
「アタシがいた所、酷かったんだから。触りたくもない武器の訓練とか、オーバーアクションな必殺技とか覚えさせるのよ!」
 カチャンと音を立てながらカップをソーサーへ置くガスターは、男前な顔を歪ませ嫌悪感をむき出しにした。茉莉の脳内では、メカメカしい装飾のロングソードをなよなよと振り回すガスターが描かれている。もちろん、その下半身は内股だ。
「戦闘ロボなのに戦いたくないの?」
「そりゃそうよ。だって玉のお肌に傷が付いちゃうじゃない」
 自分の頬へ右手をあて、可愛らしく小首を傾げたガスター。仕草は乙女なのだか、見た目はどこからどう見てもゴツいロボット。そんなギャップを見ても茉莉は噴き出すことなく普通に接していた。
「そっか。ガスターさんピカピカボディだから、綺麗に板金するの大変そうだもんね」
「アタシ達、自然修復できるから、その点は大丈夫よ。ただ傷付くと痛いじゃない」
「なんか聞けば聞くほどガスターさん凄い性能なんですけど」
 科学のことなど知識ゼロな茉莉は感心した声をあげ、まだお茶が半分ほど残っているカップをソーサーへ戻す。
「“アタシ達”ってことは、ガスターさん以外にも凄いロボットがいるの?」
「ええ。アタシ、二人の仲間と一緒に、とある研究所から逃げて来たんだけど、途中ではぐれてしまって。みんな無事かしら……」
 ガスターは美顔を曇らせ、テーブル上のカップへ視線を落とした。
「差し出がましいようだけど、良かったら一緒に探そうか?」
「え?」
 茉莉からの申し出に、ガスターは伏せていた顔をガバッとあげる。その顔は喜色に染まっていたが、一瞬で翳ってしまう。
「初対面のアナタに頼ってしまってもいいの?」
 おずおずと上目遣いで茉莉を見るガスター。本当に戦闘ロボなのかと疑わしい程のか弱さである。
「ん。今日明日と会社休みだし、特にこれといった用事もないから」
「嬉しい! ぜひお願いするわ茉莉ちゃん! 正直どうやって探そうかと途方に暮れてたのよね。普段は通信できるんだけど、エネルギー切れしてたら意味ないのよ」
 そう言いつつ、ガスターは己のこめかみをトントン叩く。きっとその位置に通信機でも内蔵されているのであろう。
「じゃあ早速、お仲間捜索作戦を練ろっか。っと、その前に新しいお茶入れ直してくるね」
「ありがとう~。アナタ少し変わってるけど、いい子ね」
 手放しで誉められているわけではないが、それに引っ掛かりを覚えることもなく、茉莉は微笑み一つ残し、キッチンへと向かっていった。

 * * * * *

「どうかな、苦しくない?」
 右肩にかけたショルダーバッグを覗き込む茉莉の視線の先には、バッグの中でくつろぐミニ・ガスターがいた。
「上々よ。居心地良し、視界良好~」
 ショルダーバッグは所々メッシュになっており、中から外の様子がよく見える。
 常識外れのハイテク戦闘ロボと、リアクションの薄い人間が出会ってから数時間。時刻は正午を過ぎていた。その間、茉莉は朝食兼昼食を軽く摂りながら、ガスターと仲間捜索の作戦を練っていた。ガスター達は互いに居場所が分かる回線を持っている。しかしそれを利用すると、極悪研究者(ガスター談)にも感知されてしまうという。それ以前に、相手がエネルギー切れであったら意味をなさない。せっかくのハイテク機能が使えず仕舞いならば、原始的に目視で探す他ない。
 ガスターは飛行も出来る故、空からの探索も考えたが、この入道雲が広がる青空を飛ぶリスクを考えると、その案も却下となった。例えミニサイズで上空高く飛ぶとしても、銀色に輝くガスターのボディが照り付ける真夏の太陽光を反射し、謎の飛行物体として人目につく場合があるからだ。
 以上の協議の結果、ミニ・ガスターをバッグに忍ばせ、目ぼしい場所を茉莉が歩いて探すという、とても地味な作戦に落ち着いたのである。
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
「そうね。お願いするわ茉莉ちゃん」
「っと、その前に」
 玄関で靴を履きかけた茉莉は、何かを思い出したかのように動きを止め、クルリと踵を返した。鞄の中で疑問符を浮かべるガスターは、茉莉がキッチンへ向かっていることに気が付いた。
「なぁに? 火の元なら大丈夫よ。アタシちゃんと確認したから」
「ありがとう。でもそうじゃないんだ。ちょっと罠を思いついて」
「罠?」
 更に疑問符を増やしたガスターは、テーブルに置かれたバッグの中からヒョッコリ顔を出し、罠を作るという茉莉の手元を見守った。
 持ち手付きのプラスチック製マグカップに砂糖を5匙ほど入れ、流し下から取り出した未開封の焼酎の栓を開ける。茉莉は自ら進んでアルコールを飲まないが、これは去年会社の忘年会でビンゴ大会があり、その景品として押し付けられたものだ。それを砂糖入りマグカップへ注ぎ、スプーンでよくかき混ぜる。
 次に取り出したのはビニール紐とハサミ。1メートルほどでカットしたビニール紐とマグカップを片手に持ち、茉莉はヨシッと小さく声を漏らした。
「お待たせ。さ、行こうか」
「罠はそれで完成?」
「ん。あとはセットするだけ」
 自信満々で罠を手にした茉莉は、ガスターが戻ったバッグを再度肩にかけると、玄関へ戻り外へ出た。ポケットから取り出した鍵で戸締りをした茉莉は、そのまま裏手の庭へ足を運ぶ。庭の片隅に立っている桜の木の幹へ腕を回し、先ほどのマグカップをビニール紐で器用に括り付けた。
「……よし。“ガスターさんのお仲間捕獲罠”完成」
「アタシ達カブトムシじゃないわよ!?」
 まさか仲間達を捕らえる罠だとは思いもしなかったガスターは、ドヤ顔する茉莉へバッグの中から抗議の声をぶつけた。
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