第21話:光

文字数 2,276文字

「っ」
 夕食の支度をするガスターの手伝いをしていた茉莉が小さく声を溢す。大根の桂剥きをしていた手を止めると、その隣で別の調理をしていたガスターが何事かと振り向いた。
「どうしたの茉莉ちゃ……まあ大変!」
 茉莉が剥いていた白い大根には赤い色が滲んでいた。その色は茉莉の親指から流れ出ており、ガスターは瞬時に『茉莉が包丁で指を切った』と認識。彼の銀色の顔がサーと青ざめていった。
「誰かぁ! 救急箱持ってきてちょうだい! 急いで!」
「何事だガスター……まっ、茉莉殿!? 如何した!? 敵にやられたか!?」
 一番救急箱に近かったボルタがそれを持ち駆けつけると、キッチンにはケガをした手をガスターに掲げられている茉莉の姿があった。
「自分で切っちゃった。申し訳ない、自分不器用なんで」
「なにいってんの! 不器用だって知ってても、お手伝いを止めなかったアタシが悪いのよー!」
 焦りのためかガスターはフォローにならないフォローをする。
「ああうん。なんか色々本当にごめん。出来ることなら5分前に戻って、自分に『無茶厳禁』って説教してやりたい」
 ガスターにシンクの水道水で傷口を洗われながら、茉莉は申し訳なさそうに眉を下げた。失言したことに気が付かないガスターは、茉莉の親指からジワジワと流れ出る血液を険しい顔で見つめていた。
「血が止まらないわ……。ボルタ、救急車を呼んでちょうだい」
「承知!」
「そんな大袈裟な。ちょっと切れただけだから、こんなの舐めてればすぐ治る――」
 固定電話に飛びつかん勢いのボルタを制し、茉莉はガスターの手を解く。そのまま自分の口で親指を含もうとしたのだが、それは横から伸びて来た黒い手に奪われてしまった。
「……ロキソ?」
 黒い手の正体は2階で洗濯物をしまっていたロキソだった。ボルタが救急箱を持ってきたと同時にキッチンへは来ていたのだが、大混乱の現場でそのことに気付く者はいなかった。

「――俺が、治す」
 そう言うや否やロキソは茉莉の親指を己の口に含み、柔らかな舌で血を舐め上げた。その瞬間、ロキソの全身が黄金の光に包まれ、茉莉達はその眩しさに瞼を閉じた。
「な、なに!?」
 至近距離で輝くロキソを茉莉は目を細めながら何とか見やる。彼は輝く前と変わらぬ姿勢で、茉莉の指を咥えたまま硬直していた。ロキソ自身も驚いているようだった。
「何が起こっているのだ、ガスター!」
「知らないわよ! ちょっとロキソ、いい加減になさい! ビカビカ眩しいのよ!」
 茉莉と同じくガスターも眩しそうに目を細めながら、煌々と光を放つロキソの脳天へお玉を叩きつけた。スコーンという気持ちの良い音を合図に、ロキソの全身から光が徐々に収まっていった。
「……な、なんだったのよ、今のは……」
 茫然と呟くガスターの前で、茉莉の指から口を離したロキソであったが、いまだ彼女の手を離すことはせず。何か言いたげに血の止まらぬ親指を見つめていた。
「ロキソ、大丈夫?」
 心配し見上げてくる茉莉に、ロキソはゆっくりと視線を移した。
「――が」
 ボソリと溢したロキソの言葉に、茉莉達は耳を澄ます。
「力が、湧いた」
「力? どうして?」
 ガスターが怪訝そうな顔で聞き返すと、ロキソは茉莉の親指へ視線を戻した。
「多分、茉莉の血」
 その言葉にロキソ以外の3人は、示し合わせたかの如く顔を見合わせる。
「私の血、なんか危険物質でも混入してたのかな?」
「そんなことは断じてござらん! 茉莉殿に穢れなど決してあるはずはぁ!」
 それを証明するためか、はたまた茉莉の指を舐めてみたかったのか、きっと後者の方だろうが、ボルタはロキソから茉莉の手を奪い、その親指を口に含む。舌で血を舐めとった瞬間、先ほどのロキソと同じように黄金の輝きを発していた。

「――ふぅむ、確かに得も言われぬ快感と共に、力がみなぎってくるな」
 茉莉の指から口を離し、光が収まったボルタは、快楽に溶け切ったような、だらしのない顔をしていた。
「ボルタ、アンタ本当に心底気持ち悪いわ……」
 汚物を見るような視線をボルタに向けるガスター。茉莉は特に表情を変えず、緩みきった顔のボルタと、いつもより幾分かハキハキしているロキソを見つめている。
「やっぱり私の穢れた血に、なんらかの汚染物質が」
「ちがうわよ! 汚染物質とかじゃないわよ! アタシが分析して見せるわ!」
「ガスターさんまで? 止めたほうが――」
 茉莉が止める間もなくガスターは茉莉の親指をパクリと咥え血を舐めとる。そして先ほどの2人と同様に、カッと眩い光に包まれた。
「あぁ……ガスターさんまで汚染されてしまった……」
「だから汚染じゃないってば!」
 ちゅぽんっと軽い音を立てて茉莉の親指から口を離したガスターが、光を収めながら突っ込みを入れて来た。
「じゃあ、なんで私の血で皆が光るの?」
「それは分からないけど――」
「けど?」
 言葉の続きを待つ茉莉に、ガスターはキリッとした表情を見せた。
「なんだか、とっても美味しかった」
「左様」
「ああ」
 ガスターの発言に、ボルタとロキソも同調の意を示す。
「えぇ……」
 流石の茉莉もこの発言には若干戸惑い気味。しかし3人は茉莉の心配をよそに、彼女の血の美味しさを語らい、キャッキャきゃっきゃと盛り上がりを見せていた。

 * * * * *

 一方その頃――
「――今、一瞬ですが、微弱な反応を捉えました」
「なんだと!?」
 大型モニターを前に沸き立つ研究員らと薬師寺大二郎。本日は日曜日。ここ薬師寺研究所には休みを返上してまでも、逃走したロボット達を追い求める者たちの姿がいくつもあった。
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