第32話:口裏合わせ

文字数 2,689文字

「諸君には“魔法の水”は私の血液限定、ということで話を合わせていただきたい」
 いつもとは違う口調の茉莉に、リビングのソファーに座っていたガスター達は揃ってキョトン顔。
 薬師寺研究所に初出勤の前日、茉莉宅ではミーティングが行われていた。その第一声が上記の言葉である。
何故(なにゆえ)? 茉莉殿の体液であれば、血液でなくとも我らビンビンに反応するであろう?」
「変態はお黙り」
 真顔のガスターに制されたボルタはションボリと肩を落とした。
「実験するってことは、サンプルを提供するでしょ?」
「あー、そういうことね」
 茉莉の説明を全て聞き終わる前に、その理由に気が付いたガスターは一人納得顔で頷いた。
「茉莉ちゃんも年頃の女の子だもの。他人に色んな体液を採取されるのは恥ずかしいわよね」
「別に恥ずかしくはないけども」
「そこは恥ずかしがりましょう?!」
 サラッと否定した茉莉にガスターの突っ込みが冴えわたる。
「恥ずかしくはないけど、毎回色んな部位からあれこれ採取されるのは面倒くさくて。たぶん血なら腕から注射器一本の採取で済むでしょ」
 おかしな所で面倒くさがりな茉莉にガスターが諦めの境地で遠い目になる一方、ロキソが右手をあげ発言権を求めた。
「はい、どうぞロキソ」
「――注射……痛く、ないのか……?」
「ギャグ漫画みたいに物凄く太い針とかでなければ、たいして痛くないから大丈夫」
 茉莉は心配するロキソを安心させるよう微笑んだ。
「まあ茉莉ちゃんがそう望むなら、アタシ達はそれに従うわ」
「心得た」
「……分かった」
 ガスターに続き、ボルタとロキソも賛同の意を示す。

「みんなありがとう。じゃあロキソ、そういうわけで今後私にチューするの禁止ね」
「!?」
 茉莉から突然のキス禁止令に、何故と動揺するロキソの肩をガスターが笑いながらポンポン叩いた。
「うふふっ。だってアンタが茉莉ちゃんとキスすると覚醒しちゃうでしょ? それを研究所の奴らに見られたら、“唾液も魔法の水? ということは他の体液も――”ってなるじゃない?」
「左様。そうでなくともお主は普段から茉莉殿へ濃厚接触過多であるぞ。これを機に拙者の如く清く正しく硬派に生きるべし」
「アイツの戯言は無視していいから」
 ガスターに言われるまでもなくボルタの助言など端から耳に入らないロキソだが、茉莉を見つめる目は寂しそうに潤んでいた。まるで捨てられた子犬のようである。
「……か……」
 絞り出すようなロキソの呟きに、茉莉達は『ん?』という風な面持ちで耳を傾けた。
「……軽めの――触れるだけのでも……ダメか?」
「アンタ必死すぎぃ!」
 どうにか茉莉とキスをしたいロキソの案に、ガスターが裏拳で突っ込みを入れた。
「んー……。ドンちゃん、おいでー」
「みゃっ」
 キャットタワーの最上階からミーティングの様子を見ていたドンが茉莉に呼ばれ降りてくる。軽快な足取りでソファーに座っている茉莉の膝に乗ると、茉莉の鼻先と自分の鼻先をチョコンとくっ付け挨拶をした。猫の挨拶、通称“鼻チュー”である。
「これくらいの、触れるだけのチューならいいよ」
「!」
 ドンとの挨拶を終えた茉莉に、嬉々として小鳥キッスを仕掛けようとしたロキソを、ガスターが電光石火の速さで止めた。
「こら! 許可貰ったからって早速実行すんじゃないの! 茉莉ちゃんも甘やかしちゃダメよ!」
「では変わりに拙者が――」
「変態! ダメ! 絶対!」
「ゴフゥッ!?」
 どさくさに紛れ茉莉の顔へ己の顔を急接近させたボルタの鳩尾に、ガスターの掌底がクリーンヒット。さすが腐っても戦闘ロボ、咄嗟の防御にもキレと破壊力がある。派手に吹っ飛ぶことはなかったものの、骨の髄まで響く掌底の威力に、ボルタは暫くうずくまり唸っていた。

「――楽しそうだなぁ」
 ちょうど研究所から帰宅し車から降りてきた大二郎。茉莉宅から漏れ聞こえる賑やかな声を聴き、羨ましそうに愛猫さえも待っていない自宅へ入っていった。

 * * * * *

 そして迎えた初実験。無事に茉莉の血液によって覚醒してみせたロボット達は、大二郎が妄想にふけっている間に武田達と休憩室に移り、ティータイムを楽しんでいた。
「それにしても予想以上だったね~」
 休憩室にいるスタッフ達の中には、実験に立ち会ったのんびり研究員こと久光の姿もあり、茉莉やロボット達、そして武田と共にテーブルを囲んでいた。
「人間の血液、しかも津村さんの血液にのみ反応を示すとは、本当に謎だらけです」
 コーヒーの入ったマグカップを傾けながら、武田が微笑を浮かべている。複雑な謎になればなるほど探求心が擽られる、生粋の研究者なのだろう。
「でもさ~、血液で反応するなら、似たような成分の体液でもイケるんじゃない? 例えば涙とか汗とか。唾液でもイケそうだよね~?」
 ふにゃりとした笑みで核心を突いてきた久光に、ロボット達の動きが止まる。彼らはポーカーフェイスが苦手であった。しかし体液の持ち主である茉莉だけは同様の色を一切見せず、のほほんと紅茶を一口飲んだあと、カップをソーサーに置いた。
「私もそう思って、ありとあらゆる全身の体液をみんなに舐めて貰ったんですが、血以外は全然反応ありませんでした」
 『ありとあらゆる体液……』『みんなに舐めさせて……』と、茉莉のセリフに反応を示し騒めき始めたのは、茉莉達のテーブルを遠巻きから眺めていた男性スタッフ達だ。
「そっかー。それって直に体を舐めさせて――」
「久光そこまでだ。これ以上深く追求したら、周りの不埒な者達が目も当てられない事態になる」
 若干前屈みになっていたスタッフ数名が、武田の絶対零度な指摘により、蛇に睨まれたカエルの如く脂汗を浮かべていた。
「えー? なんか同人誌みたいな設定でいいじゃない~。人間の女の子とロボットの禁断の愛~」
「その気持ち、拙者にも分かるぞ!」
 うふふ~と微笑む久光にボルタが賛同の意を示す。
「ホント~? よかった、君とは気が合いそうだねー。あとで彼女の何をどう舐めたのか教えてくれる?」
 久光にコソッと耳打ちをされたボルタの真横で、ガスターの両目がギラリと光を放った。
「滅! 変態!」
「グホァッ!」
 ミーティングの時よりも遥かに強力なガスターの掌底がボルタの鳩尾へ炸裂。メキョッという鈍い音とボルタの叫びが休憩室に響き渡る。
「また余計な事ベラベラ喋ったら次は殴るわよ!」
「も、もう……殴って、いるであろう……」
 腹を抱え込んだまま息も絶え絶えに訴えるボルタを、ガスターはゴミを見る目で見下ろす。その様子に戦闘ロボの片鱗を垣間見た久光は、満足そうにコーヒーを飲み干した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み