第31話 クロランドとアルディーン

文字数 4,678文字

「商人の一行を襲う盗賊団でも、まして遊牧の民でもなさそうだな。こちらの側も交戦派が、もう動き出しているというわけか?しかし、まあ、学習力がないことでは、こちらもかわらないな。」
 馬上のゴセイが、誰にというわけでもなく口にすると、メドゥーサが真っ先に、
「たった二千の騎馬隊だなんて、ケチったとしかいえないよね。頭が悪いんじゃないか。そんなの部下にしていて、あのじいちゃん、耄碌したんじゃない?まあ、伏兵をもう一千おいているけど,
。」
「まあ、メドューサの言う通りですね。一応隠していますが、アルディーンの軍の紋章をつけていますから、彼の配下の交戦派なのでしょう。今は、自分の部下の統率もとれなくなったのでしょうか?」
とマリアが捕捉のように付け加えた。リリスが何故か黙っているので、ゴセイは彼女の方を見て、
「どうかしたか?」
 不満顔のリリスは、
「こちらに駆けてくる騎馬隊がおる。約一千騎。アルディーンとやらの旗を堂々と掲げておるから、わしらを襲うつもりではないだろう・・・。もうすぐ見えてくるだろう。おお、先頭の赤髪の女が大将か、雄たけびを上げて剣を抜いて掲げておるな。あの3千の軍に襲い掛かるつもりだな。ところでだ。」
 リリスに続きをメドゥーサが言わせなかった。リリスは、自分の知らない、ここでのゴセイとともに経験した戦いの記憶を自分以外が持っているのが不快だった。
「赤髪の女~?あいつか~、またか、うるさい奴だな~。」
「知っておるのか?」
「クロランドですわ。この国の一、二を争う剛勇の士ですわ。そして、と~っても、と~っても、うっと~おしい女ですわ。」
 マリアがいかにも不快そうな顔して見せた。メドゥーサが珍しく、そのマリアを見て、うんうんとうなづいていた。リリスは、それがおかしく思い少し機嫌が戻ったが、さらに自分が知らない世界に入ってきたので不快さが深まった。そのうち、彼らを待ち受けるように、何時でも襲いかかろうとしていると見えた騎馬隊の向きが変わった。後方に迫っていた騎馬隊に気が付いたのである。ゴセイ達が見ている中で、見るまに三千の兵は、後方から襲いかかった一千に瞬く間に切り崩されていった。先頭に立って、陣頭指揮をしつつ、自ら切り込んでいく赤毛の女騎士に何人もの男女の騎士が挑みかかっていったが、難なく切り倒されていった。相手の軍はほどなく総崩れになって敗走を始めた、退却というには何らの統率もないものだった。彼女は、それ以上追撃をせずに兵をまとめ、陣形を整えるのもそこそこに、後は部下にまかせてしまって、単騎でヨウのところに駆けてきた。
「ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿。不肖クロランド、アルディーン陛下の命を受けて、お迎えに参上いたしました。」
 叫ぶ彼女の表情は、晴れ晴れとした、そして上気して。いかにもうれしいというものだった。メドューサ、マリアはもちろんリリスも、不機嫌な顔で彼女を睨みつけたが、彼女は、それに気づいていないのかのように、あるいは全く意に介していないのか、ヨウの傍に自分の馬を並ばせようとした。が、リリス、メドューサ、マリアに阻まれた。そして、初めて彼女らの存在に気が付いたという顔で、
「これは、メドューサ殿、マリア殿、お元気そうでなによりです。こちらの・・・あ・・・あなたがリリス殿ですね、再会なされたのですね、ヨウ殿に・・・心より祝福申し上げます。」
と、全く邪気もなく、明るく、礼儀正しく言った。
「ヨウ殿とは、何度も一緒に戦いました。ヨウ様に助けていただいたことは一度や二度ではありませんでした。ヨウ殿の武勇、そして、それだけではなく清貧な態度、先を見通す洞察力などを尊敬しておりました。最初にともに戦った時には、自分の未熟さをわきまえておらず、反発したり、先走るなど愚かな振る舞いをしたものですが、ヨウ様はそんな私をやさしく導いていただいたのです。今、多少の武勇を誇れるようになったのは、ヨウ殿のおかげです。今日私があるのは、ヨウ殿の背中を見て学び、しかも助けていただいた結果です。そして、メドゥーサ殿、マリア殿の武勇ぶりにも学ばせていただいたものです。いつか、メドゥーサ殿、マリア殿そしてセンリュウ殿とともに、ヨウ殿と並び立って戦いたいと大それた思いをいだいております。そして、リリス殿の名も、ヨウ殿から幾度となく、一番信頼し、頼りに思っているお方と伺っておりました。」
 クロランドは、目を輝かせてリリスに夢中になって語った。自分の危機を、何度もあった、ヨウがどのようにして救ってくれたかを、それは詳しく、夢見る様に語った。リリスが、彼女の話を聞きだがったからだった。メドゥーサとマリアは、彼女を追い返すような態度しかとらなかったが、リリスは彼女をゴセイとは並ばせまいとしていたものの、彼女と話しをしていれば、彼女を挟んでヨウと並べるため、クロランドは熱心にリリスに語りまくった。
「リリス殿のことは、ヨウ殿からお聞きしておりました。無事に再会なされたのですね。どのようなご苦労があったのですか。ぜひ、お聞きしたいのですが。」
 それには、リリスは少し微笑みながら、
「我は、奴と二人だけで戦い、旅をしたものだ、長きにわたって・・・。奴も我も、今とは比べ物にならない弱い者でな、互いに背を預けながら戦ったものだ。別れ別れになったものの、その間も思いは通じていた。再会してからは、やはり、ともに戦ってきた。」
「長い日々。お二人は、全く変わらずに・・・。」
 クロランドは、少し悲しそうに、そして唇を噛みしめていた。
 クロランドと彼女に率いられた軍に守られ、その後は何もなく太守アルディーンの城のある首都に到着した。彼女の率いる軍に、敢えて挑もうとするのは、この一帯では余程、物を知らない者か自信過剰家でしかなかったからだ。太守、彼は事実上、大帝国の皇帝なのであるが、あくまで以前仕えていた君主を主人として扱っているため、その一地方長官、大名諸侯として太守を名乗っていたのである。人と物資に満ちた活気のある首都の入り口、正門では、既に彼らをアルディーンの側近が待ち受けており、彼らを主の館に、宮殿に招いた。クロランドは、この時点で、一礼して姿を消した。豪華としか言いようのない宮殿の長い廊下を歩き、大広間に、そこは彼の私的な場で比較的、あくまで公的なところと比較してだが、こじんまりとしていたものの、豪華さ、それでいて趣味のよいところだった、案内されると、
「お~、ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿、待ちかねておったぞ。メディア殿、マリア殿、あいかわらず美しいのを・・・おや、もう一人・・・おお、イシュ・・・、コホン、リリス殿ではないか?お懐かしいのを・・・、あのころと全く変わらず、若々しく、美しいのを。」
 七十近いはずだが、そのようなものは微塵も感じさせない、長い白い髭は伸びていたが、聡明でエネルギッシュな男は玉座から、大音声で呼びかけてきた。
「お久しぶりです。ご立派になられましたな。」
 日頃のリリスからは想像できないくらい、礼儀正しく、丁重で穏やかに口調で言った。"あの頼りなさそうな若造がな。"と心の中で思いつつだったが。
 ヨウが、片膝をつき、今回の歓待、クロランドの護衛に感謝の言葉を口にすると、
「大したことではない。おお、何をしておる、お前たち。客人をもてなさんか?おぬしたちも座れ、座れ。我らの仲ではないか、今日は無礼講ではないか。」
 彼の言葉に、四人の座る場所を確保するための絨毯から飲食を持った、煽情的とさえいえるいでたちの女達が多数現れた。多数としか言えない数であり、いつの間にか、管弦音色も聞こえてきた。マリアとリリスが、ゴセイをガードして彼女らを彼の隣に座らせないようにし、メドゥーサはうまく彼女らに酒や食べ物などを注文した。
「お前たち、ヨウ殿とリリス殿達との間に割り込むな。」
 その顔は、おもしろがっているとしか見えなかった。本題に入れたのは、それから若干の時間、飲み食いを多少してから、しばらくしてからだった。
「和平の話だが、わしは賛成だ。戦いあっていてもしかたがない。しかし、反対派も多くてな。それに、いろいろと要求せざるを得ない条件もあれば、飲むことのできない条件もある。それがかなりある。さらにだ、この和平をどのような形にするか、どうやって維持するかも考えなければならない。そのあたりは、外交官たちに交渉させることなのだが・・・とりあえず。おぬしが来た以上、あ奴が真に和平を、永続的な和平を望んでいることが分かった。わしとしても、真剣に、それに応えよう。」
「そうおっしゃっていただくと、使者となった甲斐があったというもの。できるだけ速やかに報告のため。」
 アルディーンは手でヨウを止めた。
「このことは、わしより正式な使者を早急に送って回答する、全然同意とな。おぬしには、頼みがある、そのことも奴めに伝えておくから心配するでない。」
「は?」
「実はな・・・。」
「それは・・・。」
 アルディーンは、和平の対象をはるか広く拡大させたい、その交渉のためヨウに、各地に、他の文化圏の大国に赴いてもらいたいというのである。
「おぬしにはできる。そして、おぬしにしかできないのだ。」
"断る選択肢はなさそうだな。このくそ爺は・・・。"とヨウは唇を噛んだ。確かに、そのどこにも、彼は足がかりがあった。
「承りました。」
「そうか。必要な資金、物、人は早急に整えさせよう。その間、しばらく己が館で休め。おお、色々と贈り物を届けておるから楽しみにしておれ。」
「?」
「ゴセイは、領地とこの近くに館が与えられているんだよ。」
「留守は、使用人達が守っているはずなのですが・・・。」
 メドゥーサとマリアは、疑わしいといった顔だった。ゴセイも同様だった。三人は、"あのくそ爺、何を企んでいるんだ?"と心の中で思った。
 彼らが宮殿を出る間際、クロランドがやってきて、しばしの別れの挨拶をしたが、その際リリスの傍に来て、耳元で
「あの女は危険です。注意して下さい。陛下も何を考えておられるのか・・・。」
と言った。
 おのが館に着いたゴセイとその一行を迎えた使用人達は、嬉しそうな表情と困ったという顔だった。そして。おのが主人に、救いを懇願する目だった。彼らの後ろから、クロランドが言った存在が姿を現した。
「お帰りなさいませ、わが主様。」  
 十人以上の侍女を従えた、露出部分が多い煽情的だが、高品質な素材の衣服をまとった透き通るくらいに肌の白い、見事な黒髪の妖艶な美しさをたたえた若い女だった。
「アルディーン様より、主様に与えられたリバイアですわ。よろしくお願いします。」
 当然のように、彼女はゴセイに寄り添おうと近づいてきた、確実に彼がそれに応じるというように。 
 その彼女にリリス、メドゥーサ、マリアが立ちふさがった。
「おどきなさい。」
というように目で促した。同時に彼女の侍女達が身構えた。センリュウ、ラファエロ達も身構えた。ゴセイは、使用人頭の長身のたくましい中年の男の方を向き、
「まず、我が部屋に案内しろ。その途中に留守中のことも説明しろ。」
 男はホットした顔だった。他の使用人も同様だった。意外そうなリバイア以下にゴセイはできるだけ素っ気なく、
「後からついてこい。アルディーン様のご意向も聞こう。」
 優越感に満ちたリリス達三人の笑顔を、彼女は憎々し気に見つめたが、黙って彼の言葉に従った。





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