第4話 あれからの30年3

文字数 1,567文字

「勇者ノム?誰だそれは?ああ、あいつか。」
 ゴセイが、アーサー暗殺の犯人を、勇者ノムだと言ったところ、リリスは思い出すまでに、かなり時間がかかってしまった。謹厳実直、清廉潔白、質実剛健、自分に厳しく他人に寛大、等々が、鎧を着て、聖剣を身に着けて歩いているようなアーサーとは正反対の、良くも悪くも、やり手と言える男だった。そのせいもあってか、彼との接触は二人にはあまりなかったからだ。彼は、勇者としての実力もかなりなものだったし、彼のチームは100名を超え、王侯貴族と深い関係を結んでいた。大乱になると、各勢力の間で暗躍、連衡合従を仲介しながら、勢力を拡大していった。他の勇者とそのチームを吸収する一方、追い落としもしたし、さらには魔族を引き入れ、彼らを傭兵として、対立する一方の側に加わり、他方を亡ぼす、かつて友好関係をもっていたにもかかわらずにだ、さらには魔王の傭兵にもなった。各地での略奪もする、といったふうだった。
「アーサーは、だから目障りだった、かれにとって。それにな。」
 破壊と殺戮の魔女を倒したのは自分だ、彼女と使い魔シンは、互いに自分だけ助かろうとして不様だった、シンは自分だけ逃げだし、魔女は誘惑して助かろうとしたが、老婆の実体を見破られ、それぞれ一刀の下に、首を切ったと勇者ノムは盛んにいいたてていた。2人を倒したと主張したのは彼だけではなかったし、最初ではなかったが、彼が一番執拗に喧伝したのである。
 それに対して、アーサーは、二人はあの魔王を絶体絶命まで追い込み、力を使い果たし、砂のように崩れさって死んでいったと伝えていた。彼は、
「我が友であった二人を冒涜する者は許せない。」
とは言っていたが、積極的に何かしようとまではしなかったから、ノムが何かしでかす必要性は、その面ではなかったはずである。しかし、増大した自分の勢力に目が眩み、また、自分に敵対した、ささやかな相手が、二人の若い男女だった、アーサーと関係があったということで、我慢できなくなったのである。彼の勧誘を断り、ノムの言いたてるイシュタル達の最後を頑強に認めず、彼の嫌がらせ、それからエスカレートした刺客達を退けた若者とアーサーがかつて交流があり、そして、再び彼がアーサーの元を訪れていたという。
「あの小僧か。アーサーの次は、ヨルンを…。あいつ、妻をもったのか?」
 リリスは、少し懐かしそうに、ヨルンの名を口にした。
「多分な。全力をあげて…、彼はアーサーのようにはいかない…はずだからな、私達が教えたから…。」
「それで、パーティーごと殺したか?ヨルンは大丈夫なのか?」
「仕事としても受けた。あいつは、各国から恨まれていたからな。とはいえ、200名以上いたからな。ピンからキリまで、かなりの勇者達がいた。3回…4回だったかな、死んだのは。最後はゆっくり、切り刻んでやった。もちろん、ヨルンに、自ら手を出す前にだ。」
「そうか、そうか。」
 リリスは、ようやく満足そうに微笑んだ。それは、残忍そのものだったが、“美しいな。”ゴセイは改めても思った。
「それから?」
「各地をまわった。お前の場所も捜しながら…。」
 ゴセイは、かいつまんで、今までの経過を説明した。
「それで、貴族様、ご領主様になったわけか。幾つもの城を持ったわけか。まさか、それで満足したわけではあるまいな?」
「フン、基礎固めだ。お前の力が回復するまでには、私もより強く、私の強力な軍団を作りあげる、お前の補助としてな。」
「そうか、それならよい。」
 彼と腕を組んで、自分の体を押し付けた。
「一番の頼りはお前だからな。まあ、もうしばらくは、正義の味方の顔をしているが。」
「おお、それは分かっておる。早く力を回復して、そんな無理をさせないようにしてやろう。」
 リリスは、甘えるように、頭をすり寄せた。
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