第38話 旅路 ③

文字数 2,448文字

「ようこそ、ゴセイ・ミョウ・ヨウ殿。長旅、ご苦労だった。待ちかねていたぞ。そして、その3人の美しい奥方達。道中の武勇、聞き及んでいる。いや、それ以前の武勇談も耳にしておる。我が家臣でないのが残念であり、敵にまわしたくないと心から思っていたところだ。」
 やはり一代にして、大帝国を築きあげた、文武両道完備、征服と建設をともにした、決して大柄ではないが、初老にながらも鍛えられた肉体を感じる、顔立ちの調った、男女双方から好感をもたれるだろう、くり色の髪のティムールは、その玉座から立ち上がって、跪いているゴセイ、リリス、メドューサ、マリアに、長々と語りかけた。
“ここで、襲うつもりはないようだな。まあ、話は聞く、使者として取り扱うというところか。まあ、名君だからな、当然だな。”とゴセイは思った。リリス達は、臨戦態勢を整えていたが、彼も同様ではあった。実際、上機嫌で迎えながら、招かれた広間には武装兵を多数配置していて、一斉に襲い掛かからせた王もいた。王は、その気はまったくといってなかったのに、重臣が兵を率いて乱入してきたこともあった。今回は、どちらもなさそうだった。そうなったら、殺す数が半端でなくなってしまうところだった。そんな思いは、おくびにも出さず、
「もったいないお言葉、深謝いたします。」
とヨウは答えた。アルシードとは、和戦両方の関係とはいえ、まだ、直接、大きな対立、衝突はしていない。つまりは、微妙な関係である。
「ヨウ殿ほどの者が、わざわざ使者を引き受けて来た件であり、美しい奥方達の手前もある、熟考しよう。」
 この言葉で、任務の大半は終わった。交渉は、後から専門の官僚達がやってくれる。ゴセイ・ミョウ・ヨウの役割は、主要な国々の支配者に、そのことを伝え、一応の道筋をつけることなのである。“ここで一旦終わりだな。”
「東方の諸国にも、参加してもらおうと思う。貴殿に、それを伝える使者になってもらいたい。信任状と文書とさらなる旅に必要なものを用意するから、しばらく我が都を楽しんで、待っていてくれ。おお、アルシード殿には、私から伝えておくから心配することはない。」
 少し、皮肉っぽい顔をしながら、ティムールは言った、というか命じた。小さなため息をつきながら、ゴセイは、
「分かりました。御意のままに。」
と深々と頭を下げた。
 センリュウ達も加え、ゴセイ達は、ティムールの都の見学にでていた。人々の喧噪、市場にあふれる商品。整然とした道、大小様々な建物。そして、所々に小さな林が、農園が点在している。ティムールが、ほとんど一から造りあげた都市、周辺に広がる農園地帯、灌漑水路、上下水道も含めて、なのである。「ほとんど」というのは、それ以前にこの地には、小さな村が点在していたからである。
「お前の領地とは違って、殺風景だな。」
 リリスが呟いた。
「まあ、好みだな。しいて言えば、自然を取り込んで、私は建設したが、彼は建設した都市の中に自然を作った、と言うところかな?」
「それでは、意味が分からないよ。何が言いたいんだよ?」
「まあ、そうかもしれませんわね。」
 ゴセイの答えに、すかさずメドューサとマリアが入り込み、そして睨み合った。リリスは、可とも不可とも言わなかった。
 それから彼らは、クランプールを見てまわった。
「ここは・・・、やはり、まだ若い、この都市にもできているか・・。」
 ゴセイは、その通りに、街区の前に立ってつぶやいた。
「スラムですね、ここは・・・。」
 マリアが答えた。そして、おもむろに、
「まるで、つまらない芝居のようですわね。」
 彼女は、通りの薄暗い空間を睨むように見つめていた。
「臭い連中が来る・・・集まって・・・集めた・・・か。こんな連中、いくら集めてもどうしようもないのにね。僕もつまらないよ、嬲殺しにしたって大して時間はかからないし・・・。」
 メドューサが、つまらなそうに、鼻で笑った。ゴセイは、リリスの方を見た。彼女は黙っていたからだった。彼の視線を感じて、リリスは彼の傍に寄り、マリアとメドゥーサにも視線を向けた。
「後ろに・・・移動したな。」
 彼女は探るように、探すように、回転式レーダーが動くように、微かに首を動かながら、彼に抱き着いた。マリアとメドゥーサが、急いで駆け寄りリリスを睨みつけた。
「少しは歯ごたえのある奴かと思えた連中が、隠れているな。あの連中を隠れ蓑にして、不可知魔法で潜んでいる。」
「あれれ、しまった。」
「抜かりましたね。」
「少しは歯ごたえがあると思えたということは、そうではなかったということか、リリス?」
「五十人ほどいたら・・・少しは・・。力を隠していればと思ったが・・・。」
 いかにも残念そうにリリスは、小さく微笑んだ。そして、ゴセイの頬を両手で挟んだ。彼女の見て、感じている情報が彼に流れ込んだ。
「そのとおりだね。でも、何で気が付かなかったのかな?」
「ああ、いたるところに魔力石を置いてましたのね。準備万端で・・・。」
「時間の問題なんだけどね。」
「少し遅れただけ・・・。」
 二人の悔しそうな顔を、リリスは楽しんでいるようだった。
「でも、どうする?やってしまおうか?」
「ここで騒ぎを起こすのは・・・。」
「どうするのじゃ?」
 ゴセイは、リリスからの情報の内容を確認していた。
「ティムールの街を壊すのは、気が引けるしな。ここは、マリアの言う通り無視するか。どうせ、どこかで仕掛けてくるだろうさ。」
 気が付くと、センリュウが、もうそのつもりになった数歩足を踏み出していた。ため息をついたゴセイは、
「センリュウ、飛び出してきた連中を殺さない、血を吹き出させない程度にぶっ飛ばして、追いつけ。とりあえず宿に戻って、食事に酒に風呂だ。ここでは、挑発を断る。心配するな、かならず、向こうから殺されに来るから。」
 そう言って、リリスの手を取り、メドーサとマリアを従えて、Uターンして歩き始めた。
 その背に怒声、悲鳴、叩きつけられる音が続けて聞こえてきた。
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み