第23話 ゴセイを呼ぶもの

文字数 3,343文字

「なんじゃ?この孤児院というのは?」
 書類の山を整理していたリリスが、不満な顔で言った。すると同様に、書類の整理をしているメドゥーサが、いかにも、ものを知らない奴に教えてやるといった顔で、
「いいかい、孤児院というのはね、リリス様・・・。」
 しかし、当然、リリスは最後まで言わせなかった。
「孤児院が、何であるかなぞはわかっておるわ。我が言いたいのはだな・・・。」
 今度は、マリアが割って入った。彼女も書類の整理をまかされていた。
「どこにでも孤児院というのはありますでしょう。何が疑問なのですか?」
 それに対して、わかりきっていることを言うなという顔でリリスは、
「村や都市にある、教会などがやっている孤児院を領主が支援するのはわかる。よくあることだからな。だが、これはゴセイ直轄の孤児院だろう?何のために、奴が自分が運営する孤児院なんかを作ったのだ?何か目的があるのか?」
 それを聞いてメドゥーサとマリアは互いの顔を見て、それから互いに指さしあった。その行為を互いに睨みつけながら、
「マリアが連れてくるんだよ。」
「メドゥーサが拾ってくるからです。」
「?」
 リリスは、2人が何を言っているのかわからん、という顔をした。
「マリアが、戦いの後でさ、薄汚いちびどもを連れてくるんだ。はじめは、直接引き取っていたけどさ、数が増えてきて、まとめて放り込む先を作ったのさ。」
「私は、この館のあの娘のように使える者を連れてきただけです。メドゥーサが、適当に拾ってくるから困っていたところに、ある教会の再建の際、元は孤児院でもあったという事で、そこを預け先にしたのです。」
 大体のことはわかった、という顔になったリリスだが、
「こいつらは大きくなったら、兵士にでもするのか?」
 その質問に、
「全然。」
 あきれている、甘いよという顔の二人に、大体のことを察したリリスは、2人に同意した。
 不在中の事務は、リリス達を迎えた女がまかされていたが、やはり領主が目を通さないとならないものもある。彼女らに手伝わせているゴセイはというと、異国からの来客の訪問を受けていた。
 ゴセイが、その使者が帰ったのか、彼女達のいる部屋に入ってきた。
「我にこのような仕事を押し付け追って・・・・。一応終わったから目を通せ。して、使者の要件は何じゃった?」
「何を頼みに来たんだい?また、面倒なことかい?まあ、派手に殺して、壊せるならそれでいいけど。」
「たしか、神聖レムニス帝国の・・・、シチリア王のところにいた男でしたわね。」
「なんじゃ、シチリア王というのは?」
「ゴセイがつけた、変なあだ名だよ。まあ、変わった王様、皇帝だよ。」
「以前、彼の要請を受けてから、ゴセイを気に入ってしまって・・・。また、何か言いつけるつもりでしょうね。 」
 3人の勝手なやり取りに苦笑したゴセイは、
「ああ、また仕事を言い仕ったよ。許可をもらったら、直ぐにシチリア王のところに旅立つ。マリア、その手紙を頼む。」
「わかりましたわ。すぐ書きますわ。」
 いかにも面倒だというような表情でいながらも、得意そうな視線を、二人にチラッと送るマリアだった。
「許可なぞ必要なのか?お前の言いなりになる皇帝だろう?」
 不満そうに、疑問を感じているようにリリスが問うと、ゴセイは、
「私は、一応臣下だからな。奴の皇帝としての権威を考えてやらないと、奴の権威が失墜したら、こちらが困ることになる。」
「相変わらず律儀だな。」
「わかってくれて嬉しいよ。さすがは、リリスだ。」
 そう言うと、ゴセイは軽くリリスにキスをした。“実際に書くのは私ですよ!”と不満顔のマリアにも、すかさず唇を重ねたが、その隙に、メドゥーサに抱き着かれて、唇を重ねられてしまった。
「貴様は一番仕事をしておらんくせに。」
「これには、リリスに賛成ですわ。」
と抗議する二人に、メドゥーサは、
「だって旅の準備するのは僕だからね、手付でもらったんだよ!」
と笑って言い返した。
「命じるだけでしょう?」
「全く、お前という奴は・・・。」
 にらみ合う3人の間にゴセイは巧みに割り込と、
「マリアは手紙を書いて、根回しをしておいてくれ。メドゥーサは、いつでも出発できるように命じておいてくれ。それから、リリス。」
と一旦言葉を切ってから、
「残りの書類を整理を手伝ってくれ。終わったら、出かけるから一緒にきてくれ。」
 にらみ合い、共闘する関係が、この言葉で変わった。
 日が暮れた頃になって、ゴセイはリリスを連れて館を出た。彼は、彼女を連れて彼の領内を回った。彼女に、自分の領内を見せるのが目的だった。
 風車も水車も、彼の領地以外の地にあるものとは、再封印が解かれて以後、ここに至るまでの道筋で見てきたものとは、全く異質な形状のものだった。整然とした農地、牧場、その間の森、林、川、丘、山、開発の犠牲にならず保護、維持されているが、全く違ったように見えさえした。そこにいるのが、人間だけではなく、本来頑迷なハイエルフすら、従っているのだった。町や村での小さな工場でも、同様だった。
「お前が、あの頃、そのうち作ると言って、修行に入って学んでいた成果か?」
 彼は、武器作りの工房に数日修行に入るとかいう事がよくあった。それだけの期間で、十分学んだ、学び終えたと言って、そこを後にしたものである。半信半疑ながらも、その事実を見せられたことも何度もあるが、自分の知らない内に実現しているのを見ると、誇らしくも思い、寂しくもあった。”あの二人と共有する時間の産物。”
「適地適作、その土地の土壌、気候、位置に合わせて、試行錯誤している。もともと貧しい土地が多かったから、ほとんど一から始めなければならないことが多かったが、逆に考えていることを実行しやすかった。あの水路だが。」
 ゴセイは、目の前に見えてきた水路を指さした。
「あれが、水路以外に何があるというのだ?」
 小さな帆掛け船が風を受けて走っているのが見えた。
「この周辺は土地が貧しいが、交通の要衝となる地だった。もちろん小さな意味でだが。だから物資の移動の為の水路を作った。だが、あれはそれだけではない。淡水魚を放流して増やした。今では、その漁業がそれなりの産業となっている。さらにだ、泥が溜まり、浚渫しなければ船の運航に支障が生じる。泥を浚渫しているが、その泥は栄養があるから、それを撒いて、そこで作物を育てると大した世話も無しに、作物や野菜果樹が育って収穫ができる。水路に沿って続く農地はそれだ。それに水路は水の不足している地に水を運び、また飲み水の供給にもなっている。」
 ゴセイは、自慢気に延々と説明した。リリスに誇りたいという気持ちが伝わり、“こいつにも可愛い所があるな。”とリリスは思ったものの、
「よくわかったが、それがどうした?おぬしが我と約束したことはどうなっておるのだ?よもや忘れておるまいな?」
と睨みつけた。ゴセイは、少し不満に思い、それが表情にでたものの、すぐに、
「忘れていない。それもこれも、メドゥーサも、マリアもそのためだ。あの二人のことは、確かに、それだけでないのは認めるが。私はまだまだ強くならなければならないし、お前の力を回復するのを待たなければならないし、さらに加える力も必要だ。わかるだろう?」
 彼はリリスの腰に腕をまわして、彼女を抱きしめて、顔を近づけた。
「わかっておれば良い。我が一日も早く元の、いや、それ以上の力を得ねばなるまいな。我無しでは、お前は何もできないからな。」
 そう言って睨みつけるように見たが、そのまま目が合うと、自然にどちらともなく唇を重ねてしまった。
「魔王も、女神も認めてやる。だが、我がお前の一番じゃ・・・そうであろう?そうだな?」
 リリスは、ゴセイに抱きかかえられ、まだ快感の余韻に体を震わせながら、哀願するように耳元で囁いた。
「ああ、そうさ。破壊と殺戮の魔女・・・私のリリス。」
 彼らは、その10日後、神聖レムニス帝国に向けて旅立った。
 何人かに現地で合流する事を命じたが、旅そのものはゴセイ以下5人だった。そして、神聖レムニス帝国に入る直前の森を抜ける道で、30人以上からなる待ち伏せにあった。それまで、全く平穏という旅でもなかったが。
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