第26話 孤児院

文字数 4,143文字

 ゴセイ達は、数日後、彼がシチリア王と呼ぶ皇帝の別宮を、歓待と今後の打ち合わせの後、今後の準備もあると言って出た。長い旅の許可を得るためと準備のためだったが、途中、彼の造った孤児院を訪れるためだった。
 彼の飛び地の領地の一角、端と言うべきか、にある、田畑牧場に囲まれた修道院風の建物だった。元々、荒廃した修道院を改築し、元修道女のテレサを理事長に据えたのだ。
 孤児院の経費は、その領地に負担させている。その領地ヴァロア、中心はヴァロア市だが、彼がこの市に課している負担は、それ以外は臨時の軍役・労役、今まで課したことはないが、と彼が来訪した時の一切の世話である。領地は、基本的に自治に任せているから、領民、市民に取っては、ヴァロア市評議会を頂点とする市当局に、その必要経費が、税金として納めているので、その分も彼から課せられているという認識である。よって、市評議会は、彼への報告と領民各層から選ばれる監査委員会の監視を受けることになっている。
「ようこそいらっしゃいました。ヨウ様。」
 彼を迎えたのは、評議会メンバーの1人である。今回の、ヨウ一行の宿泊以下一切の負担を担う担当になっている。評議会がその財産から選んだ5人が順番で担当することになっている。小太りの大商人だった。彼らは、このために免税特権を認められている。彼は、リリスの方を見て、
「閣下、あらたに愛人の方が増えるようでは、負担を全て負うのは困難になってきますが。」
といい、それから孤児院の負担問題に異議を言い出した。
「増えた?リリスのことは、言っていたはずだ。私が領主となった時点から。それに、孤児院への負担金の話しについてだが。」
 孤児院には、周辺に付属する農園、牧場等があり、消費する分を除いて売却して、得た収益で他の必要分を購入する建前で、不足する分も考慮して領地に一定額の負担金を納めることを命じていた。しかし、農園等の経営がこのところ順調で、負担金で補充する必要がなく、積み立てられているのが現状であり、
「その積み立て金を、災害等で市等に貸し出していたが、それの返却を棒引きしたはずだ。ところで、お前の言い立てには、明日の評議会で処断する、お前とお前の一族を。」
 彼が不機嫌そうな表情で言ったことに対して、言ってやったという顔をしていた評議員に、背を向けてゴセイとリリスは、センリュウを従えて、宿泊所に予定されている屋敷に入っていった。困りましたな、どう思います、という顔でポーズをとって見せた、残ったマリアとメドューサに。彼は、当然二人が新しい愛人であるリリスに、強い不満を持っていて、彼の味方になると思ったのである。
「あらあら~、リリス様にそんな態度を取って、どうなるか分かっているのかしら?」
「ゴセイ、かなり怒っていたからな~。ぼくを侮辱するくらいに怒っているな~。」
「は?リリス…様…様と?」
 彼は意外という顔をした後、“様”という言葉に気がついて、急に不安な表情に変わっていった。そして
「リリス様は、私より強いですよ。」
「僕よりもだよ。どうなるかな?」
「は?」
 彼には、彼女らの言う、強さの意味がわからず、きょとんとした表情になっていた。
「まあ、市ごと皆殺しですか?」
「ここら領主に、救援要請でもしといたら?そうでもしないと物足りないだろ?」
「メドューサ様。ご冗談を・・・私はお二人のためを考えて・・・。マ、マリア様?」
 彼は、少し焦ったような、どうしたのだという表情を見せていた。
「メドューサの意見に、珍しく賛成ですわね。大体、そこに潜ましている不可知結界と言えない代物を張っている連中で足りると思っているのですか?ああ、それとあの塔の上で私達につまらない魔法をかけようとしているブス女もいましたわね。」
「へ?」
「ゴセイが4人行かせたよ。あいつらが、怪我でもしないように祈っておいてやれよ。怪我でもしたらね、領主に対して歯向かった、反逆罪でお前たち一族は、広ーい意味での一族だよ、全員確実に八つ裂きだからね。」
 青ざめる彼を後目に、二人もゴセイの後を追った。しかし、二人は一旦は彼に向けた振り返って、
「ご安心なさい。この周辺の連中は、私とメドューサが、皆殺しにしておきましたから、あなたに彼らの件で反逆罪がかかることはなくなりましたから。」
「サービスだよ。お礼はいらないから感謝しな。」
 その美しい顔に、さも愉快そうな、そして残忍な笑みを浮かべて、そう言うと、また背を向けて行ってしまった。彼が呆然としているうちに、血を吹き出しながら倒れていく男女の姿が少しずつ現れた。彼らの血を浴びながら、男は力なく、地面にへたり込んだ。
 宿舎の中にマリアとメドューサが入ると、憤然としながらも呆れて長椅子に座るリリスと机に向かって、書類にペンを走らせているゴセイがいた。メドューサが、
「ゴセイは何をしてるんだい?」
と尋ねるとリリスが、さもつまらない、面倒くさいというように、
「明日の民会で、今回の再発防止策とやらの提案の文書を書いているそうだ。」
 やはり、つまらないという顔でメドューサが、
「できるだけ皆殺しにしようよ。」
 それに続いてマリアも、
「そうですわ。最近連中は、増長しているようですから、天罰でも落とすべきです。」
「我もそう言ったのだがな。そうもいかんと・・・この大甘男は。奴と奴の家族に、公開鞭打ちと財産の半分の没収で済ますそうだ。」
"甘すぎる"とマリアもメドューサも思って、呆れたという顔をした。
 実際翌日の市内の世論は、彼の寛大さに皆がホッとし、痛快視するものだった。二日間にわたり色々な団体、勢力から個人にいたる訴えごとを聞き、協議、裁定を行い、さほど広くない領内を視察した。彼に対する不敬罪の規定の明文化加え、今後の市政などへの指示、命令をした上で彼らは旅立った。新たな負担を課すわけではなく、望まれる事業への許可、支援を約束され、隣接する他領との領域付近での、商業上等のトラブルの解決も約束して貰えたので、概ね領内の評判は良かった。悪徳、不正の処罰厳しく行われ、同時に言論などでの罪は寛大な措置が取られたことでも良い評判をとった。実際、他領とのトラブルはさほど日数を経ずして、領民が満足する方向で解決している。
「リリス様は、領主様の三番目の奥様なの?」
 少女から、ゴセイが質問されたのは、彼らが院長であるテレサと孤児たちに迎えられ、孤児院の中をまわり、視察が終わり、大広間で、
「君たちは私に恩をかえさなければならない。それは、君たちが良き人間とし、幸福になり、他人を幸福にしようと努める人間となることなんだ。」
と、リリスに言わせると、相変わらず、平気で歯が浮くようなこと、言った後のことだ。見れば、多くの少女たちが目を輝かせて注視し、男の子たちが、無関心さを装いながら、一言も聞き漏らさないという表情でいるのを見て、わざとらしくため息ついて、
「淑女がそのようなこと言うものでないよ。ただ、彼女はずっと昔から私とともにあった女性なんだよ。」
 テレサが、彼女達を追い払ったので、次の質問はなかった。
「センリュウ。あれはテレサか?それに、あそこの赤髪の少女、あんな少女いたか?」
と小声で尋ねた。センリュウは、首を横に振って、
「臭いが違います。それから、あの赤毛の少女ですが、周囲と臭いが違います。入所して、まだ日が経ていないからではなく、根本的な臭いが違います。」
「わかった。調べてみてくれ。」
 彼女は一礼すると、姿を消した。
 その夜は、ゴセイが手を振るう料理を彼自らが作ると言い出して、調理室に籠った。
 少年少女の目が輝いているように見えたので、
「恒例なんだよね。」
というメドゥーサに、
「相変わらずだのう。それで、今夜は何を作るのだ?」
 リリスが呆れながら訊ねていると、テレサが3人のいる部屋を訪れた。
「マリア様。おりいって、お話が。」
 3人は怪訝そうな表情で彼女を見た。マリアは彼女の前に立って、
「要件があるのであれば、ヨウ様がおられるときに、そして私達3人も揃っている時に言いなさい。どうして、私だけと話したいのですか?」
 マリアは、優しい口調だが明らかに詰問した。テレサはね口ごもった。"魔力が高まっている、そして魔剣、短剣だが、も隠し持っているな。"リリスが感じ取った。"殺気を感じるな。 "とはメドゥーサ。"躊躇してますわね。"とマリアは感じた。その時、ドアが開いた。ゴセイだった。
「マリア。こいつの回復を頼む。」
 血まみれの女の子を、猫を持つように首の後部をつかんで持ってきた。
「あなたという方は!」
 自分に詰め寄ろうとするテレサを見てゴセイは、
「この娘が毒液付き短剣で刺そうとしてきたのだ。うん、お前はだれだ?」
「は?」
 マリアがいち早くテレサの胸を拳で貫いた。
「回復魔法の使い手を、まず殺そうということだろうな。だから執拗にマリアに近づこうとしたのだろうな。」
 ゴセイの分析にマリアが、納得いかないと膨れていた。
「変身魔法だな。かけてからそれほどはたっていないが、数年で解ける代物だ。それでも、まあ、かなり奴がかけたというところかな。小娘も同じだな。年齢が実は三歳ほど上だ。それをごまかそうとしたのだろう。このくらいの年でないと使いものにならない、ということだったのだろうな。」
 リリスが、初心者の評価をするように、半ば馬鹿にするように解説した。
「どうしたものか?」
 ゴセイは少し悩んだ。結局、二人は助けて奴隷とした。数年の間にテレサを他の者と替え、少女ともども別の用事につけることにした。殺された本物のテレサの死体は、密かに掘り起こし、彼の息のかかった再洗礼教会で供養させた。ショカツの暗殺部隊のメンバーだったが、半ば処分目的だったらしい。それは、彼の密偵と化している者から得た情報だっだが、当の二人は信じようとしなかった。
「全く、あの夫婦は底知れぬほど恐ろしい奴らだな。」
 吐き捨てるように言ったゴセイに、
「お前が甘すぎるのだ。」
「簡単に殺せばいいのにさ。」
「まあ・・・二人の言う通りですわ。」



 
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