第21話 僕たちの儀式に必要なんだよ

文字数 3,467文字

 脅威が完全に去ったことが分かると、大雑把に決まっていた報酬に文句をつける貴族達が続出した。中には、本来の「相場」だとしてかなり低い報酬を言い出すものすらいた。しかし、戦いの様相が詳しく分かるにつれて、危険な彼らには、とにかくできるだけ早く出ていってもらいたいという雰囲気に変わっていった。
「それで、チョウギ殿のお屋敷をしばらくお借りすることですが、もう引き払われましたか?」
 報酬に関する交渉の細部を一任されていたソシン将軍に、だいたいの項目で合意に達した後、ヨウは静かに尋ねた。
「…、多分・・・、もう出られるかと。」
 彼は口ごもった。彼は、チョウギは、渋っているとの情報を得ていたからだ。
「明日、出発します。着の身着のままでも、出ていただきます。」
「しかし、…。」
「僕たちには必要なんだよ!あの地にある、あの浴室が。」
 凄い剣幕で、メドューサが怒鳴った。
 その彼女を宥めるように、彼女の前に手をかざしたヨウは、
「私の故郷の儀式に必要なのですよ。これ以上は言えませんし、言いませんし、待つことは出来ません。お分りですか?」
 ソシンには、ヨウが少し弱々しい表情で、メドューサがひどく苛立っているように見えた。
「で?」
 そのメドューサの視線に恐怖を感じ、震えながら立ち上がり、
「す、直ぐに…。」
「僕の演技は、どうだった?名演技だったろう?」
 メドューサが、ニッコリしてゴセイの首に、しがみついて囁いたのは、ソシンが逃げるように立ち去ってしばらくしてからだった。
「猿芝居だったのう。」
 いつの間にか、リリスとマリアが部屋の中にいた。
「ふん。」
 メドューサは頬を膨らませた。
「とにかく、うまくやってくれたよ、メドゥーサ。」
「そうだろう、そうだろう。」
 ゴセイの言葉に、機嫌を直したように彼女は何度もうなずいてみせた。
「こんなことで、あいつらを騙せるのか?」
「騙されまいな。しかし、迷うだろうさ。奴らは、お前たちの弱みを掴みたい、恐ろしい美女達だからな。だから、とかく、信じたいという気持ちにとらわれるものだ。」
 彼は、いつもと変わらない顔に戻っていた。
「ところで何の用だよ?」
「あの暗殺少年少女達が、動けるようになりましたわ。その報告。」
 マリアの言葉に、
「そうか。では、いくか。」
 ゴセイは、3人を従えて、自分を襲った少年少女達が寝ている病室に向かった。
 部屋に入るとセンリュウが、少年少女達の前に立っていた。ゴセイを見ると頭を下げた。少年少女達は、彼に気がつくと、彼の方に視線を向けた。その目は怒りの炎が燃えさかっていた。
「元気になったか。」
 彼らは、口を開こうとしなかった。
「何時でも帰ってよい。私に知らせるべき情報があるば、強く念じろ。帰ったら私が会いたがっていると伝えろ。お前たちを殺さなかったのは、彼に私の意志を伝えかったからだとだといえ。」
 彼らの顔つきは、勘違い野郎め、だった。彼らは、翌日、姿を消した。
「ここの方が、ずっと待遇がいいというのに。しかも、あのようなところに、あのような身も心も目的も…」
 マリアはため息をついた。
「逃れられぬと言うのにな。」
 リリスは、面白そうに言ってから、
「洗脳とかの魔法ではないようだから、分からぬ、我には。」
 首を、ひねってみせた。
「どうしてかな?見習いたいくらいだよ。」
 裏切り、謀反、反乱のあげくに地位を追われたメドゥーサは、複雑な思いだった。
「まあな。そのうち、会えるから、分かるだろう。いや、わからないかもな。多分、わからないだろう。」
 ゴセイの言葉に、3人は不満顔だった。
 そして、ゴセイ達は、王都に出発した。回答も、待たずに。
「ヨウ殿。お待ちしておりました。」
 チョウギの邸宅の前でゴセイ達を迎えたのは、国王の近臣のスイだった。若い赤毛の逞しい体格の男だった。馬車から降りたゴセイが、巫女あるいは女神官風の白を主体とした服を着た、ゆったりとしたそれとは異なり、動き易いものだったが、リリスに肩を借りているのを、気づかれないように注意深く観察する視線を向けていた。メドゥーサも、いつもは仲がよくないマリアに手を引かれるようにヨウに続いて馬車を降りた。
「国王陛下には、よろしくとお伝え下さい。」
 ゴセイは、ひと言しか言わず、というよりリリスがひと言しか言わせず、屋敷に連れて行こうとしている、とスイには思われた。
「スイ殿。」
 彼は、そのまま邸内に彼を入れようとするリリスを止めて、
「サンジェルマンと名乗る者が現れたら、ここに来るまでの便宜を図っていただきたい。まあ、気がつかれずにここに来るでしょうが、念のため。」
「はあ?分かりました。」
 “誰ですか?”と彼が言い出す前に、彼らは邸内に入り、扉を閉めてしまい、彼は置き去りにされた。
「なんじゃ、サンジェルマンとは?」
 リリスに視線を向けられたメドゥーサとマリアは、
「知らないよ。」
「誰ですか?」
 リリスの肩から腕を離したゴセイは、
「私も知らん。いない奴を、探させるのもいいだろうと思っただけだ。」
 彼の言葉に、3人は呆れた表情を向けた。
「全く…。」
 それを無視して、他の面々に、邸内の見回り、生活の準備を命じ、
「まずは、風呂の準備だ。」
と宣言するように命じた。全ては用意することと約束になっていた。
「それからな…。」
とリリス達を見た。
「隠れた通路が4つあるな。外にある入口に何人か集まっているぞ。」
「その通路で、殺しちゃう?」
「それとも、入る前に殺しますか?」
「邸内に入れさせ、見回りで見つけた風にして殺せ。通路の監視を続けてくれ。」
「分かった。」
 リリスはさらに続けて、
「風呂のためにわざわざ…。」
と呆れた顔で抗議をした。
「とにかく風呂だ。この屋敷の持ち主自慢の、そして名高い風呂を鑑賞しようじゃないか?」
 日が高いため、天窓から光が注いで、浴室がよく見渡せた。泳ぎたくなるような浴槽の中央で、そこに中島のように聖女の像が立つ台座を寄りかかって、湯につかっているゴセイは、浴室の品定めに余念がなかった。装飾は趣味の悪いものはなかったが、あまりにも過剰だと思った。“もっと、気持ちよく湯につかれる工夫を凝らした方が、いいと思うのだが。”合格点プラスα程度だと採点していた。
「全く、お前は風呂となると…。確かに、お前にとっては儀式みたいなものだな。」
 体を洗ったリリスが湯に入り、彼のところに泳ぐようにきた。続いてメドューサが、マリアが入ってきた。
「入る手順から色々あってさ、完全に儀式だよ。」
「風呂に入る前の儀式を作った記憶は、ありませんわ。」
 三人とも、人間の女としては背の高い方に入る、背丈である。“私の好みだったかな?”と思ったが、“3人とも、こうしてあらためて見ると、やはりずいぶん違うな。”とつくづく思った。
 3人とも、どちらかと言うとスリムな方であるが、乳房も大きく、尻も大きい。かといって。巨乳とかではない。ほどよく大きく、美乳、美尻だ。女神のマリアは当然にしても、リリスもメドューサも、そのままなら清楚な印象だ。
 何故か、3人の中で、大した差ではないが、体力派の元魔王のメドューサが一番背丈が低いが、そのややショートカットな見事な赤毛と相まって、やや野性的、ボーイティシュな魅力をたたえている。リリスは、漆黒ともいえる長い黒髪と黒い瞳から、浮きあがるような魅力を感じる。マリアは、一番背丈があり、その輝くような銀髪、赤い虹彩と元女神の雰囲気から華やかな魅力を感じさせる。
 抱き心地も、三人とも違う。互いにぶつかり合いながらの一体感を感じるメドューサ、溶け込んでいく、溶け込んでくるように一体になるようなマリア、共に抱き合って一体になることを感じさせるリリス。
「何を難しい顔をして、われの裸をみている?そんなに美しいか?」
「僕の体だよね、見ているのは?」
「私の高貴な魅力を讃えているんですよね。」
 睨みつけるようにゴセイに、3人は視線を集中した。
「3人の裸が美しいと思って、3人を見て、3人の高貴な魅力を讃えているのさ。」
 彼がまじめ腐った調子で言うと、3人はいかにも不満そうな顔をしたが、直ぐに争うようにして、彼に飛びついた。
 四人は、3日間この館に閉じこもって過ごした。ベッドの上で、彼の脇で、肩で荒い息をしながら、満足そうに全裸の姿でぐったりしている三人をゴセイを愛おしそうに眺めていた。その瞬間にも、彼女達の結界に捕捉された侵入者達があげる断末魔の声を、ゴセイも感じていた。“次は?予定どうりだ、やはり。”



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