第14話 お家再興の願い 2

文字数 3,422文字

 彼女は、浴槽の中で念入りに自分の体を磨くように洗っていた。後は、煽情的な装いで、欲情を高める香料をふりかければ、完成だった。自分の美貌には自信があった。3人の女を侍らせているとはいえ、汚れた、単なる女戦士など、高貴な自分の美しさに引きつけられる男を引き留められはできないと確信していた。酔わせて、ベッドに連れ込んでしまえば容易に殺すことが出来る。万が一、それに応じなかったとしても、手練れの部下達が襲いかかる。彼女自身、剣や魔法には大いに自信があった。単純だが、完璧な計画だと思っていた。公国の再興とこのような状態でも自分を信じていてくれる臣民達のためなのだ、と彼女は自分の心を奮い起こさせた。
 小国で、人間と亜人各部族、はては半魔族までが共存していたブルゴー公国は強度な団結を維持していたとは、到底言えなかったが、それなりにまとまっていたはずだった。暴政があったわけではないどころか、周辺地域よりも平和で、豊かであったはずだし、各種族、部族間での争い、対立は流血を見るようなことはなかった。王家内ですら、エルフのクォーターである人間(ハーフエルフとも言えるが)の自分でも、何らの差別を受けてはいない。それが、隣国からの侵攻、国内の反乱、王宮内でのクーデターで、あれよあれよとという間に、崩壊してしまった。
 ショク帝国に身を寄せ、その宰相ショカツにお家再興を要請した。彼は支援を約束したが、条件をつけてきた。ゴセイ・ミョウ・ヨウの暗殺だった。
 ショカツからの情報だと、女にだらしない、ひどい女好きの男であるという。だから、この誘いには、絶対のってくる、しかも一人でやってくると確信していた。
 それが、侍女の知らせで居間に行くと、ゴセイ・ミョウ・ヨウは、4人の女達を連れてやって来た。3人は、彼に寄り添って、離れないというふうだった。彼女は、自分が馬鹿にされたように感じたが、ここで怒りを感じても仕方がないと考え直した。
「よくお出でになられました。嬉しゅうございます。」
と頭を下げた。ヨウは、礼儀正しく応じた。
「重要なお話しですから、二人だけで、お話しいたしますので、お連れの護衛の方々は、別室で控えていただけるように。」
「お待ち下さい。」
 彼は、彼女を止めた。
「私と妹達は一心同体。同席させます。そのことは、お許しください。」
 有無を言わせない態度だった。しかも、おしゃれをして、剣の代わりに花束なぞ持ってくるものと思ったが、当てが外れ、彼は戦士の姿で来た。他の4人も同様だった。
 ヨウの彼女の体には興味なさそうな表情と3人の女の勝ち誇ったような表情と自分達の容姿を誇示するような態度が、ひどく不快だった。ひとまず、酒を交えてゆっくりと話しをしてから、再度誘えば乗ってくるとも思ったが、この屈辱感は耐えられなかった。
「やっておしまい!」
 連れて来た50人以上の家臣達は、精鋭ぞろいだった。彼らを瞬殺できると信じていた。皆、彼女の期待通り、事前の打ち合わせ通りに、一糸乱れず飛び出した。彼女も、素早く優雅な、動きづらいドレスを脱ぎ捨てた。もしものこちを考えて、即座に脱ぎ捨てられるようにしておいたのである。自分でも、予想通り以上に早く出来たと思った。同時に身体強化、加速の魔法も発動させ、隠し持った短剣を手にした。剣の扱いも、近接戦も、魔法も自信があった、かなりなものだと。防御魔法結界も発動した。全ては予定どおりだった、順調だったはずだった。勝利を、成功を、彼の首を手土産に公国再興の援助が得られることを、確信した、はずだった。
 しかし、ヨウに火球を放ち、それが四散して一瞬視界が遮られた後、彼女の目には、血塗れで立っている5人と、血塗れで、血の海に沈んでいる数十人の男女姿だった。そして、痛みを感じた。血が吹き出しているのを見た、自分の体からだった。
「やっぱり駄目だったね。」
「しょせん負け犬だものね。」
「口封じに殺しちゃおうか?あいつらの前に。」
「当たり前でしょう。」
 聞いたことがある声だった。“あの方が付けてくれた子供達?”
「この子達、4人の戦闘力は、かなりなものですよ。あなたのお役にたつと思いますよ。」
“それが、今まで何してたの?早く奴を…、え?まず、私を殺す?どうして?”
 ドス、音がした。目の前に、ヨウが立っていた。4人が殺されたのである、ヨウ達に、これまた瞬殺で。
「お前は助けてやる。他には、人間5人、人間とのハーフエルフ3人、エルフ、ハイエルフ、オーガ、オーク、ドワーフ各1名計13名は、お前に最後まで忠誠心を持っていたから、助けてやった。残りの約40名は、お前を裏切っていたから、止めをさしておいた。お前に、私を殺すことを依頼した連中に、お前の首を持っていけば貴族の地位を約束した約定をもらっているのが10人いたぞ。それから、お前の婚約者とハイエルフの貴族の女にお前の暗殺の依頼を受けていたのも何人かいたぞ。その二人は、自分達が公国の後継者になると思っているらしいが、領地は1/4だがな、本当にそうなるのか、そうなったのかは知らんがな。誰が認める?お前に約束した奴がだよ。4人の子供達は、私が使うために命は助けてやった、お前には関係ない話だがな。それから、お前とお前に従う民に、新たな国を見つけてやる手伝いをしてやる。」
 ヨウの声だった。夢うつつの中で、だが、はっきりと彼女には聞こえてきた。
 はっきりと、彼女が意識を回復したのは床の上だった。どのくらいの時間が過ぎたのかは分からなかった。後で頭の中で整理してみると、小一時間ほど過ぎていたのではなかろうかと思われた。周囲は、気を失う直前の惨状のままだった。いや、さらに死体が増えていた。あの後、この屋敷を襲撃した一団がいて、彼らも瞬殺されたのだ。彼女に、最後まで忠誠心を持っていた13名の家臣達が彼女に気づいて、そばにやって来て、跪いた。それからしばらくして、市の役人達がやって来た。ヨウが呼んだのだ。そうでなくても、襲撃犯との戦いの喧騒で周辺の屋敷などからの通報があったろうし、事前に働きかけがあったらしい。プラムの死、上手くいけばヨウの死を、闇から闇に葬ること、襲撃犯を上手くにがすことを依頼されていたのである。最悪の場合でも、襲撃犯の身元が判明しないように手をつくすことも約束していた。
 ヨウは、招かれて来たところ、屋敷が襲撃されており、助太刀に加わり、屋敷の者達と協力して、その全てを討ち果たしたが、屋敷側もかなりの死者が出た旨説明した。それに、彼女の意思ではなく、勝手に同意の言葉が口から出て、頷いてしまった。ヨウの説明は、前後関係も逆になっていたが、襲撃犯達は、彼女が成功しても、失敗しても襲撃することになっていたと、ヨウは彼女に告げていた。そして、彼女を売った連中も皆殺しをするよう命じられていたとヨウは付け加えた。
“こんな奴に、私が、私の国が助けられるなんて!”怒りさえ覚えたが、彼女には抵抗することすら出来なかった。気力すらなかった。
 ご丁寧なことに、ヨウは彼女を売った連中の、それを証明する手紙などをプラムに手渡した。彼が、彼女が、と思うと愕然する思いだった。中には、彼女のことをダークエルフ、エルフの恥知さらしの、どこの馬の骨かは分からない女という、罵りの言葉さえあった。ショカツの手紙にも、淫売、淫売との言葉があった。それにも、ショックを受けた。“あの方が。優しく接してくれたはずなのに…、約束してくれたのに。”
「50人の中に、13人もの忠義な臣民がいただけでも大したものだよ。誇ったっていいことだ。」
 ヨウは、役人達が来る前、力無くしゃがみ込んでいた彼女に、哀れみを感じさせる表情で語りかけた。
「あの女に関心があるわけではないだな?」
「だめだからな。もう、許さないぞ。」
「リリス、それにメドューサまでは許容しますが、これ以上は駄目ですよ!」
 すがりつきながら、睨みつける3人に、
「お前達の意志など関係ないが、その気はないとだけは言っておく。」
 それを聞くと、これ見よがしに、3人は彼にすがりついた。
「身の程を知って、マスターにお仕えすることだ。」
 センリュウが、プラムの耳元で囁いた。
 役人達の前では、何とかブルゴー公らしい態度をとっていた彼女だったが、ヨウがこの後の行動を指示して帰ると、また、腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまっていた。
 
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