第37話 旅路 ②

文字数 3,956文字

 「と言うことで、後はお前達でうまくやってくれ。アルディーン様には、私から事情を説明し、副知事だったお前が知事代理となっていること、お前を新知事に任命するのが適当だと手紙を書くから、それを添付した報告書を送ればよいだろう。」
 翌日、殺した前知事の首を傍らに置きながら、ヨウは副知事だった女と大行政官の男とを跪かせて、命じていた。“文面を如何するかな?、前知事を残しておいた方が、よかったかも知れないな。”と少し後悔していた、ヨウだった。“まあ、この2人の方が、ずっとずっと賢明なようだから…まあ、よいか…。”跪く2人は、ことの経過も忘れて、彼に忠誠を尽くすことを、約束しているのを見ながら、ヨウは思おうとした。“逆らえないことを分かっておらんようだが。”“あとで、慌てて嘆くんだよね、大抵はそうだから。”“まあ、後で分かることですから、教えてやる必要はありませんわね。”リリス達は、彼女らを見てほくそ笑んでいた。
 ただ、2人は能力は高かった。2人はてきぱきと彼ら自身の仕事をし、とりあえず知事の館を整理して、州都に混乱を生じない状態を維持した。そして、今回の襲撃の首謀者を洗い出した。異教徒との和平に反対する宗教指導者が、直接前知事をたきつけたのだが、その後ろにアルディーンの宮廷高官がおり、暗殺教団の一派やその他も加わっていることも、突き止めた。
“あの爺さんの返事が来るまで、つまらない種を潰しておいてやるか?”と思いつつ、
「この先の訪問先への、アルディーン様の紹介状のある国々だが、調整をしておいて下さい。前知事は、多分、していなかったでしょうから。」
“その他が、いなくなってから、害虫退治は話しておこうか。”今は、その他多数の役人、軍人がいたからである。
「はい。確かに、おっしゃるとおりです。すぐさま手配しましょう。」
 副知事の女は、頭を下げた。同時に、大行政官も頭を深々と下げた。“こいつらの護衛は、この10人でいいか?かなり実力はありそうだからな。”マリアが見つくろって助けた10人の騎士、魔道士などを見ながら考えた。
「それで、まずはどこからだ?それで何時やるのだ?」
 リリスがわくわくしながら、尋ねた。彼女は、物足りなさ過ぎたという顔である。それは、メドゥーサとマリアも同様な顔だった。
「まずは暗殺教団の一つを潰そう。」
「一つだけですか?全て根絶やしにしませんか?どうせ、人殺しの集団でしょう?」
 マリアが不満顔で言った。
「どうせさ、麻薬で信者にして、暗殺者に仕立てる奴らだしね。」
 メドゥーサも同意した。
「麻薬で眠らせて誘拐した若者に、美女達との快楽三昧を味合わせて、再度麻薬で眠らせて、元の貧乏な家に戻して、天国から戻されたのだ、再度天国に行きたければ、神の命令を全うしろと。」
「本当に、悪趣味な連中だよね。一気に潰しちゃおうよ。」
「そいつらの教団は、多数に分れているのか?面倒なくらい、各地に割拠しているのか?」
「だから、全部潰すのは大変だし、時間がかかる。」
 リリスの質問に答えながら、"そういうだけの教義で成り立っている教団ではないんだがな。へたに潰すと、宗教的な反発もあるからな。"と考えていた。
 それから数日後、28聖徒南部派の教主は、
「そうか…あの小憎らしい異端の女とその一派は、全滅したか?偉大にして、全能の、唯一の神に感謝を捧げなければ…な。」
と使者の報告を聞き終わると、静に立ち上がり、その場で神に祈り始めた。厳かな、敬虔そうな立ち居振る舞い、若さから経験による聡明さがにじみ出る年齢に達していた茶髪逞しい男は、内心では気力を失いかけるのを、何とか押しとどめるので精一杯だった。
「あいつも…あの女も…あいつらの前で絶望したのだろうな?この私が、今生きているのは、あの女の死のおかげ…なのだな。」
 そう思うと、寂しく思えてきた。
「ゴセイとやら…この選択をした理由は…なんだったのか?」
 あの日、大音響と振動にただ事ではないと判断した彼は、教団幹部の説明を止め、状況確認を近臣達に命じ、全体への指示を出しやすくするため、執務室を出て、大広間に向かった。傍らの2人の妻妾は、もしものことがあるかも、と思い、奥に下がらせた。
 大広間に入ると、文武の幹部達の何人かが集まってきていた。彼は、彼らに一瞥を与えつつ、一段高い教主の座についた。
「教主様。申し訳ありません。まだ、何があったか、起こったのか、掴んでおりません。」
 傍らで囁いた、彼とあまり背丈の変わらない金髪の若い女騎士だった。彼女も彼の妻の1人だったが、その文武の実力を彼は頼りにしていた。
「そのために、皆を走らせているのだ、慌てるな。それに、お前がここにいる。それだけで、まずは安心だ、私は。」
と彼女の方を少し向いて囁いた。さすがに、彼女は嬉しそうな表情を見せた。顔を正面に向けると、幹部達に次々と指示を出し始めた。そして、彼らが動きはじめた時、全てが止まった。振動も音も、なくなった。広間の出入口から、見知らぬ、やや背の高い、黒髪の戦士が入ってきた。
「何者だ?教主様の前で無礼であろう。」
 女騎士が、剣の柄に手おいて叫んだ。その男は、意外にも、一礼してから、跪いた。
「失礼。ゴセイ・ミョウヨウと申します。教主殿。この城は、既に我らが占拠しました。抵抗なさらず、私の指示に従うようにお願いします。」
 彼は、ゆっくりと響く声で言った。いや、彼の声が、頭の中に響いたのだ。
「何を言っている!」
 乱心者を捕らえよ、と命ずる前に彼の臣下達は動いた。が、彼が背中の超長剣に手を置くと同時に、彼に迫った男女の何人かは血を噴き出して倒れ、何人かは弾き飛ばされて、床や壁に叩きつけられた。教主は、指輪の魔法石を発動させ、強力な防御結界を張った。女騎士が、彼の前に盾になるように立った。だが、指輪の魔法石が見る間に崩れ落ち、女騎士は声もなく、崩れるように倒れた。思わず立ち上がろうとした彼だったが、肩を押さえつけられて、動きが止められた。
「もう、あなたの手札はないのですよ。」
と女の声が、耳元で聞こえた。
「全員、もう直ぐ死ぬ程度にしておいた。どうする?」
「迷っていたら、助からなくなるからね。」
 いつの間にか、ゴセイと名乗る戦士の両脇に、長い黒髪の女と赤髪を短く刈った女が二人たっていた。
 彼は、状況を理解した、この時。
「館は崩壊し、瓦礫の中には死体…バラバラだったり、黒こげ、はては炭になったものが…、と。」
「そうか。ご苦労だった。下がって、休め。」
 そう言って、彼は椅子に体を預けた。
「大丈夫ですか、教主様?」
 心配そうに女騎士が顔をのぞき込んだ。
「大丈夫だ。心配するな。」
 瀕死の彼女が、何もなかったかのように立ち上がった姿を思い出した。“あの女は、選択の余地を与えられたのだろうか?”
「ミョウヨウ様の命令に従うしかないのだな?」
「はい。残念ではありますが。」
 二人は、力なく見つめるばかりだった。“とにかく、私は生きていて、大事なものを失わずにすんだ、その幸運を喜ぶべきなのだろうな。”女騎士の手を取った。その彼に、温かい視線を送る彼女の後ろに、私達もですよ、という表情をした、彼の妻妾達の姿が見えた。1人欠けていた。
「お前を裏切り内通していたから、腹の中の子供共々殺しておいた。お前の子供ではなかったし、当人もまだ気づいていなかったから、別に気に病むことはないぞ。」
と、ゴセイ・ミョウ・ヨウから、聞かされた。本当は、ゴセイは、殺さないで…と後から思ったが、マリアがあっさり殺してしまったのだが。
「言っておくがね、あなたを助けたのは気まぐれだ。その代わりに、他の教主と教団が犠牲になった。彼らの犠牲に感謝することだ。あ~と、それから、協力を求めて来る奴らがいるが、仲良くやっていくように、これは命令だよ、絶対だ。」
 それが、何を意味しているのかは分からなかった。分かったのは、翌日のことだった。
 境を接している、厳密な境界線があるわけではないのだが、隠れ七聖徒北部派の女教主が、憔悴しきって友好と協力の要請に自らやって来たのだ。彼女との会見の最中に、28聖徒南部派の壊滅により、境を接する、その空白地域の争奪戦を演じることになるはずの12隠れ聖徒黒派の教主である男が、僅かな供回りでやって来て、友好と協力を要請したのである。両者は、ヨウにより、かなりの戦力を失った。敵対する余裕がないどころか、このままでは自分が周囲の狩場になりかねない状況になっているのである。この二つが、他派に奪われたら…。三者の協力は、必要不可欠だった。
“あいつの言ったのは、こういうことだったのか?”
 その頃、ゴセイは、精神修行派の大尊師の1人との会談を終わったところだった。会見と言うより、一方的にゴセイが、彼らの唯一神教の教義と精神を神と合一化する意味を聞かされた、教えを受けた感じだった。
 深々の礼をした彼に、大尊師は満足そうに微笑して、その会見は終わった。
「あれでいいのか?お前に従うようにしてやれるものを。」
とリリスが不思議そうに、小さな声で、会見の広間を出てから言った。
「あの、大尊師は、あれで満足した。私に敵対する言動をする気は、なくなった、それだけで相手の結束をかなり削いだ。それでいい。」
“話の内容は中々面白かったがな。”と思うゴセイだった。片や、リリスは、それ以上は、言わなかったが、分からん!という顔をしていた。ため息をついてから、
「お前がそう言うなら構わん。」
「まあ、ある程度、私の手の者は、あの信徒の中に潜ましている。そいつらが、上手くやってくれる。」
「全く、お前は人が悪い。」
 リリスは、そう言って抱きついてきた。
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