第20話 その夜

文字数 3,226文字

 予測通りにやってきた、少数の奇襲部隊が、三隊だったが、リリスによって、二隊は血祭りにされた。一つは、黒炭にされた。もう一つは、どういう連中か判別できる程度に殺した。最後の一隊だけは、哀れにも生きたまま手足の関節を折られた上で拘束魔法をかけられ城内に転送された。彼らは気がつくと、自分達の左右に黒炭の山と惨殺死体の山を見て唖然とした。各隊一人は、かなり魔法の使い手、ハイエルフや魔道士がいたが、如何することもできなかったのだ。
「ハイエルフも、ざまあないな。まあ、リリスの姐さんの前じゃな。」
とは、ハイエルフのユダだった。
「全く、自分がハイエルフのくせに、よく言うぜ。」
「まあ、お前は魔界のダークエルフですら、天使にみえるような奴だからな。」
 彼女の後ろから、野次がとんだ。振り返って、一睨みしたものの、彼女は怒ってはいなかった。ニヤリとしただけだった。
「マリア様の手伝いに、回復魔法を施すんだろ。ハイエルフとしての力はあるだろう?」
 神族のロキが、肩に手を置いてたしなめた。
「分かってるよ。」
 大人しく従った、彼女にしては珍しく。マリアがチラッと睨んだのに気がついたこともあるが。
 この戦いの翌々日、先勝の宴が、開かれた。かなりケチろうとする相手を説得して、酒や食べ物も出させた。ゴセイは、乾杯の音頭をとると、そそくさにその場を離れた。リリス、メドゥーサ、マリアは警戒のため、城壁各地に配していた。警戒のためというのは見せかけで、誘っているのである。彼が、一人になって暗がりに一人になっているのも同様なことだった。
「ミョウ様。」
 声をかけてくる者がいた。ロキだった。しかし、
「お前は誰だ?」
 相手が身構える暇もなく、彼の背中の超長刀が抜かれ一閃していた、血が吹き出した。続けざまにみぞおちあたりに蹴りを入れて飛ばした。
「身の前にいるのが、強制契約を交わされた奴かどうかはわかるんだよ。」
 彼が呟くと、ザッと3人の影が現れた。
「3人?4人か、いや5人だな。」
 こちらは、聞こえるように声を出した。それでも、4人目、5人目は姿を現さなかった。動揺もせず、躊躇もせず、3人は同時に連携のとれた攻撃を仕掛けてきた。ナイフが飛んできた。短槍の使い手が飛び込んでくる。その影に隠れるように双短剣使いが斬りかかってくる。それを避けると、拘束魔法がかかり、頭上から火球が落ちてきた。“4人目は魔道士か。”それを中和し、弾き返すと、また3人の連携攻撃が襲ってきた。単槍使いの槍が真っ二つになり、血が吹き出るのと、飛び込んだ双短剣使いの胸が剣に突き抜かれ、ナイフが叩き落とされるのが殆ど同時に見えた。後方の魔道士が声をあげて飛び出してきた。彼女の背中にナイフが突き刺さっていた。
「へ?」
と驚くナイフ使いは、気がつくとヨウが目の前にいて、自分から血が吹き出しているのを見た。
「お前の必殺の二本を使わせてもらったよ。あらぬ方向、隠れてというのはな、注意していれば、かえってわかりやすいものなんだよ。その上に、放った人間が勝手に油断してくれるから、やりやすい。」
 そう倒れている男に呟いていると、複数の矢が飛んできた。“エルフの矢だな。”避けても、方向を変えて迫ってくる。
「小進火。」
 彼の周りに迫った矢が次々に焼き落ちた。が、一本が焼けずに迫った。
「ぎゃあ!」
と少し離れた木から、エルフの少女が落ちてきた。背中に火傷をしていた。それでも立ち上がろうとした彼女の胸に矢が突き刺さった。
「私の矢?」
 それが分かった時には、袈裟懸けで斬られていた。
「己の矢に私が、刺し貫けられることのみに、夢中になっていたから、自分に返ってくる矢を見失ったんだ。」
 誰に聞かせるでもなく、また口に出た。
「思ったより早く終わったな。上達したものよな。」
 頭の中に声が響いた。
「そちらも終わったか?」
「たった4人じゃ。一瞬で、灰だ。」
「僕だって、4人、直ぐに終わらせたよ、ボロボロにしたよ。」
「私も。6人でしたが、同様でしたわ。八つ裂きにしておきましたわ。」
「何でマリアが6人で、僕が4人なんだよ?」
「我を見くびりおって・・・。」
「私に文句を言わないでくださいます?」
「まあ、回復魔法の使い手をまず先に殺そうというところだろさ。それで、誰も生きていないんだな?」
「あ、すまん。」
「あっと…。」
「つ、つい…。」
「センリュウは?」
「3人です。え~と…。」
「仕方がない。ここにいるだけでいいか、マリア、直ぐに来てくれ。」
「我の回復魔法が劣るというのか?」
「マリアばかりずるいぞ!」
「リリス。多分、監視役が離れたところにいるはずだ。そいつらを見つけて、殺してくれ。メドューサ。夜襲の兵が近くにいるはずだ。センリュウと叩いてくれ。」
「しかたがないのう。」
「分かったよ。」
 不承不承納得した二人を尻目にマリアはすぐさま転移して来た。その顔は、勝ち誇っているような笑顔だった。リリスとメドューサが見たら、怒りの炎が後ろに現れ、センリュウが3人を見て呆れたろう、と思った。“いや、あの二人のことだ、見ているだろうな。こいつ、それを知った上で。”
「さあ、ゴセイ。は、じめ、ま、しょう。」
 そう言って、体をすり寄せるマリアを止めることはなかった、それでも。
 マリアの回復魔法は、瀕死の、臨死体験をしているだろう連中を、生に引き戻してしまった。
「2、3日は動けない程度に回復させますね。」
 マリアはゴセイの意図を察したように言った。この場で完全復活させても、彼らはゴセイに逆らえない、危害を加えることは困難だったから問題は全くなかったが、マリアの力を隠すためには、それがいいと思った。ロキに魔法で化けていた少年が次第に姿を現していた。神族ですらなく、ずっと背が低く、女達の取り合いの対象には、まかり間違ってもならない、小太りの男だった。そうこうする内に、ロキもやってきた。その顔を見て、ゴセイは思わず吹き出した。
「どういうことですか?」
 ロキが、怪訝そうな顔になっていた。
「いや、肥満した君は見てみたいなと思ったところなんだ。」
 意図の分からないロキは、目を白黒させるだけだった。
「愚かな?」
 かなり動けるまでに回復力するには、数日かかる程度にマリアが回復させた少年少女をロキが指揮をして運んでいくの見送りながら、マリアが吐き捨てるように言った。
「どうした?」
 ゴセイは、ロキ達に視線を向けたまま尋ねた。
「彼らの記憶も覗きましたの。どいつもこいつも…。」
 優しい母のようなものが、その中にあったという。
「醜い女!」
 マリアは特に強調した。
 自分達を拾い、助け、生活の場も目的も与え、導いてくれている、理想家の、父のような、兄のような、師のような男。
 その二人の元で、喜々として、暗殺者としての厳しい修行を、暗殺を行っている。
「この程度の待遇で…。あなたの使用人の方がずっと良い生活ですのに。それが分からないくらい信じていて…。」
 ゴセイはマリアの顔を見た。その顔は、彼らに同情しているのでも、義憤を感じているのでもなかった。彼女は抱き寄せようと思えばできるほど近くにいた。実際、ゴセイは、マリアを抱き寄せた。彼女に尋ねようとした。その時、頭の中で声が響いた。
「監視していた奴ら、その中継の奴ら、まとめて炭にしといた。後はおらん。ついでに、全体に探知結界を張ったから、これから、そっちに行くぞ!」
リリスだった。
「僕も、夜襲に来た奴ら、皆殺しにしたから、今すぐ行くから!」
メドューサだった。センリュウは、その場に留まるようだった。
 マリアの頭の中でも鳴り響いていた。二人は同時に苦笑した。すかさず、マリアが唇を重ねた。
 リリスとメドューサが現れた時には、ゴセイとマリアが濃厚な口づけを交わしている最中だった。それを見た二人は声を出す前に、争うようにゴセイに抱きついて、唇を重ねてきた。そして、無理矢理自分達の舌もねじ込んできた。
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