第3話 あれからの30年 2

文字数 3,024文字

「足下を気をつけろ。」
 坂道で、でこぼこになって、足を取られやすいところにきたので、ゴセイは注意した。足下を慎重に確認しながら、リリスは、
「お前は封印後、どうしたのだ?」
「ああ、直ぐに解いたさ、あんなものは。そしたら、高い空から落っこちてしまった。地面に落ちた時は、死んだ方がいいと思うくらい痛かったよ。」
 大きな穴ができた。その底に埋もれた。そこからはいあがった時、兎に角、かなり遠くに飛ばされたとは感じたが、正確な場所が全く分からなかった。
「とにかく、そこから歩き始めて、近くで見つけた農家に、記憶を失った傭兵として、転がり込んだ。そこの奴らに、住まわせてやるからと、奴隷のように扱き使われたよ。」
「そんなところ、略奪でもすればよいだろう?」
「正体を隠したいと思ったし、農家の暮らしに興味もあったし、最後は皆殺しにしてもいいと思っていたからな。それで、2年弱、扱き使われた。」
「皆殺しにしてから出たのだろうな?」
 ゴセイは、リリスを見つめたが、すぐに、小さく溜息をついてから、
「一年以上たって、自分のいる場所も分かったし、周囲の事情も、ロンバルディアなど情報、風の噂程度だが、分かったし、これ以上留まって扱き使われるのを我慢する必要もないかな、と思ってる矢先に、大きな動きがあった。」
 かれは、リリスの質問に直接答えることなく、話を進めた。“殺さずに出たのか、結局。本当に、相変わらず、甘い奴だ。”殺戮の話が好きなわけではない、いや自分の行うのは快感をそそるし、ずっといいが、少しは話もいいとは思っていなかったわけではないが、ゴセイが虐げられたままなのが嫌だからだった、加害者達が当然の酬いを受けることを望んだだけである。ある意味、勧善懲悪の自然な感情ではあった。
「魔獣が出て、領主が退治することになって、村々から人間を徴発した。これ幸いに、あいつらは、私を差し出したのさ。まあ、その時、活躍してしまって、その直ぐ後に、領主が出陣するときに、まっ先に徴発されてしまった。」
「何処にだ、その領主の出陣は?」
「私が落ちたのは、ロンバルディアからずっと東のサモス王国だった。ロンバルディアの内戦に始まる戦いに参戦したんだ。」
「ロンバルディアに行っては、不味かったのではないか?お前を知っている者もいよう?」
「荷物運びに毛が生えたような存在だから、目立たないと思ったし、私のことなぞ忘れられてしまうような、大きなことがあった。」
「何だ?」
「ロンバルディア皇太子が暗殺され、大乱が起こった。」
「ああ、あのおぬしのことを買っていた、皇太子か。」
 あの戦いが終わって、各国の軍も、諸侯の軍、勇者達のパーティー、傭兵隊も引き上げてしばらくたってから、彼は父、皇帝への報告のため、父のもとに参上した。そして、そこで暗殺された。皇帝に拝謁する場合は、武具は着けないことになっている。丸腰の彼は、呆気なく殺されるしかなかったのだ。
 父皇帝の勅命だった。しかしそれは、彼の年若い寵妃が、高齢で病がちな皇帝を唆したものだった。ある日彼女は、病床の皇帝に、
「私を処刑して下さい。」
と泣いて嘆願した。皇太子から贈られた菓子を、愛猫が囓ったところ、死んでしまったと。
「皇太子様は、私と私達の子が憎いのです。私は、恐ろしくてなりません。どうか、親子共々、死を命じて下さい。」
 彼女は、一年前、男の子を出産していた。美しく、賢く、甲斐甲斐しい彼女を溺愛していた皇帝に、彼女に逆らうことは不可能だった。
「あの、お前にちょっかいをしきりにかけてきた、いけ好かない、小賢しい女だな。」
 憎々しげに、リリスは言った。
「美しいお前に嫉妬していたのさ。」
 皇太子が高く評価していた彼らを、取り込もうとしていたのかもしれない。皇帝は、息子の死後、それ程日を経ず病没してしまった。彼女は、もちろん幼い息子を即位させた。しかし、それで終わるわけがなかった。皇太子妃とその子供達も、皇族達も健在で、しかも、彼らは他国との関係もある。直ぐに、内乱が勃発した。彼女は、早い段階で息子共々殺された。しかし、それで騒乱は終わることなく、拡大する一方だった。
「あの皇太子は、お人好しで、夢想家で、馬鹿正直で、甘過ぎる大馬鹿野郎だったが、政治、軍事、外交の才はないわけではなかったし、理想への実現の過程もわきまえ、堅実さ、慎重さ、大胆さ、むちとあめの使い方、使い分けも心得ていないわけではなかったからな。帝国を中心とした秩序は、奴という存在が辛うじて支えられていた。」
 それがなくなった時、個人の野心から始まり、全てが重石を外されたように、抑えが効かなくなったのだ。
「賢さというのは、馬鹿だということだ。」
“あの、馬鹿がつくほどのお人好しの皇太子の下なら、子供のような弟として、彼女の子は可愛がられ、庇護されたろうに。”
「あんな女に同情する必要などはないぞ。だが、そんなクーデターで内戦が始まるなど、良くあることだろうが。そんな大乱になるのか?」
「経済も社会もな、変わっていたのさ。」
 地域には、主要な都市なり中心がある。さらに、その内部にはそれとネットワークで結ばれた小地域の中心都市、地区があった。それは、大中心と結びついていることで繁栄すると同時に、自立性も強かった。各地方は、その中心を手にすることで地方の覇権を手に入れられた。帝国なりの大国は、大中心を領有し、地方の小中心を確保することで、地方統治なり、自分の都合の良い勢力を擁立することが出来るし、地方での勢力争いは、そこの確保ができるかどうかで勝敗がつく、いや、かつてはついていた。それが、地方全体での経済の発展で、中心以外でも戦い、抵抗し続けることが出来るようになっていた。だから、戦い、分立は終わらなくなった。
 それは、今までに例の無い、最強にして、最凶の魔王の出現で、各国、各種族が連合軍を作ったことで、否応なく、各地域が結ばれ、交流することで促進されていたのだ。それを指導したのが、結果としてこうした経済、社会の動きを促進させたのが、あの皇太子だったのであるから、かの妃は、彼に復讐されたことになるかもしれない。
 そして、多くの国々、種族が結びつけられたことで、互いに関係を持ったことで、今度は争いに複雑に関係することになったのである。人間達の争いに、エルフも、オーガ、オーク、ドアーフも加わることになり、当然、その逆も生じた。
「そして、あの魔王が失脚して、魔界が、魔王の乱立状態になったこともあって、魔族の力を借りる者が出るわ、魔族に手を貸す奴らもでるわとなったわけだ。」
 彼は、少し悪戯っぽい表情を見せてから、
「だから、私達のことは誰も思い出すことはなくなったのさ。」
「お前と組んずほぐれつした、あのブス魔王は失脚したか。」
 少し思い出し、嫉妬するような目で見つめ、そして、ざまあみろという風に笑った。
「まあ、そのことは忘れてやろう。だが、アーサー達は忘れていないだろう?」
 リリスに指摘されて。彼の顔は、今度は悲し気なものになった。
「奴は相変わらず馬鹿だった。相変わらず、立派な勇者様でいようとした。だから、結局、暗殺されたよ。私が、徴発され、その隊が戦いに捲き込まれ、その中で戦士として認められるようになり、そのうち、傭兵として各地をまわりはじめて、しばらくたった頃だ。勿論、毒殺だったよ。」
「誰が犯人だ?仇は討ったのであろう?」
 
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