第5話 メドゥーサ

文字数 3,162文字

 二人は、山を降りた。道をしばらく行くと、そこには、死臭が漂っていた。転がる死体の間に、赤毛の女が、寝ていた。リリスよりは背は少し低いようだったが、平均よりは高い、着込んでいる簡易な鎧は、彼女のややスリムだが、魅力的な容姿をかくすことは出来ていなかった。
「おい、メドゥーサ!死体は、ちゃんと処理しておけ。もう臭ってきているし、臭いを嗅ぎつけて、野獣やら魔獣が来たら面倒なことになるだろう。」
 足下の女を見下ろして、叱りつけるように言った。女は、むっくりと起き上がり、胡座になって彼を見上げ、
「だってさ、ゴセイがいなくなったら、男どもが直ぐ襲いかかってきたから、皆殺しにしてやったんだよ。あっちから手を出してきたら、殺していい、と言ったろう?だから、皆殺しにしてやったんだ。そしたら、女どもがキャーキャー煩く騒いで、生意気に敵討ちだなんて襲ってきたから、ゆっくりと、連中に淑女のお淑やかさを教えながら、殺しただけだよ。その後はさ、馬だとか荷物をまとめて、整理してさ、それが終わって、一休みしていただけさ。大体、ゴセイが…。」
 彼の後ろで睨みつけているリリスの姿が、彼女の目に映った。すると突然甘える表情になったかと思うと、
「ゴセイ~、本当は怖かったんだよ~!」
と飛びつこうとした。
「痛~い。なんだよお?」
 直前に、ゴセイの手刀が炸裂したのだ。その直後、彼は背中に、凄まじい圧迫感を感じた。
「お、お前は~、あ、あの時の~。」
 リリスの顔が怒りで真っ赤になったが、その頭に彼の手刀が叩きつけられた。
「痛!なんで…。なんのつもりだ?そもそも、我らが封印されたのは、こいつのせいではないか?その魔王がどうしてここにおる?!」
 リリスの剣幕は激しかったが、メドゥーサは、揶揄うように笑いながら、
「だってさー、僕はさ、ゴセイと組んずほぐれつの関係というかさ、痛て。また~。」
 また、彼の手刀が彼女に叩きつけられた。
「いい加減にしろ。」
 溜息をついてから、リリスを正面から見つめて、
「あの後、お前に半殺しにされた傷が元で、色々あって力を失い、失脚して憐れな状態になっていたのを助けて、部下にした。まだ、かつての半分も回復していないが、今乱立している魔王を親衛隊ごと壊滅出来る実力はある。」
「それなら、我はいるまい。」
と背中を向けた。出て行くというかのような行動をして見せた。それが出来ないのだが、真似だけでもしないと気が済まなかった。
「100%の力で、1/3の力のお前に半殺しにされた魔王が、お前の代わりが務まるか?務まる訳がないだろう?」
「し、し、仕方がないのう。やはり我がおらんとダメか?」
 振りかえった彼女の顔は、少し機嫌が直っていた。
「とにかく、まずは食事だ。」
 そう言って、ゴセイがテキパキと食事の準備を始めた。リリスとメドゥーサは、目が合う度に、睨みつけあいながらも、一体づつ死体から剥ぎ取れる物を剝ぎ取り、それが終わると、死体を黒炭にして、踏み潰していった。
「おい、魔王。」
「なんだい、魔女?」
「粉は吹き飛ばしておけ。カ…ゴセイに後で文句を言われるぞ。」
 リリスは、粉々にする度に風を起こし、吹き飛ばしていたが、メドゥーサはそのままにしていた。
「分かったよ。」
 メドゥーサは素直に、リリスの指示に従った。が、まとめて吹き飛ばしたため、砂埃まで舞ってしまった。“全く大雑把な奴だ。魔族だな、やっぱり。”と思ったが、口には出さなかった。それよりも、“あの魔王を手駒にしたか。それに、幾つかの国で貴族になったと言っていたが、かなり手駒を作っているようだな。我との30年は、殆ど二人っきりだったが…。我のいない間に…褒めてやらねばならぬか?”と思った、いや思おうとしたが、自分の知らない、他の者が彼と共有する30年間が出来ていることが、ひどく寂しい、侘しい、悔しいものに思えてならなかった。
 ゴセイが、食事が出来た、と二人を呼んだ。
「なんで、お前がそんなところにおるのだ?」
「そんなことを言うなら、その言葉をそのまま返してやるよ。」
 二人は争って、彼の左右に寄りそうように座っていた。
「まずは、食事にしろ。」
 リリスは、野菜と肉を煮込んだスープをすすりはじめた。メドゥーサはソースにつけて焼いた肉にかぶりついた。ゴセイは、パンにチーズを挟んで、スープにそれを一旦浸してから口に運んだ。
「どうして、あの魔王がお前の手下になったのだ?」
 肉を食べながら、リリスがあらためて尋ねた。すると、メドゥーサが話し始めた。
「あの後、僕が深手を負ったのをいいことに、次々に反乱が起きたんだ。その度に叩き潰したんだけど、そんなわけで回復している暇がなくて、ついに動けなくなって、幽閉。反乱者共を倒すことを大義名分にした大連合が生まれて、そいつらが勝利したけど、僕は解放されず、凌辱された上に、力の根源を奪われて処刑されたよ。そのくらいで、死ぬ僕じゃないからね。そして、復活して脱走したのさ。でも、力を回復する暇もなく、逃げた先で捕まって奴隷みたいにされて酷使される、の連続だったんだ。」
「ゴブリンに追われて、怯えて身を潜めていたところで、私と出会ったので助けた。そして、私達の部下にした。」
「怯えていた、というのは余計だよ。それからだよ、こいつと一緒に行動することになったのは。」
「しかし、よいのかこいつで?魔王の力を失ったのだろう?」
「あいつらは、そう思っていたけどね。まあ、僕以外の魔王は、魔王の根源を得て、それで魔王の地位に就いたようだけど、僕は違うんだ、僕自身の力さ。あれは、持っていた魔力とかそういうもの溜まっていた部分。一旦ゼロになったけど、食べて、寝て、動けばどんどん回復する。それも、今、体の中で膨れてきているだろうさ。奴らは、魔王の根源だ、と思って食ったけどね。大して役には、立たなかったはずさ、精力剤に毛が生えたようなものさ。」
「実際かつての半分弱程度には回復しているし、何人もの魔王を倒してきた。」
 ゴセイが補正した。リリスは頷いたが、
「それで、お主はこの元魔王を抱いたのか?」
 ゴセイが口を開く前に、
「そうだよ。僕との組んずほぐれつですっかり忘れられなくなっていてさ、もうそれは…痛!」
「お前が、抱きついてきたんだろ。なあ、リリス。」
 ゴセイはリリスの方を見て、
「お前は、私の一番だ、妻としても同志としても。かつても、これからも。そして、このメドゥーサをお前のいない間に妻とした、部下としたが、今でも、これからも妻だし、部下だ。それは、変わらない、変えない。それだけだ。」
 リリスは、大きな溜息をついて、
「メドゥーサという名は?」
「私がつけた。」
「こいつがつけた。」
 ゴセイとメドゥーサが、ハーモニーして答えたのを聞き、リリスは膨れたがそれ以上は何もかも言わず、パンをほおばった。
 翌日、ハムを挟んだパンを頬張りながら、メドューサとリリスは、また睨み合っていた。
「臭い匂いを、カ…ゴセイに擦りつけおって。」
「なにいっているのかな~。それはリリスの方じゃない?ゴセイの上になって、“我が必要なのだな、我にいて欲しいのじゃな?”とか言って、ネチネチと甘えた鳴き声で言っていたのを知らないと思っていた?」
「ふん。尻を突き出して、僕がいていいんだよね、とか、捨てないでよ、とか、でかい声で憐れな、下品な声で、大声で叫んでおったくせに。全部聞こえておったわ。」
 我関せずという顔で、二人にスープの入った容器を手渡すゴセイに、二人の視線が向けられると、
「リリス。お前は、色々な面で私の一番だ。妻としてもな。そして、メドューサは有力な部下で、戦友で、妻だ。それだけだ。いいかげんに、2人とも理解しろ。」 
と彼は、まるで子供を諭すように言った。
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