第70悔 開幕! 妄夢争奪戦

文字数 2,195文字


 「念の為に用意したこの衣装が、また活躍する時が来ようとは……」

 感慨深げに妄夢の衣装を着こむクリストフであったが、よく見ればそれらの意匠(いしょう)は在りし日の物から更新されていた。

 急ごしらえの革製だった仮面が、当初の構想どおりの鉄仮面となった。
 もちろん彼の思考を司る前頭葉たる(ひたい)には、マグアインブルグの象徴である“城門マーク”を。頭部全体は改めて妄夢に相応しい隆々と勃起した陰茎を(かたど)ったデザインにした。

 下半身も一部を除いて見事な組み合わせで稼働できる(よろい)と化した。
 その除かれた一部こと股間部を平常時は隠すために――いかにもデザイナーらしい発想で自身の工房のエプロンを改造し――左右で真っ二つに分かれる前マントを考案した。

 これが吉と出た。

 シルエットとして見た時、マスクはもとより全体がそのもの妄夢のメタファーとなって威風堂々さをより増した。
 そして、これがまたクリストフの白くて長くて太い妄夢とのコントラストで映えた!
 白い妄夢と黒い衣装がお互いを引き立てあった。

 大吉と言って差し支えなかった。

 ……しかし、クリストフにも誤算があった。


 なにっ! 出来る限り早く着替えたつもりだったが遅かったか! イサベラ様がもういない!
 クリストフは心中でそう呟き後悔したが、後の祭りだった。
 すでに、極大露出された妄夢が、五万の大観衆に初お披露目されていた。

 「ろ、露出狂なんかじゃない!」
 後悔三銃士リーダー・タイタスは、トスカネリに対する前言を撤回した。
 「あ、あいつは変質者です!」

 離れた位置にいるタイタスからでも、妄夢のそれはハッキリと見てとれた。
 ちくしょう! なんだあいつの……デケェや! そう言えば、アイツ――パスリンの若き後悔変質者“ジャック”の一物も見事なものだったな……何だい、何だい! 嫌なモノを思い出しちまった。……いや、待てよ。と言う事は、どういう事なんだ? もしかして……やっぱりシルレールも、あのくらいデカいモノがお好みなんだろうか? 違うか? 関係ないか? ああ、畜生! シルレール!

 大きさで言えば“超巨人”の足元に及ぶ程度だが、しかし、妄夢のそれはリアルに体感できる絶妙なグレードにあった。
 オブジェにしか見えない――あるいは物笑いの種である“世界蛇”よりも、“妄夢”は観客たちを恐怖に陥れることが出来た。
 
 観客席の男どもが揃いも揃って一番言ってはならないあの言葉を口走っていた。

 「「「「「「デカい!」」」」」」

 その讃辞によって妄夢が猛った。
 〈ドクン、ドクン〉と脈打つ音が、円卓のある議場まで届きそうだった。
 
 興味津々のファニチャードが耳に手を当てて何かを聴こうとしていた。その様子を見たエンリケ後悔皇子が焦り、専属のインペリアル・ガードに命じた。
 「奴をひっ捕らえろ! そして、露出の場にこの後悔会議を選んだことを“後悔”させてやれ!」
 
 特別誂(とくべつあつら)えのゲートを守らされていた、近衛騎士団の中でも特に屈強な者が選ばれる皇子本人のボディガード二人が、いよいよ自分たちの出番が来たと張り切って妄夢のいる観客席に向かって通路を走り出した。

 「穏健派のエンリケ様にしては珍しく強硬策に打って出たな」と後楯(リア・ガード)のカスティリョ。
 「たまにはそう来なくちゃな! 我々の腕も鈍る!」と血気盛んな矛先(フロント・ガード)クリムが皇子に感謝した。
 
 一方、円卓の側では、イヴァノフを気持ちよく犯していた宮廷道化師が、妄夢の登場で横槍を入れられる形となって気勢をそがれた為、腰を振るのを止め怒りに打ち震えていた。

 「あの変態野郎……! オイラよりデカ――いやいや、今宵(こよい)はきっと、おそらく新月。時空の歪みで遠くにあるモノほどデカく見える一か月に一度の特別な日。もとより、問題は実戦で使い物になるかだ! 直接、アレと(しのぎ)(けず)るしかないズラな!」

 そう言うとスピナッチは、イヴァノフの新しく再生したばかりの女股(めこ)から自慢のそれなりの巨根を引き抜き、やはりインペリアル・ガードの二人と同じ道筋で観客席に走り出した。
 
 「あれ? どうしたんです? もう終わりですかい?」と、押し合いをしているつもりだった近衛騎士ヒューゴがスクラムを解く。
 
 「バ、バカッ! まだ最後まで終わっちゃいない!」と、途中で(きょう)をそがれたイヴァノフが無念そうに、駆け出したスピナッチの背中を見た。

 「あ! 副長! あそこを見てください!」と、サントーメが観客席の変質者を指さすと、さっそく気を取り直したイヴァノフが興奮のあまり叫んだ。
 「ヒューゴ、サントーメ! アイツを捕らえろ! 代わりにアイツでスクラムを再開させるぞ!」


 この展開には、当の本人こと妄夢も救いの手が差し伸べられた気分になった。
 と言うのも、妄夢を振り上げたのは良いものの、肝心の皇女が帰ってしまったので振り下ろすタイミングを見失って、議場の様子をただただ見ているしかなかったからだ。

 奴らが群がって来てくれるおかげで何とか窮地(きゅうち)を脱せそうだ! 観客の声援は名残惜しいが、イサベラ様がいないんじゃあ仕方がない。混乱に乗じて控え室に戻って着替え直し、何事もなかったかの様にクリストフとしてまた円卓に戻ろう!
 
 そう計画を立てると妄夢は、これから始まる戦いへの準備として二度、三度右手で自身を(しご)いた……。



 第70悔 『開幕! 妄夢争奪戦』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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