第112悔 帰ってきた主人公

文字数 2,307文字



 晴れて“御女股桃色汗(オマンジュース)”に童貞を奪われたギッザゾズ・ガザザナは、正気を取り戻していた。

 それでも、客席の混乱はもはや収拾不可能な状態に陥っていた。ガザザナが、ファニチャードの従者を一刀両断して殺害してしまったためだ。
 この惨劇を目撃した観客たちの内、腕に覚えのある血気盛んな男どもがガザザナに私刑を下そうと議場内になだれ込もうとしていた。
 「あのデカブツ、許しちゃ置けねえ!」、「人を殺した上に、議場で性交までしやがった!」、「あのブツを切り落としてやれ!」

 これに対し、床に膝を突いて深々とオマンジュースに頭を下げていたガザザナが、(おもて)をあげてこう言った。
 「オマンジュース様。あとのことは自分に任せて、どうかここにいるみんなを連れてお逃げください」

 先ほどまでの粗野で暴れん坊なガザザナはどこへやら、その言葉には穏やかながら悲壮な決意が秘められていた。
 彼もまた『誰の女股にも()れられない図抜けた巨根』というトラウマ、コンプレックスを解消し――ニュー・イェアに近づいたのかも知れなかった。
 
 円卓の上に立ち協議場内の様子を見渡していたオマンジュースが、ガザザナの言葉を受け足もとを見る。卓の中央には、まだ二本のスパークリング・ワインが残っていた。

 今の私ならば、二本あれば充分に暴徒とも闘える! しかし、肝心の女股(めこ)はガザザナのザーメンで満たしつくされていて、発泡性のワインが入る隙間など一ミリリットルもない。もちろん、他の者の子種も! それに……ガザザナの子種をスパークリング・ワインで洗い流すことなど出来やしない。そんなことをしたら、せっかく改心したガザザナは悲しみ、二度と戻れぬ魔道に落ちることになるだろう。私にはわかるのだ。トラウマを克服した今――確かに私は他人の痛みがわかる“新人類(ニュー・イェア)”になったのだ!

 エンリケ後悔皇子が『大後悔宣言』にて提唱したとおりのやり方で、“黒鉄の狼”は“御女股桃色汗(オマンジュース)”になった。それが果たして本当に進化や革新と呼べるものだったかはさておき、少なくともイヴァノフは、自分自身とガザザナの心を救ったのだ。

 何かを思いついて(うなず)いたイヴァノフが、二本のワインボトルを手に取って、その片方をガザザナに投げてよこした。
 「何かあったらそれを飲め。そして、暴れろ。何があってもエンリケ様をお守りするのだ。今から貴様は、近衛騎士だ」

 「おお! ありがたき幸せ!」
 自分自身の暴力性を(かえり)みて、出来るだけ他人と接することのない木こりという仕事を仕方なく選び、あるいは生活費のためにサーカスなどのイベントに参加して来たガザザナにとって、それは――初めての誇り高き仕事となった。
 
 そうこうしている内に、暴徒が特別誂えのゲートをくぐり、議場になだれ込んで来た。
 「いたぞ! あのデカブツを切り落とせ!」、「そしたら、あの女もヤっちまえ!」

 ファニチャードの従者の血に塗れながら、心底、後悔して(ひざまず)いていたエンリケの前に、円卓から女股長(めこおさ)が降り立った。
 「上から失礼しますエンリケ様! トスカネリ殿とファニチャード嬢、書記の方と共に一旦、円卓の下にお隠れください! なんとか私ども近衛騎士が耐えしのぎ、突破口を見つけ出します!」

 この提案にどういうわけか、エンリケが一瞬、渋った。
 「円卓の――! 否、それはできぬ。このエンリケにとって、今の円卓は――」

 そのとき――円卓の下からエンリケを呼ぶ声がした。
 「皇子! エンリケ皇子」

 「えっ?! その声は!」
 キャスの声ではないとすぐに察知した後悔皇子が、円卓の下を横目でチラリと確認すると、心の底からの大声で叫んだ。

 「Yeah(イェア)!」

 そこにはなんと、一般招待枠で議場メンバー入りしたものの、イサベラ皇女に気味悪がれて円卓をあとにする羽目になったフェルディナンド・ボボンがいた。

 彼は、めくれあがった絨毯(じゅうたん)の下から上半身だけを出して、後背位で果てたまま前に突っ伏した後悔三銃士キャスの両腕を引っ張って、床下に回収しているところだった。
 円卓の下――つまり円形協議場の真ん中の床下には、いざという時のための緊急避難用地下通路が用意されていたのだ。

 「ボボンさん! どうしたものかと心配しておりましたのです!」 
 もはや、エンリケ以外に彼の存在を記憶している者はいなかっただろう。
 「それにしても、どうしてここに?」

 フェルディナンドが、キャスを床下に引き入れる作業を中断することなく言った。
 「あなたの御姉さまですよ、皇子。イサベラさまが教えてくださったのです」
 
 「姉上が?!」

 さすがの完璧超人イサベラは、エンリケがやろうとしていることを彼本人よりも熟知していた。
 この協議場建設の提案はもちろんエンリケのものだったのだが、設計自体には深く関わらなかったため、彼も隠し通路の存在を知らなかった。
 しかし、イサベラはエンリケの『大後悔宣言』以後、弟の動きを密かに監視しつづけ、協議場建設の折にも設計士に対してある注文をつけていたのだ。
 それが、緊急避難用の地下通路であった。

 キャスを無事引き入れたフェルディナンドがエンリケに行動を促した。
 「詳しい話は、のちほど! さぁ、皇子も! 他の方々もここから脱出を!」

 円卓の下を覗き込んだ近衛騎士団副長も、瞬時に状況を理解してフェルディナンドに向かって(うなず)いた。
 「恩に着る! エンリケ様をお頼み申す!」 

 「了解、紫色担当! そちらも……ご無事で!」
 フェルディナンドはそう言いながら、イヴァノフの新しい姿を円卓の下から食い入るように見ていた。



 第112悔 『帰ってきた主人公』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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