第23悔 その毒蛇、円卓の下

文字数 2,452文字

 ノギナギータ・ソワルツの推理は当たっていた。

 『スピナチア』が炸裂し、グンダレンコ・イヴァノフがもんどりうって倒れたあと、後悔研究所所長はすぐさま三銃士の面々を呼び寄せた。

 「ギッザゾズ・ガザザナが無類(むるい)の酒豪だということは知っているな?」
 「え? あ、はい」
 三銃士リーダーは、スピナッチの乱闘の件ではないことに意表を突かれながら返事した。

 「では、酒乱だと言う事は?」とトスカネリ。
 「いえ、まぁ、ウワサ程度には……」と艶男(あでなん)ロニー。
 「今、彼奴(きゃつ)が議場の混乱に乗じて祝杯用のスパークリング・ワインを丸々一本開けるのを私は察知した」
 「え、まさか、いつの間に!」とキャス。

 「一度酒が入ったら最後。彼奴が暴れだしたら、ここにいる者たちだけでは収まりがつかんほどの酒乱だ。誰彼構わず暴力をふるい、記念すべきこの『第一悔 皇国後悔会議』を台無しにするだろう」との危惧(きぐ)を抱いたトスカネリがさらに続ける。

 「それにな、彼奴には困った性癖(せいへき)があってな」といって三銃士リーダー・タイタスの肩に手を置いてから、頭を振って嘆いてみせた。

 「若い女がいたぶられ、(もだ)え苦しむ姿が何よりの好物なのだ……。誰かに似ていると思わんか?」

 「!!?」
 タイタスは目の前が急に暗転するほどの衝撃を受けた。

 ――シルレールの件を知られている?!

 ルームから遠く離れたパスリンの郊外(こうがい)で起こった一つの“後悔”。

 確かに『後悔報告書』は書いたが、そこにシルレールの事――山脈と奥飛騨(おくヒダ)覆い姿のまま(はりつけ)にしたり、レイピアでその覆いを()ぎ取ろうとしたり、あまつさえもう一本の“レイピア”で彼女の貞操(ていそう)を奪おうとしていたこと――は書かなかった! なのに! 今の口ぶり……間違いなく知られている!

 タイタスの(ひたい)と、トスカネリの手が置かれている肩にジワリと汗が(にじ)んだ。

 「え、誰に似てるって?」、「誰のこと?」とロニーとキャス。 

 ニヤリと微笑むトスカネリが続ける。
 「見るがいい。今、彼奴はその興奮を必死に抑えている」

 確かにギッザゾズ・ガザザナは、周りが大騒ぎで『スピナチア』の事態収拾に努める中、ひとり、(もだ)え苦しむイヴァノフを()めるように見ながら、しかし、何かを(こら)えているかのように静かに椅子に座ったままだった。

 「彼奴にも雀の涙ほどの理性があると見える。だが……」とトスカネリ。
 「酒が回り始めたら、それも無理だろう。若い穴とみれば、時と場所など関係なく犯し続けるだろう! このままでは、背骨を折られたイヴァノフか、あるいは救護係長ナナイか、最悪の場合――その隣にいるファニチャードが彼奴の毒牙にかかるだろう。その前に……」
 そう言うと、今度はキャスの肩に手を置く後悔卿。
 
 「“毒抜き”をせねばならん!」

 今度は、キャスの脳内が暗転した。

 普段はのんびりした性格だが、この場合の“毒抜き”の意味ぐらいはわかる。
 自分の体に極端なコンプレックスを抱き、代わりに“技術”を磨いてきた自負が確かにある。あるにはあったが、なぜ、その事実をトスカネリが知っているのか?

 マウント・ノギの山小屋での一件を思い出し、改めてキャスはトスカネリという人物が怖くなった。

 ロニーが小声でタイタスに詰め寄る。
 (ダメだよ、隊長! キャスにそんなことさせられない! 僕が代わりにやるよ!)
 すかさずトスカネリが割って入る。
 「駄目だ。今が何の会議中か知っておろう? “後悔”会議である。貴様では“後悔”にならぬではないか」
  
 ロニーも暗転し、絶句した。
 
 するとキャスが涙ながらにタイタスに向かって
 「団長、私……やります」と決意表明した。

 「ば、馬鹿野郎、おま――しか――良いのか?」
 タイタスは一刻も早くこの場所から去りたいと思っていたため、少しぞんざいにキャスを扱ってしまったことを、あとになってから後悔した。

 「よし! では改めて指示を出す」
 そう言うとトスカネリは三銃士の面々にそれぞれ命令した。

 「キャスよ、“毒”を抜け! 後始末も奇麗にな」
 「はい」
 静かに(うなず)いてキャスは、混沌とするイヴァノフ周辺をしり目に、円卓の下に潜り込んだ。

 「ロニーよ、貴様は私の代わりに“毒”が抜ける瞬間を目撃せよ! 抜けたことが確認出来たら、その(かたわ)らの角笛で知らせるのだ」
 「りょ、了解!」と言って両手で敬礼すると、ロニーは“毒抜き”の見える絶好の位置を探すため、円卓の周りをぐるぐる回りだした。

 「タイタスよ、私の控え室に鋼鉄製のコルセットが置いてある。それを持ってイヴァノフのところに行くがいい。きっと彼女から褒めの言葉をもらえるだろう」
 
 「ハッ!」と、すぐさま駆け出そうとしたタイタスに、さらに後悔卿が声を掛けた。

 「それとな! 安心するがいい。“彼女”は無事だ。……一応は、な」
   
 「! ハハッ!」と言って控え室に向かって駆け出したタイタスだったが、背中には滝のような汗が流れていた。

 何て野郎だ! 何て地獄耳なんだ! なぜ、何でも知っているんだ!
 そして、トスカネリの言う“彼女”の意味を考えた。
 “彼女”って誰だよ! 妻のグィネスか? それともシルレールのことか? ちくしょうめ! シルレールッ! シルレールに会いたい!
 

 そうこうしている間に、遂にその時が来た。
 〈ヴュヴゥァ!〉

 ギッザゾズ・ガザザナが、果てたのだ。

 丁度、大観衆が〈ドッ!〉と沸いた時だったので、おそらく円卓のメンバーにも、この“隠れ口奉仕(シークレット・マウス・サービス)”に気づいた者はいなかったろう。

 健気にも必死に超巨大毒蛇の頭を(くわ)え込もうとするキャスの口の横から、尋常じゃない量の白い毒液がこぼれ落ちる。
 律儀な彼女は、それをすくい上げ再び蛇の頭から首にかけて塗りたくり、舌を使って丁寧に清めあげた。
 キャスは、すべての毒を飲み干したのだ!

 「あっぱれ!」

 叫ばずにいられないノギナギータが、そこにいた。もう事の真相はどうでも良かった。


 
 第23悔 『その毒蛇、円卓の下』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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