第8悔 幕開けの大後悔

文字数 1,824文字


 マウント・ノギのルーム神殿に集まった民衆の、どうしたら良いのか分からない、と言った感じのざわめきが事の次第を物語っていた。

 実際、目の前で突然予期せぬことが起きると人は固まって動けなくなるものだ。
 しかも、それが四百九十五段もの石段を転げ落ちるなどという馬鹿げた行為なら尚更(なおさら)だ。

 「エ、エリクソン殿!」
 最初に声を上げ、巨大なボロ雑巾のように地面に横たわる英雄に駆け寄ったのは、彼を蹴落(けお)とした張本人、タイタスだった。
 一気に石段を駆け下りて来た彼を民衆は呆然(ぼうぜん)と見つめる。

 タイタスが絶命寸前のエリクソンを慎重に(いだ)く。
 
 「い、いた……い……。痛すぎる……。こんな事――しなければ……良かった……」

 “救国の英雄”の口から、らしくない言葉が飛び出し、彼は再び気を失った。
 リゴッドの民は、心底驚いたに違い無い。彼の弱音など聞いたためしがないはずだから。

 と、同時にこんな事をすれば痛いのは当たり前、火を見るよりも明らかだからだ。

 その疑問を、エリクソンを抱くタイタスが必要以上に大きな声で問うた。
 「だったらどうしてこんな無茶を! 『後悔先に立たず』ですぞ!!」

  “後悔”――! 民衆はハッとした。

 そう、これは最初から“後悔”する事を目指して開かれた催し物だったはずだ!

 で……それはどうしてだったか?
 
 そのとき、ハッキリと通った声がタイタスの背後から聞こえて来た。

 「新人類である!」

 トスカネリだった。いつの間にかルーム神殿前の舞台から、石段の下まで降りて来ていた。後悔三銃士の残る二人も従えて。説明を続ける。

 「全人類が互いに尊敬し合えるようになれば真の平和が訪れよう。“心の平安”だ。その為の精神的革新が必要なのだ」

 三銃士の紅一点キャスが(たず)ねる。いささか白々(しらじら)しかった。
 「革新……それは人類の希望……ですね?」

 隣にいた角笛手(つのぶえしゅ)のロニーが独り言のように続けて言う。
 「希望……。しかし、その裏には絶望があり、それはやがて苦い経験となる」

 トスカネリがそれを聞き顔だけを振り向かせ答える。
 「しかし、苦い経験をすればする程、人は成長し、人に優しく出来るようになるのだ」

 隊のキャプテン、タイタスが(ひらめ)いた顔で叫ぶ。
 「つまりはそれが“後悔”か!」 

 「おお!」と民衆の一部が何かを理解したらしくどよめいた。
 するとそのとき待ってましたと言わんばかりの張り切った声で、民衆の中から聞き覚えのある声が(とどろ)いてきた!

 「そう! 後悔! それは人類誰しもが知り得る教訓!」

 民衆の人だかりが二つに割れると、その間からエンリケ後悔皇子がインペリアルガ・ガードを引き連れ悠々(ゆうゆう)と登場して来た。
 カリスマ性でトスカネリに(おと)るとは言え、一国の皇子が民衆の人垣をかき分けお出ましになる。
 観衆の心はいよいよひとつになろうとしていた。

 「そして、新人類! それは後悔する事の意味を充分知っている民!」

 トスカネリも叫んだ。そして、エンリケに中央への登場を(うなが)す。
 後悔皇子は、エリクソンを抱くタイタスとトスカネリの間の位置まで歩を進め、拳を振り上げた。

 「だからこそ我々は“後悔”したい! 後悔する事の意味を充分に知って新人類になる為に!!」

 そう言ってからエリクソンを指差し断言した。
 「彼は今、それを果たした!」

 そして、膝をつきエリクソンの肩に手をおく。

 「後悔したね」

 エンリケ後悔皇子がそうキッパリと言い放つと、民衆は「ヴァンダー!」と、一気にお祭り騒ぎとなった。
 
 エリクソン・シンバルディは全身二〇六箇所(かしょ)を骨折、一九一箇所の打撲でこの後半年間一センチメートルたりとも動けず、見事に皇国公認の初めての“後悔”を果たした。

 この“後悔”を皮切りに、皇国は急速に『後悔ブーム』に突入して行く事となる。

 時に地球暦1121年5月18日の事であった。


 「これはスゴい事になりそうだな!!」

 クリストフが祭り状態の民衆を石段の頂上付近から眺めながら言うと親友のフェルディナンドも同意した。
 「ああ! 全く新しい時代がやって来るぜ!!」
 クリストフが肘で(つつ)いてけしかける。
 「どうするフェルディナンド! 情熱的(パッション)指導者(・リーダー)よ!」

 フェルディナンドは屈託(くったく)のない表情で宣言した。
 「ハハッ! もちろんやるぜ、オレも!!」

 天頂(てんちょう)から降り注ぐ春の最後の()の光が、全てのリゴッドの民を暖かく(つつ)んでいるかに見えた。



 第8悔 『幕開けの大後悔』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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