第40悔 器の洗礼

文字数 1,960文字


 意を決して椅子から滑り落ちるように円卓の下に(もぐ)ったフェルディナンドは、一瞬だけ逡巡(しゅんじゅん)した。

 あの後悔三銃士の人の方か……それとも、近衛騎士団の方か……。

 が、すぐにクリストフの邪魔をするのも悪いから、とグンダレンコ・イヴァノフの方を選んだ。
 イヴァノフの“女王の住処(すみか)”を直視しようというのだ!

 円卓の下を彼女の椅子の前まで()って行く間に、期待と不安でフェルディナンドの一物は少しずつ隆起していった。

 ノニー、ごめんよ。でも、後学のためだ。人生死ぬまで勉強なんだ! 司書で、かつ海の向こうに留学したノニーなら……わかってくれるよね? 
 フェルディナンドは心の中で謝罪した。
 
 果たして、イヴァノフの前まで来た時!

 暗くてよくわからない……。

 当然だった。
 彼女とて円形協議場の天窓から降り注ぐ陽の光を全身に浴びながら堂々と自慰行為に励んでいたわけではない。
 背骨を折って動けない彼女なりに椅子を前に引き、円卓の下に股間が隠れるようにして注意深く手首を出し入れしていたのだから。

 じゃあ、諦めるか? それとも三銃士キャスの方に向かうか? いや、限界まで挑戦すべきだ!
 フェルディナンドの熱情で点火したかのように、燃え盛る炎のような髪の毛が逆立った。

 そのあと、キャスの方も見る! それで良いだろう! と、自分の中の抵抗勢力を納得させると、息を殺してイヴァノフの股間に顔を近づけてみた。
 フェルディナンドの瞳がわずかにオレンジ色の光を放つと、普段はそれほど良くない視力が劇的に向上した。出し入れされる手首の先を凝視(ぎょうし)する。ぼやけていた輪郭(りんかく)が鮮明になる。
 もはやイヴァノフの“女王の住処”は何の障壁もなくはっきりと確認できた。

 あれ……思っていたのと随分違うな……。

 イヴァノフの使い込まれた“満身創痍(まんしんそうい)の女王の住処”は、確かに図書館で見た医学書の見本とは似ても似つかなかったのかも知れない。
 過去の数々の凌辱(りょうじょく)行為によるものなのか、(うるお)いもなく、(すさ)んだ野に建つ孤城のごとく門は痛み、扉は常に受け入れ態勢万全の開帳状態だった。
 
 この人……一体、どんな人生を送ってきたのだろう?

 イヴァノフについての伝記『淫靡(いんび)牝狼(めろう)』を読んだこともなければ、彼女の過去のことなど少しも想像してみたことのなかったフェルディナンドは、酷使(こくし)されてきたでのあろう荒れ果てた股間を見て、()(たま)れなくなって目を()らした。

 そして、彼女の半生に思いを(めぐ)らした。
 これだけ大小多くの、しかも回復する時間も与えられなかったような生々しい傷跡を残している“女性の(うつわ)”とその周辺域を見るのは初めてだ。もっとも、女性の器を直で見ること自体初めてだが……考えてみれば、三十代半ばにして女だてらにこの国で近衛騎士団副長までのぼりつめるには、相当な下半身的苦労があったのかも知れない……。それなのに何ということだ! オレの無邪気さと来たら!
 
 フェルディナンドは千載一遇のチャンスだと(はしゃ)ぎ、“女王の住処”まであと十センチメートルと迫った自分の行為を反省した。
 瞳は光を失い普段の茶色に。視力も元に戻っていた。

 ノニー……ごめん。やっぱり最初に見るべきは君のモノだったんだ、と悔やむフェルディナンド。

 その時だった。

 始まったばかりの『大後悔時代』において初めて“後悔”した彼を祝福するかのように、イヴァノフの股間から彼女流の『PSM』の潮が激しく噴出した。

 それでも彼女は左手首の躍動(やくどう)を止めない。間欠泉(かんけつせん)のように噴き出し続ける熱い潮がフェルディナンドの顔面に直撃する。 

 (ヴぁっぷ?!)
 と、思いも寄らない形で発生した津波に飲み込まれ(おぼ)れそうになったフェルディナンドだったが、円卓の真下にオレがいる事に気づいたら、恥ずかしさでイヴァノフに気まずい思いをさせるだろう! と、悲惨な半生を送って来たのだろう彼女の事を(おもんぱか)り、必死に声を殺しながら潮を、逆にすべて飲み込んだ。

 潮の存在については――顔に押し寄せられるのは当然初めてだったが――これもルーム図書館でノニーに隠れながら読んだ医学書や官能小説、春画集などで知っていたので彼の中で悪い意味での驚きはなかった。
 むしろ、反省し“後悔”したばかりの彼の心に喜びを運んできた。

 ふぃ~! こりゃあ、まさに“女性の(うつわ)の神”の祝福! 洗礼だ!

 顔中が潮まみれになり心も浄化される事となったフェルディナンド・ボボンは、この奇跡的な神秘、あるいは淫靡(いんび)体験を切っ掛けに、後に“女性の器”を見る事により人を慮ることの出来る『Vagina(ヴァギナ) Detective(ディテクティヴ)』(牝穴探偵(めすあなたんてい)、あるいは女器刑事(ジョキデカ))となり、『人類革新』への核心に迫っていくことになる。

 ――のだが、それはまだ先の話であった……。



 第40悔 『(うつわ)の洗礼』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み