第50悔 学究の徒、イサベラ

文字数 2,904文字

 
 あの『Vagina Queen』がやって来た!

 それだけで会場中の男どもは色めき立ち、場内の温度が一気に三度は上昇したかに思われた。
 大観衆の七割を占める男どもが、「運が良ければ見ることができる」といわれる伝説の“御開帳(ごかいちょう)”を期待し体の一部を熱くさせたからだが、――女性たちにとっても一度は目にしてみたいモノなのは間違いない――本人の顔色を(うかが)う限り、今日のところはそれを期待出来そうになかった。

 それでも、騒然となった観客たちはスタンディングオベーションで皇国第一皇女を迎えた。彼女の威厳(いげん)たるや、とても二十一歳になったばかりの女子とは思えない迫力と説得力があった。 

 特別誂(とくべつあつら)えのゲートをくぐると、しかし、足は円卓の方ではなく玉座へと向かった。
 そして、さっきまでエンリケが座っていた玉座に腰を下ろし、これ見よがしにその長すぎる脚を組んだ。 
 会場の男どもは息をのみ、舌なめずりをした。皇女イサベラが絶対に下着を(まと)わないと知っていたからだ。
 「あの紫色の短いドレスの下には、伝説的なアレが……」

 その大観衆のさざめきをエンリケの大声が打ち破った。
 「一体、どうされたというのです、姉上! いくら姉上といえど、あまりにも失礼ではありませんか!」と、玉座に鎮座するイサベラに詰め寄る。

 確かに皇位継承順位は男子が優先されるため、イサベラは兄マルコ、弟エンリケに次いで第三位ではある。その弟の前で玉座に座るのは皇室評論家からすれば無分別(むふんべつ)と言えるかもしれなかった。

 しかし、「誰がこの国の未来の大皇に相応しいか?」と観客から百人を抽出し聞いてみれば、百人ともがエンリケよりイサベラを選ぶだろう。
 あるいは五万人に同じことを聞いても四万九千九百人はやはりイサベラを選んだはずだ。

 大観衆からしてみれば、エンリケのイサベラに対する大声の抗議こそが失礼であり、不謹慎であったかもしれない。

 詰め寄る弟に対し、前のめりに顔を突き出した姉が言い放った。 
 「随分(ずいぶん)威勢(いせい)が良いではないか。其処(そこ)な少女の『手淫(てみだ)ら』で三度目の昇天を果たしたばかりとは思えんな」

 ――見抜かれていた!
 「な、何のことやら」と否定するも焦りを隠せないエンリケ。

 先程のエンリケの短い演説の折、ファニチャードは皇子に肩を貸していたように見えた。……が、その実、再三の悪戯心(イタズラゴコロ)が発動し、彼のマントの下で右手も貸していたのだ。
 身を()じらせて「ファンティーゴッ!」と叫んでしまったのが、何よりの証拠だった。 

 「少女の小さな手のひらで果てるのは、さぞかし気持ちが良いと見える」と今度は玉座にもたれ掛かる姉。組まれていた脚が解かれ、エンリケの隣にいたファニチャードの視点の高さからは“皇女股(オメコ)”が丸見えになった。

 「わぁ!」とファニチャードが胸の前で手を合わせて喜んだ。
 そう、『Vagina Queen』のそれは誰にとっても縁起物なのだ。

 「何をおっしゃるのです、姉上! この子はまだ子供なのですから、ふしだらな言動は(つつし)ん――」とエンリケが言ったところで、イサベラが言葉を(さえぎ)(とど)めを刺した。
 「そうかな? 女股(めこ)の方はすっかり大人のようだが?」
 
 「えっ?!」と驚いたエンリケがファニチャードの方を向くと少女は悪戯(いたずら)に舌を〈ぺろっ〉と出した。
 「そうなのかい? ファニチャード……」と恐る恐るエンリケが尋ねると少女は「冗談ですわ、エンリケ様! わたしの大切なものはエンリケ様の為に取ってありますの!」と言って自分の股間を軽く()でまわす仕草をした。

 意外にもこの瞬間まで、エンリケはファニチャードの「大切なもの」のことは考えたこともなかった。手淫(しゅいん)してもらうだけで充分だった。まだ十一歳の少女なのだから当然だ。
 しかし、当の本人に「取ってありますの」と言われたら話は別だった。
 ボクの為に取ってあるのなら……遠慮なく頂こう……!

 エンリケが脳内で少女の体を旅してみる。

 “真白(ましろ)の丘”を進めば、今度は太陽が燦燦(さんさん)と照り付ける砂漠を旅することになるだろう。
 それはつまり小麦色に日焼けした彼女の腹部のことだ。
 
 (のど)(かわ)き、絶望の白昼夢を見ながら彷徨(さまよ)う事になるかも知れない。しかし、必ずオアシスが……もう少し先に進めば、わずかに()ゆる若草に囲まれた“オアシス”があるはず! 
 そこで、喉の渇きを(うるお)せば――このエンリケの生涯最大の冒険となろう!

 再び“記念碑”に力が宿った。 

 それを感じ取ったファニチャードが、もはや条件反射のようにエンリケの股間に手を伸ばそうとしたが、さすがにこの時ばかりは大観衆の目もあり、少女の手首を掴むことによって(いさ)めた。

 「なんだ? 何の話をしてるんだ?」
 大観衆が姉弟と少女の会話に聞き耳を立てるも声は観客席までは届かない。
 客はそれぞれ「何やら難しい顔をしているな」、「きっと“後悔”に関して『方向性の違い』みたいな議論をしているのだろう」などと想像しあった。

 「……で、一体何の用なのです、姉上」とすっかり落ち着きを取り戻したエンリケが改めて問いただすと皇女は『皇国後悔会議』の盲点をズバリと突いた。

 「選出されたメンバーに、学者がいないのはどういうことなのだ?」

 そこを! やはり(あなど)れぬわ、イサベラ様! 
 とはエンリケの後方で隠れるようにじっとしていた後悔卿(こうかいきょう)トスカネリの胸中。

 エンリケ後悔皇子の自らの発案と言う事もあり、『第一悔 皇国後悔会議』は彼の思うままにやらせてあげたいという情が働いた。親代わりでもある家庭教師の情だった。
 それが裏目に出た。
 ――議会メンバー選出を皇子に全て任せてしまったが、(フタ)を開けてみれば口下手で学の無い著名人ばかり……。一番マシな十一歳の少女は“後悔”より肉棒にお熱と来て案の定、会議は混沌としてしまった……。

 「そ、それは……その」と言い(よど)むエンリケ。
 厳しい指摘がトスカネリにも飛んだ。
 「家庭教師の(けい)が付いていながら、この(てい)たらくは何か? 其方(そなた)ら、よもや学術を愚弄(ぐろう)しておるのではあるまいな?」

 「ハッ、申し訳ございません」
 しかも、全く謎の無職一般人フェルディナンド・ボボンまで入れてしまう始末……。
 トスカネリは今更悔やんだが、後の祭りだった。
 
 「“後悔”することにより新人類を目指そうというエンリケの『革新論』の趣旨(しゅし)は、わからぬでもない。で、あるならばより一層“後悔”を科学する必要があるのではないか?」
 派手な見掛けによらずイサベラは学究(がきゅう)()であった。トスカネリはそんな彼女の資質を知っていただけに、介入されたくはなかった。面倒くさいことになるからだ。

 「専門家が必要である。学者がな!」
 そこまで言うと皇女は腰を上げ、軽い身のこなしで玉座の両ひじ掛けの上に〈スック〉と仁王立ちした。
 
 「あ、姉上?」と弟君。

 「あれほど“学び”を(おろそ)かにしてはならぬと言ったであろう。もう一度、『あの頃』を思い出せ。“見て”、そして学ぶのだ、弟よ」

 するとイサベラ皇女は短いドレスを(まく)し上げ、エンリケに対し『皇女股(オメコ)』を御開帳(ごかいちょう)あそばせた!

 
 
 第50悔 『学究(がっきゅう)()、イサベラ』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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