第105悔 いざなう標識

文字数 2,259文字


 ――バレた!
 クリストフはその瞬間、アンナマリアを横に抱いたまま硬直して動くことが出来なかった。 

 普段は全く冗談を言うようなタイプではないカスティリョの鬼気迫った叫びに、相棒のクリムは静かに――しかし、動揺した様子で「な、なんだって……?」と言ってから膝を突き、クリストフの股間付近を(のぞ)き見た。

 近衛騎士のヒューゴとサントーメが、クリムの見立てを固唾をのんで待った。すると矛先(フロント・ガード)は、そのまま右の拳も床に突き、(こうべ)を垂れた。
 血気盛んなクリムが他人に頭を下げる事など滅多にないことを知っている同じ釜飯の友らが、彼に追随して黙って膝を突いた。

 クリストフは、大変な事態になった、と内心で動転していた。
 ど、どうすりゃいいんだ! トボケようにもプッシー・ハイジーンに刺さったままの“妄夢”が立派すぎて(シラ)を切れない! 他人棒の空似なんてありえないほどの一度見たら忘れようがない特大の魔羅(マーラ)なんだから! ……それにしても、何度も「妄夢」と名乗ったのに、一度しか名乗ってない必殺技名『魔滅剣(まめつけん)信長(のぶなが)』の方を覚えているなんて……。
 クリストフは別の意味でも(いささ)かショックを受けていた。

 しかし、よくよく考えてみれば、幸いにもここには自分を“先生”と(した)う四騎士しかいないことに気が付いた。
 “妄夢”を知らない救護係長は、正に今、失神している。

 “無毛猫(ウー・マオ・マオ)”の猟奇的な陰茎マントの内側を見て気を失ったのか、それとも僕のデカすぎる“妄夢”が自分の“城門”に入った時のことを想像したら絶頂に達してしまったのか……そこは若干気になるところではあるけど、彼女の失神は、どちらにしてもラッキーだったのかも知れない!

 そう前向きに考え始めたクリストフは、先ほどの抗議の時とは打って変わって低く、威厳に満ちた声で改めて四騎士に挨拶した。

 「いかにも……我は妄夢(モゥム)……マグアインブルグの支配者!」

 この一連の出来事を観客席から心配そうに見ていたのは、クリストフの若き弟だった。
 「ええっ? なんだ? どうしたんだろう、兄貴……騎士の人たちに囲まれて……」
 インペリアル・ガードが救護係長の転倒を滑り込みながら救助したことで位置関係が変わり、観客席からはクリストフの背中と足もとがわずかに見えるばかりとなっていた。

 「ちょっと様子を見てくるか!」
 バルトロイにしてみれば、兄と義姉が近衛騎士らに囲まれているうえ、先ほどまで場内にいた、脚をVの字にして女股を晒す皇女や変態仮面らがいなくなったことで観客席に黙って座っている理由が無くなっていた。
 彼は席を立つと、議場への入場ゲートを目指して駆け出した。

 場内の大観衆がさざめきながら、自分たちに注目していることに気付いたヒューゴが、取り敢えずの発案を口にした。
 「先生! 悪いようには致しませぬ! ここはひとまず医務室へ!」
 彼らにも近衛騎士としての矜持というものがあった。
 エンリケ皇子に認められ、後悔会議のメンバーに選ばれた新進気鋭のデザイナーとは言え、一人の男に向かって騎士が揃いも揃って膝を突いていたのでは恰好が付かなかったのだ。 

 むぅ! どうするべきなんだ! 医務室か……行ってどうなる? “妄夢”を無事に引き抜けたとして、プッシー・ハイジーンを止血したあとすんなりと僕らを帰してくれるのだろうか? この輪姦気狂いども(Gangbangers)に、アンナマリアが何か悪いことをされないとは言い切れない……。

 瞬間、思い悩むクリストフだったが――幸運なことに、“妄夢”が縮小し始めていることに気が付いた。
 正体がバレた、と肝を冷やしたおかげで猛ることを止めた“妄夢”は、遂にアンナマリアのプッシー・ハイジーンの奥底から脱出できそうな予感を漂わせた。

 よし! 抜けそうだ! 余計なことを考えるなよ、自分。ここでまた復活したら、もう医務室に行くしかなくなる。抜けたら、そのまま何食わぬ顔して四騎士の間を通り抜けて帰宅するぞ! エンリケ皇子への挨拶は……この際、もうどうでもいい! 静まり給え我が“妄夢”よ!

 ところが、クリストフの逡巡を見てとったのか、卒倒した若く美しい救護係長を膝の上に抱く後楯(リア・ガード)が動いた。そのナナイの体をクリストフに向けてから、おもむろに彼女の足を開いて見せたのだ。
 「どうか、これでひとつ……」
 そこには一糸まとわぬ“城門”があった。どうやら、ヒューゴらと目合(まぐわ)っている最中に呼ばれ慌てて隣室から飛び出したので、下着を履き忘れたらしかった。

 な、何たる見事な“城門”! 無毛ではないものの、しっかりと“門前”に(とど)まる若草! それは、美しい逆正三角形を描いて……まるで僕を“門”の中へと(いざな)う標識となっている! その先にある“門扉”! 今はかたく閉ざされているが――。

 と、そこまでクリストフが心中で独り言ちる頃には“妄夢”もすっかり勢いを取り戻し、改めてアンナマリアの子宮の奥へとハマりこんでいた。
 例によってクリストフ本人より早く、“妄夢”が〈ドクンッ!〉という脈動音でもってカスティリョへの返事とした。 

 「おお! ありがとうございます、先生! それでは、医務室で我らと共に――いや、これ以上はここでは言いますまい! さぁ、行きましょうぞ!」
 カスティリョが救護係長を横に抱いて起ちあがると、他の騎士たちも「おおよ!」と力強い掛け声とともにあとに続いた。

 ナナイ・ティンゲルスの、何物によっても隠すところのない“城門”は、ひどく“赤門”していた。



 第105悔 『いざなう標識』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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