第81悔 肉の剣、無色の糸

文字数 1,130文字


 「ということで変態先生! よろしいでござんすか?」

 生粋のルーム育ち、『ルーミック』であるヒューゴに思わずルーム(なま)りが出た。それほど『我恥無股(ガチンコ)』を前に、気分が高揚していた。 

 二十秒程度で終わった説明を、放心に近い状態で聞いていたクリストフだったが、ヒューゴに問われ「無論……是非もなし」と妄夢に返った。

 ――と、強がってみたがどう考えても僕のが不利だろう! 身長も向こうが高いし、体重に至ってはおそらく僕の倍ちかくあるんじゃないか?
 
 確かにスピナッチは身長一九一センチ、体重一二〇キロの巨体。
 対するクリストフは身長一八五センチ、体重七二キロの細身であった。
 
 これには、そばで見ている騎士たちも内心、同じ印象を抱いていた。

 「この体格差だ。正面からぶつかったら、圧倒的に先生が不利だ」と矛先のクリムが小声で後楯のカスティリョに呟く。

 「ああ。だが、リーチは羨ましいくらい、先生がズバ抜けている」と相棒が返した。
 ここに近衛騎士サントーメが口を挟んだ。
 「しかし、ヒューゴによれば――立ち合いは蹲踞(そんきょ)から始まると規則で決まっている――らしい。いわゆるヒザを曲げてしゃがんだ姿勢さ。その状態で肉剣(にくけん)を軽く交えてから、真っ直ぐに立ち上がったらいよいよ試合開始だ」

 「なるほど。と言う事は、当然、その間合いから取れる第一挙動というのは限られてくるな……」とカスティリョが腕を組んで考えた。

 「――で、あるなら恐らく、この勝負……どちらが勝つにしても一瞬で片が付くぞ! 気を抜くなよ」とクリムが眼光鋭くアゴを撫でた。 
 

 「それでは、各々がた! 前へ!」
 ヒューゴが急遽、通路の床にブーツの踵で描いた開始線へ二人を促す。

 「へへへ! 今更、怖気づいても遅いズラで、変態!」と、スピナッチが“道化”を(しご)きながら蹲踞の姿勢を取った。その掌には見事な“剣”が握られている。

 一方、奇しくも規則で定められた許容範囲ギリギリの衣装を着ている妄夢も、“剣”の準備は万端だった。 

 “妄夢(コイツ)”め、本体である僕を差し置いていつになくイキり立っている! こんなのは、あの『マグアインブルグ門の死闘』以来だ! これは、何かが起こる予兆なのか?

 クリストフは心中で、そう独り言ちながら蹲踞した。

 お互いの剣先が、わずかに触れ合う。

 ――あっ……。

 それは、どちらの心中の声だったのか。
 二人の剣士が見つめ合いながら立ち上がり、その間に無色透明の糸が垂れ下がる。

 「はじめぃ!」
 ヒューゴが号令を発すると、まるで試合開始の銅鑼(ドラ)の音の代わりと言わんばかりに、協議場内が火薬で爆破されたかのような地響きと熱気で包まれた……。



 第81悔 『肉の剣、無色の糸』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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