第24悔 ファンティーゴ!

文字数 2,575文字


 当初こそ涙ながらに“超巨大毒蛇”退治に乗り出した後悔三銃士のキャスであったが、皇国が世界に誇る史上最大の毒蛇ガザザナを一人で退治出来た事には少なからず達成感があった。

 「やっふぁ! んがんっぐ」

 すると、高揚(こうよう)した気分が無意識のうちに彼女の舌先の技術をさらに高めてしまったのだろう。キャスが丁寧(ていねい)に後始末をする中、“毒蛇”は再び大量の“毒液”を吐き出していた。

 総量二リットルはあろうかと言う毒液を飲むことになったキャスは途中、(あきら)めかけたが、大切な会議中に異臭騒ぎを起こしちゃイケナイ! との責任感から、すべてを見事に飲み干した。
 そして、毒蛇の主を椅子の背もたれに上半身をのけぞらせて眠りにつかせることに成功したのだった。

 一部始終を目撃していた書記のノギナギータ・ソワルツが思わず「優勝ッ!」と叫んだ。それによって驚いた円卓の下のキャスと目が合ってしまったが、ベテラン書記は、内緒にしとくよ、の意味を込めて口元に人差し指を立ててウインクし、キャスに敬意を表した。

 キャスは、赤面しつつ毒液を戻さないよう口を押さえながら、黙って涙目だけで(うなず)いた。

 円卓のメンバー、フェルディナンド・ボボンとクリストフ・コンバスが同時に「えっ?!」、「誰が優勝ですって?」とキョトン顔をノギナギータに向けた。
 向けたのだが、顔を向ける途中で一瞬、フェルディナンドの視界を(さえぎ)るようなモノがあった気がした。
 「ん?」と、そちらの方を改めて確認すると、そこには(あらわ)になった世界最大の毒蛇が円卓の下から首をもたげていた。
 主が上体を後ろにそらして眠りこけることによって、極大毒蛇が地上に姿を現した結果だった。

 「ファンティーゴ!」

 フェルディナンドは喫驚(きっきょう)し、思わず“ヤバイ”を意味するリゴッド語を大声で叫んでしまった。

 そして、「見てみろ、クリストフ!」と竹馬の友に声を掛けると、新進気鋭のデザイナーも「どうしたフェルディナ――」と振り向きかけたところでガザザナ蛇を目撃することとなった。
 クリストフは「セント・ファンティーゴッ!(マジヤバイ!)」と驚いた拍子に勢いあまって椅子から転げ落ちながら、同時に心の中で叫んだ。

 間違いない! 悔しいが……この男が優勝だッ!

 驚天動地(きょうてんどうち)のクリストフは、床にしたたか頭を打ちつけ気を失った。


 この事態を受け、にわかに観客席が騒がしくなってきた。おそらく前列の観衆がソレに気づくのに刹那(せつな)の時も要さなかったことだろう。

 「何だ、アレは! パンか? 丸太か? いや、世界蛇(せかいじゃ)だぁ~!」

 そのくらい、明らかに、度を越して巨大だった。
 そして、当然のように「え? 何であの人、アレ出してるの?」という声が次々と上がった。

 何という化け物か! 眠りにはついたが、精魂尽(せいこんつ)き果てはしなかったのか!
 と、ノギナギータも改めて仰天した。“毒蛇”は、まだまだ八〇パーセントくらいの勢いを保持していたのだ。
 しかし、今がチャンスだ! った。

 クリストフが転倒して頭を強打し、朦朧(もうろう)としながら地面に()いつくばり、フェルディナンドは席を立ち親友を助けに行こうとしていた。

 「何がファンティーゴなんですの?」と興味津々の少女ファニチャードの気を、大人の女イヴァノフが何とか逸らそうとしている。本当に津々なのは本人にも関わらず……。
 一体、どういうことだ! このシチュエーションでイキり立った肉棒を露出しているだと?! 話の流れからして、明らかに私に対する誘惑ではないか! 

 司会のスピナッチは、“いかにも道化”といったお道化(どけ)たジェスチャーで“毒蛇”を指さしながら、大観衆に「オイラの方が、倍でかいぜ!」と本人以外、誰にでもわかる冗談を言っていた。

 この段になると最後方の観客たちまでもが、ガザザナ自身を確認することが出来ていた。
 彼らは“極大の毒蛇”を見て「いやいや、さすがにアレは凄すぎるわ」と大笑いしていた。 

 円卓の下で会場の雰囲気を感じ取ったキャスは、もう、何よ! せっかく“毒”を抜いたのに、こんな騒ぎになっちゃって馬鹿チンが! でも、劇団の舞台でも衣装からポロリしちゃうことはあるし、ここの観客のみんなも事故的なものだと思ってくれるでしょう! まさか口全猥褻(コウゼンワイセツ)が行われていたとは誰も考えないでしょう、きっと……。
 と前向きに考えた。

 その時、今だ! とノギナギータがキャスに逃げるように手で合図を送った。
 
 キャスもすかさずその意図をキャッチしたが、しかし、予期せぬ不幸が起きてしまった。

 もともと、細身だが一九〇センチメートル近いキャスが必死に体を折り曲げ入り込んだ円卓の下だった。
 その上で二リットルの“毒液”を飲み干したため、机の下で方向転換もままならないくらいに腹のあたりが窮屈(きゅうくつ)になっていた。
 しかも、下を向いたりしたら毒液を戻してしまいかねないくらい、それは喉元(のどもと)まで来ている……。

 急いては事を仕損じる……! と自分に言い聞かせ、何とか平静さを保つことに成功したキャスは、両の股を最大限まで開き(カニ)のように横に移動することに決めた。
 片手で口を押え、もう片方の手で苦しい腹を押さえながら。

 作戦としては、クリストフに駆け寄ったため空いたフェルディナンドの席から出ようという計画だった。

 ところが、力が入りすぎたのか、一時的に太りすぎたためか、最初の一歩を踏み出したところで〈ビバリッ!〉と三銃士の制服であるズボンの股間が派手な音を立て、大きく縦に裂けて完全に恥丘(ちきゅう)が露出してしまった。
 
 皮肉にも、劇団『ゴシカ』で(つちか)った『ズボンの時は下着を履かない主義』が裏目に出た形だ。

 セント・ファンガス・ファンティーゴ!
 と、口汚く自身のこれ以上ない不運を呪うキャス。
 さらに、お腹が苦しすぎて足も閉じられないよ~! と、二進(ニッチ)三進(サッチ)も行かなくなったその時――。

 頭を強打し床に()いつくばるクリストフが、キャスのズボンが破れる音で朦朧(もうろう)としていた意識を徐々に回復させた。

 どうしよう! このままじゃ気づかれる!
 とキャスが思ったのも束の間、案の定クリストフは「イテテ……何の音だ……?」と頭を(さす)りながら、彼女のいる円卓の下に視線を(ただよ)わせた。

 もはや葛藤(かっとう)する一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もない。キャスは覚悟を決めた……。



 第24悔 『ファンティーゴ!』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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