第10悔 その男、ジャックにつき

文字数 2,675文字


 ルームの街に“後悔”が(あふ)れた!


 マウント・ノギでのエリクソン・シンバルディの“大後悔”から一週間が過ぎようとしていた。
 かつて『ブリザード・エリク』と呼ばれた救国の英雄に今、『石段落ちのエリク』という新しいあだ名が加わろうとしていた。
 エンリケ後悔皇子による『大後悔宣言』後の三日間は――そうはいっても“後悔”をどうしていいものかわからない者たちばかりで――街中で“後悔”を見掛けることはなかったが、今は明らかに違う。
 街は“後悔”に(あふ)れていた。エリクソンの『大後悔』は見事に皇民の手本となったのだ。


 まず街中に現れたのは、エリクの模倣者(もほうしゃ)たちだ。

 皇都ルームには、いわゆる暗黒街がある。
 そこを仕切っている無法者一味に『ロンゾ&ファミーヴァ』という二人組がいて、界隈(かいわい)ではその名と顔を知らぬ者がいなかった。
 ルームの繁華街を肩で風を切って歩くこのギャングを見れば、以前は誰もが建物の中に隠れたりしてやり過ごしたものだったが、時は今、大後悔時代である。
 
 あるひとりの若い男――名前を知られていないので、とりあえず『ジャック』とあだ名する――が、『ロンゾ&ファミーヴァ』の反対方向から同じように肩を怒らせながら歩いてきた。
 ギャングは二人とも細身の体で黒いスーツを着こなし、まるで幽鬼(ゆうき)のような不気味な雰囲気を(たずさ)えていたが、ジャックの方は「普段はいかにも争いごととは無縁でござい」といった感じで緊張感のない中肉中背だった。

 そんな二組が路上で正面衝突した。
 ギャングは、まさか自分たちにわざとぶつかってくる者がいるとは思いもしなかったのだろう。しかも、相手は堅気の男だ。並んで歩くギャングのちょうど中間を突っ切ろうとしたジャックが、ありったけの力を両肩に込めて体当たりした。それぞれの片方の肩で衝撃を受け止めた二人のギャングは、細身で体重が軽かったこともあり、派手に後ろに吹っ飛んでしまった。

 その瞬間、繁華街に緊張が走った。

 不測の事態だったとはいえ、公衆の面前で今や「飛ぶ鳥を落として再び蹴り上げる勢い」と言われる暗黒街のスターが醜態(しゅうたい)(さら)した。
 ちょうどその場面に居合わせてしまった人たちは、必死で見て見ぬふりを決め込んだ。あとで、どんな因縁をつけられるか分かったものではないからだ。

 しかも、事もあろうにジャックは言い放った。
 「どこ見て歩いてんだ、クソ雑魚(ザコ)どもが」

 繁華街の店という店が一斉に営業をやめ、戸を閉じた。

 尻もちをつきながら呆然(ぼうぜん)としていた『ロンゾ&ファミーヴァ』であったが、ジャックが小刻(こきざ)みに震えているのを見逃さなかった。
 ……どうしてこんなトウシロが俺たちに? とロンゾは思った。
 オレたちの勢いを(ねた)む誰かの差し金か? とファミーヴァは考えた。

 しかし、この気鋭のギャング二人がこの後やろうとしていることは同じであった。そうやって『ロンゾ&ファミーヴァ』は界隈でのし上がってきたのだから。

 ――このクソガキをシバく!

 ギャングは「おやおや、これはこれは……」などと言ってズボンの汚れを払いながらゆっくりと立ち上がったが、次の瞬間にはもう、「インチキマジシャンがよぉ!」と(ののし)りながらジャックの顔面とみぞおちに同時にキツイ一発をお見舞いしていた。

 さっきまでの勢いはどこへやら、あっさりと崩れ落ちるジャックに対し、白昼堂々のリンチは五分ほど続いたかもしれない。

 しかし、まったく抵抗する術を持たない完全素人のジャックにギャングは飽きたのか気味悪く思ったのか「二度とこの界隈を歩くんじゃねーぞ」と(つば)を吐き立ち去った。

 この一連の様子を建物の陰に隠れてうかがっていたスプリンガーの女が、心配してジャックに駆け寄り肩を揺すった。
 「ちょっとアンタ、何考えてんのよ!」
 この女、『ミス・七つの海を知る女』コンテストの先代優勝者で、ワケあって今は路上性活(ろじょうセイかつ)を余儀なくされていたが、それはまた別の話……。

 揺すられて外傷に響いたため「い、痛いよぉ」と情けない声を出すジャック。見る見るうちに顔面が()れていき、もう眼は開かないように見えた。
 「ギャ、ギャングなんかに……タックルなんてしなければ良かった……んだ」

 「アンタ、馬鹿じゃないの? こんなことになるなんて目に見えてるじゃない! もう見えないみたいだけど……」とユーモラスなスプリンガーの女。

 と、その時だった。
 天から《 “後悔”したね 》という声がジャックの下に、陽の光のように優しく降り注いだ。驚いたスプリンガーが「えっ⁈」と声を()らし空を見上げる。

 実際には現場隣の三階建てのアパルトメントの屋上から“後悔三銃士”のロニーが一部始終を目撃し、“後悔”を検分、公の後悔として認定。
 そのうえでかけた言葉だったが、もはや失明寸前のジャックには神の威光(いこう)を伴った魂の救済にも思えた。
 それに、三銃士ロニーは声を掛けるとすぐに――その忙しさから、次の“後悔”が起きそうな現場へ検分のために――立ち去ったのでスプリンガーもロニーの姿は確認しておらず、ただ“天の声”として認知された。

 「こ、“後悔”か……へ、へへ……“後悔”した……これで…し、新人類に……なれるか…な……」そこまで言うとジャックは安心したかのように気を失った。

 「可哀想に……なんて時代だよ……」。
 知ってか知らずか大後悔時代の到来を(なげ)いたスプリンガーは、その情の厚さからジャックを自身のアパルトメントに連れて帰り、傷の手当てなどをしてやった。
 

 ちなみに、この日の時点で『ロンゾ&ファミーヴァ』のふたりは『大後悔宣言』の事も『石段落ちのエリク』の件も何も知らなかった。
 もし、『後悔ブーム』を知っていたら、『気軽に人を(あや)めて大後悔』という“後悔”をカジュアルにされていた可能性も排除できないくらい(くだん)のギャングは凶悪なわけで、ジャックが殺されずに済んだのも、この“後悔”以降、スプリンガーの女に“育成”されることになるのも、ただただ運が良かったと言うに過ぎない。

 ジャックは、“新人類”には成れなかったのかも知れないが、『ミス・七つの海を知る女』に輝くほどの美人スプリンガーの“バター犬”には成れたのだ。
 
 
 ……といった具合で、「痛い目にあって後悔」というエリクソン・シンバルディ型の“後悔”がまず隆盛(りゅうせい)を極めた。

 最初こそ後悔三銃士にとっても新鮮だったろうが、あまりに増えすぎたため飽き飽きした三人は、その後、この手の“後悔”をあまり公認しなくなる。



 第10悔 『その男、ジャックにつき』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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