第49悔 後悔は口に苦し

文字数 2,277文字


 一体、誰が信じようか!

 「エンリケ皇子が五万人の観衆の前で自ら(ひざまず)き、ギッザゾズ・ガザザナの“超巨人”を(くわ)え、極大射精に導いた」などと!

 それが後世の歴史家たちの口伝(くでん)『エンリケ皇子の大蛇退治』に対する評価だった。
 
 しかし、彼ら歴史家の多くはすっかり忘れていた。
 この五万人の大観衆が集まった場が『第一悔 皇国後悔会議』であったことを。

 後悔会議の議事録には記録されなかったが、『後悔報告書』によって、その一連の出来事は表面上だけはしっかり記録されていた。

 報告書によれば、エンリケ後悔皇子は――ファニチャードの名前を出さずに――自分の意志で大観衆に見せつけながら口奉仕(マウス・サービス)し、後悔したことになっていた。
 
 
 後悔三銃士のタイタスがエンリケ皇子に駆け寄ると、例の芝居掛かった台詞(セリフ)を大声で叫んだ。
 「一体、なぜこんなことをしたのです?! エンリケ皇子!」

 「え……なぜ、と言われても何が何だか……」と困惑するエンリケ。
 口の中にはまだ“毒液”が残っていた。「おええ! 苦い!」と愚痴(グチ)りながらも高貴な者の務めとして、大衆の面前で吐き出すわけにはいかないという矜持(きょうじ)が皇子にはあった。
 必死に精液をもみ込もうとする姿に大観衆の半数くらいは感動していた。

 「皇子! “後悔”です、“後悔”!」とタイタスが小声で助言すると、エンリケは、(ようや)く自分が主催した会議の事を思い出した。

 そ、そうだ……えーっと、「し、新人類である!」

 白濁液を口から(ほとばし)らせながら立ち上がろうとするエンリケは、下半身に力が入らないことに気づいた。
 そうだ! ファニチャードのアレで! 二回も!

 よろつくエンリケを隣にいたファニチャードが支え、肩を貸した。
 「エンリケ様、がんばって!」
 十一歳の少女の応援が心に響く。

 「エンリケ様、さっきのお返しですの!」というのは聞き間違いだったのかも知れない……。こんなに良き心を持った少女なのだから……。
 自分を納得させると、エンリケは「おぅさ!」と言って立ち上がり演説を始めた。

 「そもそもである! “後悔”とは“後から悔やむこと”である!」
 語気に若干の怒りを帯びた強い口調だった。

 「それがどうだろう? 提出された『後悔報告書』を読む限りでは、“後悔士”たちは軒並み後悔後に晴れ晴れとした表情だったと言うではないか! それは、“後悔”と呼べるものなのだろうか?」

 エンリケの迫力に大観衆も静まり返っていた。
 「そうだった……『エリクソンの階段落ち』の時に何かそんなことを言ってたな……」と思い出す賢明な観客もいた。

 「新人類! それは希望! しかし、希望の裏には絶望があり、やがてそれは苦い経験となる……」と、エンリケが思い出したかのように“後悔”の定義を(そら)んずる。

 「そして、今! このエンリケはあえて其方(そなた)らの面前で超巨人の“燃料棒”から直接口で燃料を抽出し、飲み込んだ! それが皇国史に残る最大の恥辱(ちじょく)だと分かっていながら!」

 〈ドヨヨザワワ〉と大観衆がどよめく。
 改めて言葉で説明されると、一体、なんてことをしたんだ、あの青年は、という()(たま)れない気分に観客たちは(おちい)った。

 「そして……それは正に、苦かったのである!」
 エンリケが両の腕を広げて大観衆に訴えた。
 再び万雷の拍手が会場中に轟いた。 

 これよ!
 後悔卿トスカネリは皇子に驚嘆した。
 色々あったが、後悔会議を開こうとした当初の疑問点に立ち返った! 流石の機転ではないか!

 「“後悔”は……苦い体験でなくては――ファッ! ファンティーゴッ!――ならないのである!」
 突然、身を(よじ)らせるエンリケを余所(よそ)に、大観衆の「エンリケ」を呼ぶ大合唱が始まった。

 「エーンリケッ! エーンリケッ! エーンリケッ!」
 

 その頃――円卓の下では、キャスなりの『PSM』を至近距離で顔面に受ける事になったフェルディナンド・ボボンが、仰向けになり天板の裏を見つめていた。

 この短時間に二回も顔に潮を吹かれるなんてこと、ありえるか? なぁ、ノニー……どう思う? しかも、この潮……ほどよい酸味があって、まるで炭酸飲料『ラヴジル』みたいにゴクゴク美味しく飲めそうなんだ。……クリストフが熱中するわけだ。

 より一層、“器の神”の存在を信じたくなったフェルディナンドが顔を(ぬぐ)うこともせずに片想いの恋人に思いを()せる。

 早く帰国してくれ、ノニー! オレの『牝穴探偵(めすあなたんてい)』としての実力を、ノニーの“器”を見ることで確認したい! 潮を飲み干すことで確信したいんだ! オレの未来を!

 そのすぐ隣で“永久機関(69)”が好調に二周目の稼働を始めていた。

 その時だった――! 
 
 「愚かしいにも程があろう!」

 「エンリケ」コールを突き破り、円卓の下にまで響き渡る大声で何者かが叫んだ!
 低めで厳しい質感だが女性のものとわかる声――堂々とした気位を感じさせた。
 
 「えっ、何?!」と飛び起きて頭を(かす)かに天板にぶつけることになったフェルディナンドは、同時に“永久機関”も稼働を停止したので、急いで円卓の下から()い出した。
            

 特別誂(とくべつあつら)えのゲートから威風堂々と歩いて入場してきた人物を見て、エンリケが叫んだ。

 「ファニーッ?! 姉上ッ!」

 トスカネリの(ひたい)に汗が(にじ)む。

 観客も一斉にゲートに注目して、それぞれに(つぶや)いた。
 「えっ、まさか!」、「イサベラ様だ!」、「皇国第一皇女様!」

 しかし、一番多い呼び声は……「『Vagina Queen(ヴァギナ・クイーン)』!」という異名だった……。



 第49悔 『後悔は口に苦し』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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