第７悔 滑空のワタリインバネスティ
文字数 2,107文字
後悔三銃士の登場により、にわかにルーム神殿周辺の緊張が緩和され、丁度良い具合に会場の雰囲気も暖まって来た感じがした。
そうなるといよいよ民衆はあの男の登場を待つだけとなった。
“救国の英雄”、エリクソン・シンバルディ。
舞台上のトスカネリが見計らったように、その男を呼び込んだ。
「出よ！ リゴッドの誇る伝説的英雄、エリクソンよ！」
初めての公の“後悔”となる会場、ルーム神殿が地震のように揺れ、入り交じった大歓声と地鳴りが真の英雄を迎えた。
舞台の奥、ルーム神殿の正面入り口の柱の裏から姿を現し、ヒノキ造りの階段を一九〇センチメートルに迫る背丈をピンと伸ばし、サイドの長髪をなびかせ
すると、舞台に上がる事無く
それに続き後悔三銃士のリーダーと思しきタイタスも、エリクソンの後ろ二〇メートルのところまで来てしゃがみ込んでからトスカネリの方を見上げ、エリクソンとタイタスのその中間地点で、キャスがリーダーの方を向いて中腰の姿勢をとった。
トスカネリが叫んだ。
「いよいよ！ 彼は後悔をする！ それも全て『人類革新』という
民衆がざわめく。
「後悔には石段を使うのか？」、「一体、どう言う事なんだ？」
ほとんど全ての民衆が、この時点に至っても何が始まるのか分かっていなかった。
それはフェルディナンドも一緒で、彼はクリストフの方を見遣ったが、やはり何も情報を得る事が出来なかった。
もう一度エリクソンの方を向く。ただただ悲壮な表情だけが印象に残った。
「さぁ、見届けるが良い！ リゴッドの民よ！ 彼の生き様を！！」
トスカネリが杖をかざすと、三銃士のひとりロニーが涙を流しながら角笛を吹いた！
ウィンド山羊の角笛は、民衆がすくみ上がる程けたたましい音をマウント・ノギに響かせ、エリクソンの後方でしゃがんでいたタイタスを猛烈な勢いで走り出させた！
見守る全ての民衆が「まさか！」と思った次の瞬間、タイタスはキャスの肩を踏み台にして大きく飛翔し、両足を
「ああ！」
フェルディナンドも思わず声を上げたが、時、既に遅し！
蹴り飛ばされたエリクソンの体は、
マウント・ノギの
翼を広げれば二メートル近くにもなる大鳥が、ルーム宮殿を華麗に飛び立ったのだと。
だが、実際は違う。それは人だった。紛れも無くこの国の英雄のエリクソン・シンバルディだった。
エリクソンの巨体は、恐るべき勢いで石段の上を
「あの勢いで飛び出して！ 着地出来るのか！？」
クリストフが珍しく取り乱しながら叫ぶや否や、一瞬静まり返った民衆の耳に〈ゴゴリッ〉という、聞くもおぞましい音が飛び込んで来た。
無理に着地しようとしたエリクソンの右足首が砕けて、あらぬ方向を向いていた。民衆から一斉に悲鳴が上がる。
目を
大きくバランスを崩したエリクソンは前のめりに落ちて行く。
とっさに受け身をとろうとした彼の右腕は
首を石段の角で強打し意識を失ったと思われるエリクソンを止められるものは、いよいよ誰もいなくなった。
「ちょっと待て！ 一句浮かんだ！」と、言いながらフェルディナンドは心の中で叫んだ。
――エリクソン！ 死んでしまうぞ！ このままでは！！――
フェルディナンドの
民衆は、エリクソンが転げ落ちる中で様々な骨折音を聞く事が出来た。
〈ゴギン〉、〈ボギン〉、〈バキン〉、〈ノガン〉……。
全身のありとあらゆる骨が粉砕される音を聞き続けるのは、人の心に良いものではなかった。あとで
「ワボッ！」
と、いうのは民衆の絶叫の集合音だった。
石段を転がり続けたエリクソンの体が、残り二十段となった辺りで大きく跳ね上がったからだ。
〈ギャワン〉と
その瞬間、もはや単なる
「……え……？」
民衆のほとんどが、この催し物が一体なんなのか未だによく分かっていないに違い無かった。
第７悔 『滑空のワタリインバネスティ』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆
