第55悔 イサベラ・ヴァーグ

文字数 1,646文字


 「エンリケ様……もし、“後悔”の末に人類が革新するとして、その姿があのようなものであるのなら、わたし――」
 
 ファニチャードは『皇女股(オメコ)』の不思議な力でもって飛翔し、客席中にその神通力(フォース)を振りまくイサベラを見て(つぶや)いた。

 「――わたし、“後悔”してもいいわ!」 
 
 「本当かい? ファニチャード!」
 嬉しさのあまり皇子は、少女の肩を両手で揺すりながら確認した。
 もはや愛しくてたまらないこの子のお墨付きを得られるのであれば、この『大後悔時代』により一層、ボクの力を(ふる)えるだろう!

 と、同時に姉の事を思った。
 しかし、確かにボクは『人類革新』を(うた)ったものの、その究極の姿がどんなものになるのかは全く考えてこなかった! 何て迂闊(ウカツ)だったんだろう! 考え方が変われば、在り方だって変わるかもしれない。姉上という超常現象的存在が近くにありながら、すっかり忘れていた!
 
 容姿端麗(ようしたんれい)聡明叡知(そうめいえいち)陰唇美麗(いんしんびれい)というだけではなく、宙だって飛んでしまう皇女イサベラは正に女股神様(イザネイミホート)そのものだ。
 しかし、言い換えればそれは新人類として目指すべき到達点なのかも知れない。

 そうか、今までボクは姉上を『神』のようなものだと思ってきた。だから、今回の新人類の件は最初から姉上を除外して考えてしまっていたんだ!

 エンリケが後ろを振り返ると、そこにいた後悔卿(こうかいきょう)トスカネリが〈コクリッ〉としっかり(うなず)いた。
 皇子と同様の思いを(いだ)いていたのかも知れない。

 イサベラの御開帳(OpenVagina)特別誂(とくべつあつら)えのゲート付近、客席最前列から始まっていた。螺旋(らせん)を描くように、円形協議場内を時計回りに上昇していく。

 さっきまで手を叩いたり諸手(もろて)を挙げ喜んだりしていた観客たちは、イサベラが目の前に来ると、手を合わせて『皇女股(オメコ)』に祈りをささげた。

 「ありがたや! ありがたや!」、「どうか子宝を――」、「元気な子供が生まれてきますように」、「私も美マンに――」など、大観衆は口々に祈った。
 祈れば祈るほど『皇女股(オメコ)』は(きら)びやかに輝いた。

 皆が一様に手を挙げた状態から頭を下げて手を合わせるので、まるで観客席は大きな波にのまれているかのようにうねった。
 この日以降、この手の大会場で何らかの事象を切っ掛けにして起こる観客席の波のようなうねりを『イサベラ・ヴァーグ』、あるいはただ『ヴァーグ(Vague)』と呼ぶようになる。

 ――と言うのが後世の歴史家の意見が一致するところだ。

 「す、すげえや! こんなもの見れるなんて!」 
 そう無邪気に感謝したのはクリストフの弟、十七歳のバルトロイだった。

 しかし、「義姉(ねえ)さん、今日は連れて来てくれてありが――」とまで言ったバルトロイは驚いた。
 義理の姉、アンナマリアが殺気立った顔つきで『皇女股(オメコ)』を(ニラ)みつけていたからだ。
 
 「あたしだって……」
 それは嫉妬だった。
 両の脚を大開きにし、相手に向かって飛翔するという意味では“無毛猫(ウー・マオ・マオ)”も得意とするところだった。
 ――絶対、あたしの技を盗んだんじゃん、あのプッシー泥棒! あんなお女股(めこ)に負けてはいられない……!
 かつて“無毛猫(ウー・マオ・マオ)”だったアンナマリアの『プッシー・ハイジーン』が(うず)いた。


 しかし、場内が“皇女股力(フォース)”で多幸感に包み込まれている最中(さなか)、円卓で事件が起こっていた。

 最初にその異変に気づいたのは、必死に自分の性衝動(リビドー)を抑え込もうとしていたクリストフだった。

 僕がVagina(アレ)を見てしまったら、絶対に妄夢(モゥム)が目覚めてしまう。そうなったら、僕を止めようと何処からともなく無毛猫(ウー・マオ・マオ)が登場するだろう……。そんなことになったら、一大事だ。会議どころではない!

  ……と、『皇女股(オメコ)』を見まいと床に目を落としたクリストフが、足元に大量の血が流れていることに気づいたのだ。
 「?! えっ!」と血の源流をたどると、そこにはグンダレンコ・イヴァノフが股間から血を流して倒れていた。
 「いつの間にこんなことに?!」と慌てながらも、彼はすぐさま「衛生兵!」と叫んだ。



 第55悔 『イサベラ・ヴァーグ』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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