第107悔 有悔自後方来、不亦悔乎

文字数 2,230文字


 血相を変えたグンダレンコ・イヴァノフが挙手し、発言するかと思われた時――、会場の大観衆は一瞬だけだが「いよいよ本格的な熱い議論が始まるのか?」と期待した。

 もちろんその淡い期待は、クリストフや騎士らの一悶着によって霧散させられたが、それでも彼らが通路の奥に消えてからは、議論が再開されるものだと観客のほとんどの者は思い込んでいた。

 ところが、ここで〈バリリゴッ!〉という音と共に“世界蛇(せかいじゃ)”が主のズボンを突き破り、天井に向かって高く、長く伸びて、太いカリ首をもたげた。

 それは、いわゆる『朝起ち』だった。

 皇女イサベラの祝詞(のりと)『グロリアス・メコリューション』によって()ぜた『皇女股光(おめこう)』を至近距離で受け、椅子に座ったまま後ろに転倒し、すっかり眠りこけていた“超巨人”に朝が来たのだ。

 ガザザナが寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こすと、目の前に大木のような自分自身が屹立(きつりつ)していた。それを見て、彼は驚き叫んだ。

 「なんでだぁ! なんでだよぉ!」

 クリストフの“妄夢”と同様に、『皇女股(オメコ)』の力によって極限まで進化してしまった“世界蛇”の長さは、ゆうに八〇センチを超えていた。
 
 それを――贅沢にも――ガザザナは、号泣しながら悲しんだ。元より、あまりにも大きすぎて誰の女股(めこ)にも()れることが出来ずに今まで生きて来た彼にとって、さらに巨大化した“世界蛇”は、もはや呪われた肉塊でしか無かった。
 「もう一生、ノーチャンスだぁ!」
 
 これには――あるいは私が、と考えたこともあるイヴァノフも、さすがにもう無理だろう、と首を横に振りながら目の前の彼の慟哭(どうこく)を見守る事しか出来なかった。

 あそこまで大きくなると、訓練(フィスト・ファック)仮想性交(ヴァーチャル・セックス)しても女股の拡大が追いつかない。残念だが……私でもどうにもならないのだ。
 すると、全く何の責任がないのにも拘わらず、近衛騎士団副長が声に出して“超巨人”に詫びた。
 「すまないな、ガザザナ……」

 会議が始まってまもなくの頃、元宮廷道化師が近衛騎士団副長に強烈なタックルをお見舞いした際、超巨人がどさくさに紛れて瞬時に空けたスパークリング・ワインの酔いは――キャスの“毒抜き”の奮闘の甲斐あって――すでに醒めているようだった。
 しかし、いつの間にか肉棒が八〇センチに巨大化してしまって混乱したギッザゾズ・ガザザナは、勢いよく立ちあがって辺りを見まわした。

 今にも暴れだしそうな雰囲気を携えながら、図らずも自身棒を振り回すことになったガザザナの周りに〈ブンブン〉と風切り音がした。『皇女股力(フォース)』の影響が残っていたためだろうか――このとき巻き起こった生温かい風が意外にも観客席にまで届いた。

 すると、不思議なことに会場の一部の女性客がこの“そよ風”に感応し、嘔吐(おうと)しだした。階席の別なく、場内西側席――九時を基点に前後一時間の女性客が軒並み吐いた。

 すぐに異変を察知した後悔卿も、これには心底、驚いたに違いなかった。
 「な、何だと?! 何が起きている?!」

 これこそが『第一悔 皇国後悔会議』で起きた最大の謎――イサベラの『皇女股光(
おめこう
)
』とガザザナの精子が悪戯(いたずら)な共演を果たしてしまった光精子散弾(こうせいしさんだん)による『集団妊娠』の一番最初の発現――つまり、『つわり』だった。

 十代前半の少女から七十代の老女に至るまで、彼女たちは次々と――釣られるように、嘔吐した。このため西側の観客席が混沌とした事態に見舞われた。

 「毒ガスが流されたのか?!」と考える者が出てきたのも無理からぬことだった。とにかく皆が身の危険を感じ、一目散に逃げだした。妊娠した彼女らは、ほとんどが誰かと連れ立って来ていたため総勢一千人近くが、我先に、と最寄りの出入りゲートに殺到した。

 このため、この日が円形協議場のこけら落としイベントだったにも拘らず――人の波が西側観客席をうねりつくしたせいで――まるで暴動でも起こったかのように椅子や柵などが壊されることとなった。
 人が将棋倒しになって、幾人もの負傷者が出ていた。

 阿鼻叫喚の反対正面をわけも分からず傍観していた東側の観客たちも次第にパニックに襲われ、それぞれ出入りゲートを目指して席を立ち始めた。

 主催者でもある後悔卿トスカネリは、遂に後悔会議が破綻したことを悟った。
 「もはやここまでか……」と、独り言ちると司会席で昇天しているエンリケ後悔皇子の肩を揺すって覚醒させた。
 「皇子! 終了時間です! 今日はここまでです! さぁ、締めのお言葉を!」と、エンリケに挨拶を(うなが)した。

 「へっ? 終了……? もう? もう一回、出来ます……よ」と、天国の扉から顔だけを覗かせた感じでエンリケが答えた。

 これに業を煮やしたファニチャードが叫んだ。
 「エンリケさま! しっかりして! 超巨人の“世界蛇”が、またエンリケさまのお口を狙っていますの!」

 すると、瞬時に嫌な記憶をよみがえらせたエンリケが、すくっと立ち上がって右手を振りかざしながらあらかじめ決めていた文言を発し、閉幕を宣言した。 

 「悔有り後方より(きた)る! また悔しからずや!」

 もはや皇子の言葉に聞き耳を立てる者は少なかったが、吐き気を催しながらも堅実に仕事をこなすノギナギータの活躍によって議事録にはちゃんと記録されることとなった。

 円卓の上には、立ち上がった勢いで跳ねたエンリケの“ファニチャード記念碑”が、ちょこん、と載っていた……。



 第107悔 『有悔自後方来、不亦悔乎』 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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