第17悔 暗黙の道化師と放言“皇”論のファニチャード

文字数 2,730文字

 「ヘ~イ! どしたの?」

 と、宮廷道化師のスピナッチが大袈裟(おおげさ)にご機嫌を(うかが)うポーズを決めながら挨拶すると、円形協議場に集まった五万人の大観衆のあいだに、耳をつんざく様な沈黙の音が鳴った。
 静かすぎて、逆に耳鳴りがする現象だった。そんなことはこのレベルの大観衆のあいだにあるはずのないことだった。

 誰もが居たたまれない気分になった。観客の十数パーセントの者が急に家に帰りたくなって、ソワソワしだした。
 早くもこの会議に高いチケット代を払って観に来てしまった事を“後悔”する者が出た。
 しかし、それは後悔三銃士の検分を受けるまでもなく『非公認後悔(モグリカイ)』になった。

 それでもスピナッチは至極(しごく)、順調といった感じで会議の議事進行を始めた。

 「では! まず自己紹介がてら、過去の一番やっちゃったなぁって後悔話、みんなに聞いちゃおうかな?」スピナッチが参加者を見まわしながら全員に(たず)ねた。

 「まずは……」そう言いながら、宙で回していた右手の人差し指を「君なんてどうだ? スピナッチ!」と自分に向けた議事進行係は「――って、オイラかい!」と続けてお道化(どけ)て見せた。
 
 静寂(せいじゃく)の時――
 
 〈キーン〉という耳鳴りが、五万の人間すべてに等しく訪れた。
 押し黙ったまま議場の円卓を見つめ続ける大観衆。中には、この居心地の悪い事態に、彼らはどう反応するのか? とエンリケとトスカネリの方をチラチラと確認する者もいた。

 デウス・エクス・マキナ……。
 玉座の下の段で成り行きを見守っていた後悔三銃士のリーダー、タイタスはそう心の中で(つぶや)いた。
 演劇なら、こんな窮地(きゅうち)を脱するべく突然の助け船が舞台の天井裏からやってくるものだが……劇たる会議はまだ序盤中の序盤、まだその時ではない! おお、機械仕掛けの神よ!

 小劇団『ゴシカ』の主宰の頭の中に、『リゴッド悲劇』の演目にこの『後悔会議』を取り入れられるな、という妙案(みょうあん)が浮かんだが――生きて元の世界に戻れればの話だが――だとしたら、劇の中でなら……今、この状況でのスピナッチ役を演じてみたい! などという破滅的な願望も生まれた。
 事実上、妻を人質に取られている状態の彼は、自暴自棄(じぼうじき)になっていたのかも知れなかった。

 しかし、そんなことは当の本人スピナッチは気にも留めない。
 「イハハハハーハハハーッ!」
 高らかにそう笑いながら、実際にはまだスパークリング・ワインが注がれていない手元のグラスを(かか)げて「大後悔時代に乾杯!」と飲み干すやいなや「――って、空かい!」と再びお道化。

 そして、三度の暗黙。
 
 静粛にしすぎだろ!
 とは議事録作成のために円卓のすぐそばで書記を務めていたノギナギータ・ソワルツの脳内での民衆への叫びだった。
 さっき、スピナッチが登場したときは大盛り上がりだったのに、いざ会議の進行を始めたら何だ! どういうことなんだ、この五万の人々は! ウソでもいいから笑え、愚民どもが! 
 と、彼女にしてはキツイ言葉を脳内に並べた。

 ノギナギータは『賢哲円舞会(けんてつえんぶかい)』という研究機関(シンクタンク)に所属する初老の女性で、長年、元老院議会の書記を務めてきたが、エンリケ直々の希望で『後悔会議』にも力を貸すことになり、この場に居合わせた被害者――もとい“後悔士”だった。

 リゴッド皇国の議事録は基本的に――大観衆が声をあげて笑えば《 観衆「ワハハハハ」と笑い 》のように――議場で起こったすべての事象を書き込む仕様になっていた。

 その逐一を書き込む技術が彼女の腕の見せ所であり、つまり何も起こっていないことは《 観衆「……」と沈黙 》とは書くことが出来ないので、そこに多少の(いきどお)りがあったものの、やはり感情的には自分に大役を与えてくれたエンリケへの申し訳なさから、観客に対しての辛辣(しんらつ)な見方となってしまったのだ。 

 何ということだ! 
 そう(うめ)いたのは、玉座の(かたわ)らに立ち、少し高い位置から様子を(うかが)っていた後悔研究所所長トスカネリだ。
 全盲でありながら、その特異な感覚によって、近くで起きている事象を空気の流れで判断することが出来た。

 超巨人ギッザゾズ・ガザザナ、近衛騎士グンダレンコ・イヴァノフ……彼らのことはよく知っている。無口で寡黙(かもく)な者たちだ。デザイナーのクリストフ・コンバスも社交性は抜群だが、この手のイベントで持論をベラベラと(まく)し立てるタイプの者ではない……。
 トスカネリがフェルディナンドの方に“視線”を向ける。誰も話していないのに、何やら腕組みをしながら(うなず)いている。
 あるいは、うたた寝をしているようにも感じ取れた。
 
 フェルディナンド・ボボン……。彼奴(きゃつ)の事はよく知らないが、エンリケ皇子によれば「彼こそが大後悔時代における人類革新の鍵となる人物」なのだという。しかし、入場時からの行動を見れば、今のところ“後悔”にはほとんど興味のない様子。皇子は、初の記念すべき会議に、口下手ばかりを集めてしまったのか……。
  
 その時、〈サッ〉と挙手(きょしゅ)した者があった。
 トスカネリも、うむぅ……確かに最初に発言するとなれば彼奴しかおるまい。この会場内で私の次に頭の切れるあの者しか、とその者を認めた。
 観客からも、とりあえずの安堵(あんど)のため息が()れた。 

 最年少のファニチャード・デルガドであった。

 「はい、デルガドさん早かった!」とスピナッチがファニチャードを指さすと、姿勢を正して少女が答えた。
 
 「まず、はじめに。何よりこの会議への出席をお声がけいただいたこと、エンリケ後悔皇子様に感謝を申し上げます」

 そういってエンリケが座る玉座の方に頭を深々と下げた少女に、周りの大人たちは顔を赤らめながら拍手してその発言を歓迎した。

 ちっ! 気の利くガキなんて嫌いだね!と内心で舌打ちしたのは、円卓の完全素人だったか。

 大観衆もざわめきを持って彼女に着目した。
 エンリケも深く頷いて答える。

 「その上で、『今までで一番の後悔』という議題に対し、わたしはわたしらしく言わせていただきますと――」
 そこからの流れはトスカネリですら想定外だったかも知れなかった。

 「のこのこと出席させてもらっておいて悪いんだけど、わたし――今までの人生で後悔したことなんて一度もないの!」

 観客が驚きの声をあげる。

 「もちろん、これからあとも後悔のない人生を送るつもり。わたし、後悔だらけのみじめな人生なんて送りたくないわ! 最ッ高の人生を送るつもりよ! いえ、この場合は“最ッ皇”と言うべきかしら?」
 そう言いながら、事もあろうにエンリケに対しウインクをして見せた。

 エンリケの心の奥底で何がが〈リン〉と鳴った……。



 第17悔 『暗黙の道化師と放言“皇”論のファニチャード』

 おわり。:*+゜゜+*:.。.*:+☆

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登場人物紹介

フェルディナンド・ボボン


この物語の主人公。

これといった定職には就いていないが、近所では昔から情熱的な男として知られている。

その実体は……。


ノニー・ボニー


皇立ルーム図書館で働く司書で、フェルディナンドの幼なじみ。 

他薦により『ミス・七つの海を知る女』コンテストに出場し優勝。
見聞を広めるための海外留学の旅に出る。

その実体は……。


クリストフ・コンバス

フェルディナンドの竹馬の友。
皇国を代表するファッション・リーダーとして活躍中。

その実体は……。


24歳、185cm。 

エンリケ後悔皇子


リゴッド皇国の第二皇子。

人類の行く末を案じて、後悔することを奨励する。

16歳。13センチ。

トスカネリ・ドゥカートゥス


エンリケの家庭教師であり、「盲目の賢人」、「後悔卿」の異名を持つ後悔研究所所長。

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