第8話

文字数 3,731文字

このチャンス…

 逃すわけには、いかん…

 断じて、いかん…

 このチャンスは、一攫千金のチャンス…

 得難いチャンスだ…

 私はそれに、気付くと、

 「…私に任せて、おけば、いいさ…」

 と、言って、つい、私の大きな胸を叩いた…

 「…私に任せて、おけば、間違いは、ないさ…」

 と、言って、私の大きな胸を叩いた…

 「…安心すれば、いいさ…大船に乗ったつもりで、いれば、いいさ…」

 と、続けた…

 この矢田トモコ、35歳…

 ついに、私にも、チャンスが来た…

 一攫千金のチャンスが来た…

 そう、思った…

 そう、思ったのだ…

 このチャンスを逃しては、いかん…

 いかんのだ!…

 だから、言葉にも、力が入った…

 いつもにもまして、力が入った…

 すると、だ…

 「…信じて、いいんですか? お姉さん?…」

 と、葉問が、聞いた…

 「…もちろんさ…」

 私は、もう何度目か、自分の胸を叩いた…

 この矢田トモコの大きな胸を叩いたのだ…

 「…安心すれば、いいさ…」

 「…私に任せておけば、いいさ…」

 と、繰り返した…

 何度でも、繰り返したのだ…

 葉問は、私の態度に満足したようだ…

 が、

 しかしながら、具体的に、なにをするのか?

 わからんかった…

 まさか、この矢田が、葉問の当初の言葉通り、リンのボディーガードをするわけがない…

 なにしろ、この矢田トモコ…

 実は、暴力が、苦手…

 大の苦手だ…

 なぜなら、昔から、腕っぷしには、自信がなかった(涙)…

 だから、ヤンキーが、苦手…

 ヤンキー=暴力だからだ…

 だから、苦手だった…

 だから、バニラが、嫌い…

 嫌い=苦手だった…

 なぜなら、バニラは、元ヤンだったからだ…

 だから、バニラと仲が悪い…

 と、そこまで、考えて、なぜか、話が、バニラの話になった…

 これは、自分でも、笑ってしまった…

 なぜか、大嫌いなバニラの話になったことが、自分でも、おかしかったからだ…

 そして、そんな私の思いが、表情に出たのだろう…

 「…お姉さん…なにやら、楽しそうですね…」

 と、葉問が、言った…

 私は、

 「…」

 と、黙った…

 ここで、いちいち、バニラのことを、説明するのも、面倒だからだ…

 だから、なにも言わんかった…

 言わんかったのだ…

 「…それよりも、葉問…」

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…具体的に、私になにをさせたいんだ?…」

 私は、聞いて、やった…

 「…それは、簡単です…」

 「…簡単?…」

 「…そう、簡単です…リンが、まもなく来日します…そのリンの面倒をみて、もらいたいのです…」

 「…面倒を見る? …私が?…」

 「…なに、難しい話でも、なんでも、ありません…来日したリンと、いっしょに、いてもらいたいだけです…」

 「…いっしょに?…」

 「…そう、いっしょに、です…」

 葉問が、力を込める…

 「…ただ、いっしょにいれば、いいのか?…」

 「…そうです…」

 うーむ…

 ただ、いっしょにいるだけで、金をもらえるかも、しれんとは?

 こんな、いい話は、ない…

 めったにない…

 いや、

 あるはずがない…

 まるで、宝くじで、一億円が当たったようなものだ…

 あのアムンゼンに、そのリンを紹介すれば、一億円どころか、もっと大金をくれるかも、しれん…

 なにしろ、あのアムンゼンは、アラブの王族…

 現国王の弟…

 アラブの至宝だ…

 この矢田にも、一億どころか、十億…

 いや、

 もしかしたら、それ以上の大金をくれるかも、しれん…

 私は、それを、思うと、思わず、頬が、緩んだ…

 この矢田トモコの頬が、緩んだ…

 それを、見て、葉問が、

 「…お姉さん…なんだか、嬉しそうですね?…」

 と、言った…

 だから、私は、思わず、

 「…金を得るチャンスだからな…」

 と、言いそうになったが、慌てて、

 「…いや、人助けが、できるのが、嬉しくてな…」

 と、言った…

 我ながら、うまい言葉が、思い浮かんだと、思った…

 もちろん、口から、でまかせだ(笑)…

 「…人助け?…」

 目の前の葉問が、キョトンとした表情で、言う…

 「…だって、アムンゼンは、そのリンのファンなんだろ?…」

 「…ハイ…」

 「…私が、面倒を見るということは、そのリンをアムンゼンに会わせることが、できるだろ? そうすれば、アムンゼンは、喜ぶさ…これを、人助けと、呼ばずして、なんと、呼ぶのさ…」

 私が、説明すると、

 「…そうですね…」

 と、葉問が、頷いた…

 「…たしかに、リンを好きだという、アムンゼン殿下に、リンを会わせれば、殿下も、喜ぶでしょう…」

 葉問が、真顔で、言う…

 「…ですが…」

 「…ですが、なんだ?…」

 「…殿下は、本来、気難しい性格だと、聞いています…」

 「…あのアムンゼンが、気難しい性格? …私には、全然、そうは、見えんさ…」

 「…それは、お姉さんだからです…」

 「…私だから?…」

 「…例えば、殿下は、ライオンと同じです…」

 「…ライオン? …だって、アムンゼンは、あの通り、3歳のガキ並みのカラダしか、持ってないゾ…」

 「…ライオンというのは、殿下の持つ権力に例えているのです…」

 「…権力?…」

 「…お姉さんは、知らないでしょうが、殿下は、前国王のお気に入りです…」

 「…あのアムンゼンが、か?…」

 「…そうです…」

 「…どうして、オマエにそれが、わかる?…」

 「…考えてみてください…お姉さん?…」

 「…なにを、考えてみるんだ?…」

 「…殿下は、以前、サウジアラビアで、クーデターを起こしました…」

 「…知ってるさ…自分が、事実上の国王にならんとしたんだろ? あのオスマンを国王にして、自分が、陰から操ろうとしたんだろ?…」

 「…そうです…」

 「…それが、どうかしたのか?…」

 「…普通に考えれば、そんなことを、すれば、死刑でしょ?…」

 「…死刑?…」

 「…それが、日本に追放で、済んでいる…いかに、前国王に愛されているかです…」

 「…そうなのか?…」

 「…そうです…だから、殿下の力は、絶大です…」

 「…絶大?…」

 「…それは、例えれば、獅子に例えられます…ライオンに例えられます…」

 「…ウソ?…」

 「…ウソでは、ありません…ホントのことです…」

 「…ホントのこと?…」

 「…殿下は、お姉さんには、甘いのです…だから、そんな素顔は、お姉さんには、一切、見せません…」

 うーむ…

 そうなのか?

 知らんかった…

 まったく、知らんかった…

 「…だから、リンに会っても、思いがけない行動をするかも、しれません…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…殿下は、リンのファンだと、聞いています…ですが…」

 「…ですが、なんだ?…」

 「…仮に、リンに会って、リンが、殿下の思うような人物でなかった場合…」

 「…どうなるんだ?…」

 「…殿下の怒りが爆発しかねません…」

 「…どういう意味だ? …だって、ファンなんだろ?…」

 「…ファンだから、こそです…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…テレビやネットで見るのと、実際に接するのとは、違います…まして、長時間でも、接すれば、素の姿が、見えてしまう…」

 「…素の姿?…」

 「…例えば、テレビでは、いつも、いいひとを演じていても、実際に会えば、他人の悪口ばかり言っているのを、見れば、幻滅でしょ?…」

 「…それは…」

 「…そして、もし、そんな事態になれば、殿下の怒りが、爆発しかねません…」

 「…怒り…」

 「…そう、怒りです…そして、その結末は…」

 「…結末は、どうなるんだ?…」

 「…わかりません…ただ…」

 「…ただ、なんだ?…」

 「…殿下が、アラブの至宝と呼ばれているのは、その優れた頭脳のみならず、王族としての、権力にあります…」

 「…」

 「…殿下の怒りを買って、サウジアラビアで、それなりの、犠牲者が、出たとも、聞き及んでいます…」

 「…犠牲者?…」

 「…国内で、職を失いホームレスになったとか…刑務所に収監されたとか、そんな話です…」

 「…ウソ?…」

 「…ウソでは、ありません…権力者のやることは、古今東西、同じです…」

 「…」

 「…とりたてて、殿下が、残虐なわけでは、ありません…権力者とは、そういうものなのです…」

 葉問が、したり顔で、言う…

 「…だから、お姉さんも、気を付けて下さい…」

 「…どういうことだ?…」

 「…殿下と接するということです…権力者は、気まぐれです…今は、お姉さんを気に入っているかも、しれませんが、じきに、嫌いになるかも、しれません…いわば、子供と同じ…」

 「…同じ?…」

 「…殿下を、危険物と考えれば、いい…」

 「…危険物?…」

 「…さっき、例に出したライオンと同じです…ライオンでも、自分になついているときは、かわいい…でも、もしかしたら、自分に牙を剥くかもしれない…そのときは、終わりです…」

 「…終わり?…」

 「…そう、終わりです…」

 葉問が、笑った…

 私は、その言葉を、聞いて、背筋が寒くなった…

 私は、いつも、ライオンといたのか?

 と、思ったのだ…

 今さらながら、思ったのだ…

 だから、それに、気付くと、ビビった…

 この上なく、ビビった…

 どうしていいか、わからないほど、ビビった(涙)…

               
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