第3話

文字数 4,656文字

 私は、その夜、家に帰って来た葉尊と話した…

 食事を取りながら、話した…

 「…なあ、葉尊…」

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…アムンゼンのことさ…」

 「…アムンゼン…サウジの王族の?…」

 「…そうさ…」

 「…殿下のおかげで、我がクールの製品も、アラブ世界で、売れています…まさに、殿下さまさまです…」

 「…そうなのか?…」

 「…そうです…」

 葉尊が、力を込める…

 「…ですが、これは、なにより、お姉さんのおかげです…」

 「…私のおかげ?…」

 「…お姉さんは、殿下のお気に入りです…」

 「…私が、アムンゼンの?…」

 「…そうです…今朝だって、ボクが、警察署に、行った後、すぐに、安心して、会社に行けたのも、殿下のおかげです…」

 「…殿下のおかげ? …どういう意味だ?…」

 「…殿下が、警察署の外で、お姉さんを待っているのが、わかったので、ボクは、安心して、会社に行けました…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…あの殿下は、お姉さんを守っていたのです…」

 「…なんだと? …私を守っていただと?…」

 「…きっと、お姉さんの身になにか、あれば、サウジアラビア大使館を通して、日本政府に連絡するか、最悪、サウジアラビア本国から、正式に外交ルートを通じて、日本政府に圧力をかけたでしょう…」

 「…」

 「…でも、なにもなかった…お姉さんは、あっさり、警察署を出てきた…だから、殿下も安心して、お姉さんと別れたんだと、思います…」

 葉尊が、説明する…

 まるで、映画の解説か、なにかのように、解説する…

 まるで、たった今、見てきたように、解説する…

 私は、驚いた…

 同時に、油断できん!

 と、思った…

 私の夫ながら、油断できんと、あらためて、思った…

 思ったのだ…

 「…どうして、そう、思うんだ? …葉尊? 私は、たまたま、朝、ラーメン屋の前で、並んでいたところ、アムンゼンに会っただけだゾ…散歩中のアムンゼンに偶然会っただけだゾ…」

 「…偶然でしょうか?…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…お姉さん、最近、殿下と会ってなかったでしょ?…」

 「…そう言われてみれば…最近は…」

 「…でしょ?…」

 「…だから、殿下は、偶然を装って、お姉さんに会いに来たんだと、思います…」

 「…私に会いに?…」

 「…そうです…」

 「…なんで、そこまでして、私に会いたいんだ?…」

 「…お姉さんは、面白いんだと、思います…」

 「…私が、面白いだと?…」

 「…面白いというと、語弊がありますが、お姉さんといっしょにいると、楽しいんだと思います…」

 「…私といると、楽しいだと?…」

 「…リンダやバニラが、いい例です…とりわけ、バニラは、お姉さんを信頼しきってます…」

 「…あのバニラが、か?…」

 「…そうです…」

 私には、わけが、わからんかった…

 バニラ…バニラ・ルインスキー…

 アメリカのモデルだ…

 身長180㎝もある大女だ…

 これも、またひょんなことから、知り合った…

 年齢は、23歳…

 しかしながら、3歳の娘がいる…

 マリアという娘がいる…

 しかも、

 しかも、だ…

 そのマリアに、あのアムンゼンは、首ったけ…

 マリアに惚れてる…

 マリアに惚れた理由は、簡単だ…

 あのアムンゼンが、通う保育園で、孤立していたときに、マリアが、アムンゼンの面倒を見たからだ…

 何度も言うように、あのアムンゼンは、小人症だから、外見は、3歳にしか、見えんが、ホントは、30歳の大人…

 しかも、アラブの至宝と呼ばれるほどの、頭脳の持ち主…

 そのアラブの至宝と呼ばれた、優れた頭脳の持ち主が、3歳の保育園児たちと、いっしょに、いるのだ…

 うまくいくわけがない(苦笑)…

 少し考えてみれば、誰にも、わかることだ…

 では、一体、なぜ、あのアムンゼンは、日本の保育園にいるのか?

 それは、アムンゼンが、祖国で、クーデターを起こして、国を追われたから…

 アムンゼンは、野心満々で、自分が、国王にならんとした…

 当然、あのカラダだ…

 国王になれるわけはない…

 だから、誰か別に国王を立て、自分は、背後から、その人物を操ろうとした…

 その誰かが、あのオスマンだった…

 アムンゼンの甥のオスマンだった…

 そして、クーデターは、失敗…

 日本に逃げ込んだ…

 そして、日本の保育園に通った…

 アムンゼンは、3歳にしか、見えないから、保育園に通うのが、あっている…

 しかも、保育園の中にいれば、目立たない…

 もちろん、あの浅黒い肌の色を持っているから、普通の日本の保育園にいれば、目立つが、アムンゼンの通う、保育園は、日本にいる、世界各国のセレブの子供たちが、通う保育園…

 だから、人種は、さまざまだから、目立たない…

 それを、利用した…

 そして、アムンゼンの抜け目のないところは、自分が、その保育園に溶け込んで、その保育園に通う園児たちから、情報を得ようとしているところ…

 保育園に通う園児たちだから、当然、親が、送り迎えをする…

 その親たちは、皆、セレブ…

 日本に住む、世界各国の王族や、多国籍企業のお偉いさんたち…

 彼らの動きを見張ることができる…

 彼らが、なにか、しようとしているところを、見て、それが、アムンゼンの祖国のサウジアラビアに、有利、あるいは、不利と、判断すれば、ただちに、本国に連絡する…

 つまりは、日本のセレブの保育園に通いながら、アムンゼンは、スパイ活動に従事しているということだ…

 祖国のために、働いているということだ…

 と、そこまで、考えて、気付いたことがある…

 あのアムンゼンが、マリアを好きな理由だ…

 あのアムンゼンは、今も言ったように、保育園内で、孤立して、それを、マリアに助けて、もらった…

 だから、それを、恩に着て、マリアに頭が上がらない…

 だから、マリアを好きになったと、考えていたが、それだけでは、ないのかも、しれん…

 なぜなら、マリアは、リーダーシップがある…

 マリアには、たぐいまれなリーダーシップがある…

 リーダーシップ=ひとを束ねる力がある…

 事実上、マリアは、セレブたちが、通う保育園の番長…

 女番長だ(笑)…

 だから、余計に、アムンゼンは、マリアと仲良くしているのかも、しれん…

 女番長であるマリアと、仲良くしていれば、色々、有利だからだ…

 あのアムンゼンは、狡猾なところがある…

 だから、マリアと仲良くなって、あのセレブの子弟たちが通う保育園の中で、自由に動きたいと思っているのかも、しれん…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、

 「…なにを、考えているんですか? …お姉さん?…」

 と、葉尊が聞いてきた…

 「…マリアのことさ…」

 私は、言ってやった…

 「…葉尊…オマエも知っているように、アムンゼンは、マリアを、気に入っている…だが、それは、ホントに好きだからだけだろうか?…」

 「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」

 「…いや、マリアは、たぐいまれなリーダーシップがある…あのセレブの子弟が通う保育園でも、抜群に目立っている…だから、アムンゼンは、それを利用しようとしているんじゃないかと、思ってな…」

 私が、言うと、葉尊が、考え込んだ…

 「…」

 と、ジッと、黙って、考え込んだ…

 それから、

 「…考えすぎですよ…お姉さん…」

 と、言ってから、少し、間を置いて、

 「…たしかに、それもあるかも、しれない…」

 と、付け足した…

 「…だろ?…」

 「…でも、お姉さん?…」

 「…なんだ?…」

 「…ホントに好きかどうかは、殿下の表情を見れば、わかると、思います…」

 「…表情だと?…」

 「…どんな人間も、四六時中演技はできません…いくら、好きと言っても、それを表情に出さなければ、ホントは、好きじゃないと、周囲の人間は、容易に見抜くものです…」

 うーむ…

 うまいことを言う…

 実に、うまいことを、言う…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 「…そんなことより、どうして、マリアの話になったんですか?…」

 「…葉尊…オマエが、バニラの話をするからさ…」

 「…」

 「…バニラは、マリアの母親だろ?…」

 私は、言ってやった…

 「…だから、つい、マリアのことを、考えてな…」

 「…」

 「…おまけに、今、アムンゼンの話が出た…アムンゼンは、マリアが好き…だから、余計に、マリアのことを、考えたのさ…」

 「…そうだったんですか?…」

 私が、言うと、葉尊も、納得した…

 「…ボクが、バニラの話をしたのに、なぜか、マリアの話になったから、ビックリしました…」

 葉尊が、当たり前のことを、言う…

 たしかに、私が、説明しなければ、どうして、いきなり、バニラの話から、娘のマリアの話になったのか?

 理解できんかも、しれんかった…

 だが、だ…

 話を戻すが、どうして、あのバニラが、私を信頼していると、言うんだ?

 あのバニラは、私に会うと、いつも、私の悪口を言う…

 いわば、私の天敵…

 生まれながらの、天敵だ…

 一体、そのバニラのどこが、私を信頼していると、言うのか?

 謎だった…

 わけが、わからんかった…

 だから、

 「…葉尊…」

 と、呼びかけた…

 「…なんですか? …お姉さん?…」

 「…オマエ、今、バニラが、私を信頼していると、言ったな?…」

 「…言いました…」

 「…どうして、そう思うんだ? …あのバニラは、いつも、私の悪口を言っているゾ…」

 「…ホントに嫌いなら、マリアを、お姉さんと遊ばせませんよ…」

 「…なんだと?…」

 「…バニラは、娘のマリアを溺愛しています…おおげさでなく、目の中に入れても、痛くないほど、可愛がっています…そんな溺愛するマリアを、自分が、嫌いな人間や、信用できない人間と、いっしょに、いさせるわけがありませんよ…」

 葉尊が、説明した…

 十分に納得できる説明をした…

 が、

 私は、納得せんかった…

 たしかに、納得のできる説明だ…

 が、

 しかしながら、あのバニラの、この矢田に対する態度を見る限り、とても、この矢田を信頼しているようには、見えんかった…

 むしろ、この矢田をバカにしていた…

 この矢田を下に見ていた…

 身長180㎝の大女だから、身長159㎝のこの矢田を下に見ていた…

 だから、許せんかった…

 許せんかったのだ!…

 私は、あのバニラのことを、思い出すと、ついグッと、拳に力が入った…

 つい、グッと、拳を握りしめた…

 いつものことだった…

 いつものことだったのだ…

 あのバニラは、この矢田の不俱戴天の仇…

 いずれ、あのバニラとは、決着をつけねば、ならん…

 雌雄を決しなければ、ならん…

 そう、思っていた…

 だが、それには、マリアが邪魔だ…

 マリアの存在が、邪魔だ…

 マリアは、私になついている…

 あのバニラは嫌いだが、マリアは、好き…

 さらに、マリアは、あのアムンゼンのお気に入り…

 つまり、この矢田にとって、マリアをはずすことは、できん…

 マリアが、いることで、あのアムンゼンとも、仲良くできる…

 あのアムンゼンの信頼を得ることができる…

 私は、そう、思った…

 私は、そう、考えた…

 だから、仕方ないが、当面、あのバニラと雌雄を決するのは、止めるか?

 あのバニラとは、いずれ、勝負をつけねば、ならん…

 雌雄を決しなければ、ならん…

 この地上に、この矢田とあのバニラが、二人で、並び立つことはありえん…

 ありえんのだ…

 私は、思った…

 強く、思った…

               
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