第41話

文字数 4,151文字

 「…私が、羨ましい?…」

 私は、繰り返した…

 そして、考えた…

 目の前の夫を見て、考えた…

 夫の葉尊は、長身で、容姿端麗…

 頭もよく、大金持ちの、御曹司…

 にもかかわらず、私が、羨ましいと言う…

 冗談ではなく、心の底から、言う…

 これは、謎…

 この矢田には、解けぬ謎だった…

 なぜなら、この矢田は、六頭身…

 美人でも、なんでもない…

 巨乳で、童顔の159㎝の35歳の女に過ぎんからだ…

 しかも、これまで、一度も言ったことがないが、かつて、

 「…動くぬいぐるみ…」

 と、言われたことがある(涙)…

 それは、私が、六頭身で、太っているから…

 いわゆるデブではないが、巨乳だから、だ…

 ハッキリ言って、日本人、いや、アジア人で、太ってなくて、胸が、大きな女性は、いない…

 いわゆるスレンダーで、胸が、大きな女は、いない…

 いるとすれば、それは、整形…

 豊胸手術をしたから、胸が、大きいのだ…

 しかしながら、この矢田トモコ…

 豊胸手術は、しなくても、胸が大きかった…

 つまり、生まれつき、胸が大きかったわけだ…

 それゆえ、少しばかり、太っている…

 いわゆる、ぽっちゃり体形だ…

 だから、胸が大きいのだ…

 だから、

 「…まるで、生きている、ぬいぐるみみたい…」

 と、言われたのだ…

 そして、そんな、この矢田を、頭脳明晰、容姿端麗で、大金持ちのお坊ちゃんが、羨ましいという…

 冗談ではなく、心の底から、羨ましいという…

 だから、信じられん…

 信じられんのだ(笑)…

 が、

 その一方で、世の中、そんなものかも、しれんとも、思った…

 よくあるのが、やはり、ルックス…

 例えば、いかに、金持ちの家に生まれようが、ルックスの良くない、男女は、多い…

 すると、金持ちの家に生まれなくても、いいから、

 「…ルックスが、良く生まれたかった…」

 とか、

「…美人に生まれたかった…」

とか、

 「…イケメンに生まれたかった…」

 と、いう人間が、少なからず、いるだろう…

 ないものねだりと、言ってしまえば、それまでだが、自分にないものを、欲しがる人間は、多い…

 誰もが、身近なところでは、背の高い男が、小柄な女と、結婚した実例…

 背の高い男は、自分が、背が高いから、小柄な女を、可愛いと、思い、小柄な女は、自分の背が低いから、背の高い男に憧れる…

 つまり、互いに自分にないものに、魅力を感じる…

 そういうことだ(笑)…

 真逆に、背の低い男が、背の高い女に憧れるのも、同じ…

 背の低い男は、自分が、背が低いから、背の高い女に憧れるし、背の高い女は、背の高いことに、コンプレックスを抱いていることが、多いから、自分より、背が低い男を受け入れる…

 そういうことだ…

 これも、また、同じ…

 同じだ…

 ただ、皮肉を言うわけでは、決してないが、背の高い女は、可愛くはない…

 なぜなら、当たり前だが、背の高い女は、カラダが大きいから、一つ一つのパーツが、大きい…

 だから、身近に、見ると、手の大きさ、一つとっても、デカい(笑)…

 だから、可愛くは、ない…

 可愛い=小さいからだ…

 この矢田は、身長、159㎝だから、165㎝以上の女を、直近に見ると、正直、デカいと、感じる…

 とりわけ、その女が、美人だったり、スタイルが、良かったりすると、つい、男の気持ちになる…

 なぜなら、男が、憧れる気持ちがよくわかるからだ…

 ただし、やはり、近くで、見ると、可愛くは、ない…

 今も言ったように、可愛い=小さいからだ…

 だから、大きい=可愛くないからだ…

 たしかに、少し離れた場所から、見ると、背が高く、スタイルの良い女は、キレイだったり、カッコイイと、思ったり、するが、直近で見ると、

 …デカい!…

 の一言だ…

 これが、女が、水着を、着ていても、同じ…

 少し離れた場所から、見れば、胸も大きく、お尻も大きく、スタイル抜群…

 だから、

 …カッコイイ!…

 とか、

 …セクシー…

 とか、言えるが、直近で見れば、

 …デカい!…

 の一言…

 以前、エリエール王子こと、井川意高氏が、いみじくも、語ったが、若い頃に、身長175㎝の東欧美女と、付き合かったが、ベッドの上では、

 …重い!…

 の一言だったという(笑)…

 自分も身長が、175㎝で、女と同身長だったが、やはり、ベッドの上では、相手が、重かったそうだ…

 つまり、現実と、理想の違いというと、おおげさだが、やはり、現実は、そんなものだろう…

 私は、思った…

 思ったのだ…

 そして、そんなことを、考えていると、葉尊が、

 「…父も勝負に出たな…」

 と、呟いた…

 私は、思わず、耳を疑った…

 …勝負?…

 …勝負って、なんだ?

 考えた…

 考えたのだ…

 しかしながら、当たり前だが、わからんかった…

 だから、素直に、目の前の葉尊に、

 「…勝負って、なんだ?…」

 と、聞いた…

 直球に聞いた…

 「…リンの正体ですよ…」

 「…リンの正体?…」

 「…リンは、台湾で、おそらく、今、一番有名です…ですが、色々、噂の多い、人物でも、あります…」

 「…噂の多い人物?…」

 「…C国のスパイとも、政界や財界の枕とも、言われています…」

 以前、葉問が、言ったことと、同じことを、言った…

 「…でも、それが、かえって、リンの魅力になっている…」

 「…なんだと? 魅力になっているだと?…どうしてだ?…」

 「…男でも、女でも、謎があった方が、モテます…ずばり、ミステリアスの方が、モテます…」

 「…なんだと?…」

 「…女の裸を見れば。それが、わかります…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…良く、一昔前は、グラビアで、水着を見せていたアイドルが、売れなくなって、ヌード写真集を出したでしょ?…」

 「…それが、どうした?…」

 「…実は、ヌード写真を出すと、話題になるのは、最初だけで、それを、きっかけに、さらに、売れなくなる事例が、多いんです…」

 「…多い?…どうしてだ?…」

 「…すべて、見せたからでしょう…」

 「…どういうことだ?…」

 「…水着を着ていれば、その水着の奥は、見えない…想像するしかない…」

 葉尊が、笑う…

 私の夫が笑う…
 
 「…でも、脱いで、裸になってしまえば、それまで…読者は、すべてを、見たから、今さら、見たいものが、なにも、なくなる…」

 「…」

 「…リンもそれと、同じです…自分が、色々噂を立てられていることが、自分でも、よくわかっている…そして、それを、利用している…」

 「…利用?…」

 「…ホントのところは、どうなんですか?
 と、知りたい男は、多い…それを、ネタにして、自分の人気に使っている…自分の人気をさらに、高めている…」

 「…」

 「…実に、したたかな女です…」

 葉尊が、言った…

 私の夫が言った…

 正直、そんなことは、考えたことが、なかった…

 私は、単純に、リンという女が、

 …C国のスパイ…

 とか、

 …政界や財界の枕…

 とか、評されることに、驚いていた…

 ただ、驚いていたのだ…

 しかしながら、今、葉尊が、言ったように、それを、自分の魅力にする…

 そんな噂を逆手に取って、世間で、自分に注目を浴びさせる…

 そんな発想は、なかった…

 なかったのだ…

 そして、同時に、思った…

 アムンゼンのことだ…

 あのアラブの至宝のことだ…

 あのアラブの至宝は、リンに夢中…

 あのアラブの至宝の博物館のような私邸に、リンを描いた絵を描いていた…

 偶像崇拝を禁止する、イスラム教徒だから、直接、リンの写真を飾ることは、できない…

 だから、壁に、絵を描いた…

 誰が、見ても、一目で、わかるように、リンを彷彿させる絵を壁に描いた…

 まるで、天女のように、描いた…

 それを、一目見れば、誰もが、この家の主は、リンに夢中だと、気付くように、描いた…

 リンのファンだと、わかるように、描いた…

 描いたのだ…

 が、

 しかしながら、これは、真逆に、言えば、わかりやす過ぎる…

 なにしろ、一目見れば、リンとわかる絵を描いているのだ…

 誰が、見ても、台湾の人気チアガールとわかる絵を描いているのだ…

 あのリンを知っている者が、見れば、誰でも、わかる絵を描いているのだ…

 いわば、露骨過ぎるのだ…

 だから、もしや…

 これは、罠…

 あのアムンゼンの仕掛けた罠かも、しれんと、気付いた…

 なにしろ、あのアムンゼンは、食わせ者…

 一筋縄では、いかん…

 真逆に言えば、一筋縄で、いく人間が、素直に、自分の感情を、周囲に明かすわけがない…

 ホントの自分の感情は、隠すものだからだ…

 なにを考えているか、わからないように、周囲には、隠すものだからだ…

 それが、誰の目にも、わかりやすいように、リンの絵を描く…

 ということは、どうだ?

 やはり、罠?…

 あの絵は、周囲の目を欺く罠かもしれんと、気付いた…

 気付いたのだ…

 なにしろ、あのアムンゼンは、普通ではない…

 普通の人間ではない…

 ホントは、30歳にも、かかわらず、小人症だから、外見は、3歳にしか、見えん…

 それを、逆手に取って、セレブの子弟の通う、日本の保育園に身を隠した…

 自分が、3歳の幼児にしか、見えんことを利用したのだ…

 しかしながら、30歳の大人が、3歳の保育園児に交じって、生活することは、できない…

 頭が違い過ぎるからだ…

 年齢が、違うから、人生経験が、違い過ぎるからだ…

 だから、できない…

 普通は、誰が、考えても、いっしょにいることに、耐えられない…

 3歳と30歳の大人が、同じ立場で、いっしょにいることは、普通はできないからだ…

 だが、

 あのアムンゼンは、それに耐えた…

 その一事を持っても、あのアムンゼンは、普通ではない…

 普通の人間ではない…

 常人なら、決して耐えられないことを、耐える…

 それは、並大抵の精神力の持ち主でなければ、できないからだ…

 そして、そんな精神力を持つ、あのアムンゼンが、素直に、自分が、リンのファンだから、自宅にリンの絵を描かせたと、言っても、それを、信じることはできん…

 正直に言って、その説明は、眉唾物…

 到底、信じることは、できん…

 できんのだ…

 私は、あらためて、あのアムンゼンに疑問を感じた…

 正直、アムンゼンを疑った…

               
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